第十一章 揃いすぎた証拠
翌々日には、資料はさらに分厚くなっていた。
多湖はそれを一枚ずつ、机の上に並べ直した。整理するというより、全体を俯瞰したかった。
一枚目。事件現場付近の防犯カメラ映像。進士柊真のものと思われる車両が、事件推定時刻の前後に、現場周辺を通過している。
二枚目。懸野の遺体が発見された高級車の内部から採取された、進士の指紋の照合結果。運転席側のドアハンドルに付着していた。
三枚目。懸野と進士のあいだで交わされた、金銭トラブルに関するメールの写し。感情的な文言が並んでいる。
四枚目。目撃証言。事件当夜、現場近くの居酒屋で、進士らしき人物が「あいつだけは許さない」と口にしていたという、店員の証言記録。
五枚目。進士の銀行口座の動き。懸野への私的な支払いを巡る、不自然な資金の出し入れの記録。
多湖はそれらを並べ終えると、腕を組んで、しばらく黙り込んだ。
一つ一つの証拠は、確かに本物だった。捏造された形跡は見当たらない。指紋は本物の指紋、映像は本物の映像、証言も、店員が嘘をついている様子はない。
だが、全体として眺めたとき、多湖はどうしても、ある違和感を拭えなかった。
――時系列が、おかしい。
多湖は資料をもう一度、日付の順に並べ替えた。防犯カメラ映像は事件当夜のもの。だが、指紋の照合対象となった車の清掃記録を確認すると、最後にドアハンドルが清掃されたのは、事件の三週間前だった。三週間、指紋が残り続けるというのは、あり得ない話ではないが、決して自然な状況とは言えない。
メールのやり取りは、日付を見る限り、半年以上前のものだった。感情的な文言だけを見れば、事件直前の緊張を思わせるが、実際には随分前の、別の文脈での揉め事だった可能性がある。
目撃証言についても、多湖は店員に直接、詳しい状況を確認した。すると店員は、こう証言を訂正した。
「あの日、確かにそう言っていました。ただ――今思うと、あれが本当に懸野さんのことを言っていたのかどうか、正直、自信がなくなってきました」
銀行口座の記録は、確かに不自然な資金の動きを示していたが、担当した会計士に確認すると、それは全く別件の投資トラブルに関するものだと判明した。
一つ一つを丁寧に洗い直すと、証拠はどれも「本物ではあるが、この事件を直接指し示すものではない」という、奇妙な性質を帯びていた。
――誰かが、これを集めた。
多湖の中に、明確な確信が芽生え始めていた。誰かが、進士に関するあらゆる過去の記録の中から、都合の良い断片だけを切り出し、まるで一つの事件の証拠であるかのように並べ直した。それも、驚くほどの手際の良さで。
こんなことができる人間が、どれだけいるだろうか。
多湖は資料を鞄にしまい、上司のもとへ向かった。
「これは、まだ結論を出せる段階じゃありません」
「証拠は揃っているだろう」
「揃いすぎているんです」
上司は怪訝な顔をした。多湖はそれ以上、うまく説明できる言葉を持っていなかった。だが、この違和感を、無視するわけにはいかなかった。
その夜、多湖は自分のデスクに一人残り、進士柊真という人物について、改めて一から調べ直すことにした。




