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地下オークション  作者: キロヒカ.オツマ―


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第十二章 符合

猪飼がその名前をニュースで見たのは、事件発生から二日後の朝だった。


懸野将基議員、都内の駐車場で死亡。警視庁、事件事故両面で捜査。


見出しを目にした瞬間、猪飼の中で何かが繋がった。恰幅の良い、笑うと目が消える独特の表情。ホールで、身辺調査記録をゆっくりと確かめるように読んでいた男。あの男が、懸野将基だった。


猪飼はテレビの続報に目をやった。画面には、懸野の在りし日の映像が流れていた。間違いない。あの夜、ホールにいた男だ。


猪飼は自分の中に湧き上がる衝動を、しばらく持て余していた。単なる偶然だと片付けることもできる。政治家が事件事故で命を落とすことは、珍しくもない話だ。だが、あの男が、たった数日前に「ある人物の身辺調査記録」を落札していたという事実が、どうしても猪飼の頭から離れなかった。


――誰の記録を買った。


――そして、それは今回の事件と、何か関係があるのか。


猪飼はしばらく考えた末、古い人脈を頼ることにした。中央紙時代、警視庁詰めの記者だった同期に連絡を取ると、案の定、懸野の事件を担当している捜査員の名前を教えてくれた。


「多湖心美という刑事だ。ただし、俺から聞いたとは言うなよ」


「協力的な人なのか」


「変わり者だと聞いている。証拠が揃いすぎてると言って、上と揉めてるらしい」


その一言に、猪飼は思わず身を乗り出した。


証拠が揃いすぎている――その表現は、猪飼が漠然と抱いていた予感と、あまりにも近すぎた。


猪飼は翌日、所轄署の近くで多湖を待ち伏せた。褒められた手段ではないと自覚しながらも、正規のルートで接触を求めても、フリーの記者風情に取り合ってもらえるとは思えなかった。


夕方、庁舎を出てきた多湖に、猪飼は思い切って声をかけた。


「多湖さん、少しお時間よろしいですか」


多湖は足を止め、警戒するような目で猪飼を一瞥した。


「記者ですか」


「元、です。今はフリーで動いています。懸野将基さんの件について、お聞きしたいことがあります」


「お引き取りください」


にべもなかった。多湖はそのまま歩き出そうとした。猪飼はとっさに、一つの言葉を投げかけた。


「証拠が、揃いすぎているそうですね」


多湖の足が、ぴたりと止まった。


振り返った多湖の目に、先ほどまでの警戒とは違う、鋭い光が浮かんでいた。


「その情報、どこで」


「詳しくは言えません。ただ――俺にも、同じ違和感があるんです。ある場所で、懸野さんを見ました。事件の数日前に」


「どういう意味ですか」


猪飼は、少しだけ躊躇した。地下オークションの存在を、この時点でどこまで話していいものか、判断がつかなかった。だが、多湖の目の真剣さが、猪飼の背中を押した。


「立ち話でできる話じゃありません。少し、お時間をいただけませんか」


多湖はしばらく猪飼を見据えていたが、やがて小さくため息をついた。


「三十分だけです」


近くの喫茶店に場所を移すと、猪飼は慎重に言葉を選びながら、自分が見たものについて語り始めた。会場の詳細な場所や、招待状の出所には触れず、ただ「ある非公開の場」で懸野を見たこと、そこで彼が何らかの調査記録を落札していたことだけを伝えた。


多湖は最後まで、口を挟まずに聞いていた。話し終えると、しばらく黙り込み、やがて低い声で言った。


「その話、荒唐無稽に聞こえます」


「わかっています」


「ですが」多湖はコーヒーカップに視線を落としたまま、続けた。「わたしが集めた証拠の不自然さと、あなたの話には、どこか符合するところがある気がします」


猪飼と多湖は、その日、互いの手札をすべては見せないまま、しかし互いの違和感を認め合う形で、緩やかな協力関係を結ぶことになった。

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