第十章 通報
通報が入ったのは、深夜二時過ぎだった。
多湖心美が現場に到着したとき、すでに所轄の制服警官が二人、立体駐車場の三階部分を規制線で囲んでいた。照明は乏しく、コンクリートの床に横たわる人影が、懐中電灯の光の中でようやく輪郭を結んでいる。
「懸野将基、五十四歳。この駐車場を私用で頻繁に利用していたようです」
先着していた鑑識係が、多湖に短く説明した。
「議員本人で間違いないんですね」
「本人確認は済んでいます」
多湖はしゃがみ込み、遺体の位置と、周囲の状況を確認した。頭部に外傷。床には血痕。近くに、乗ってきたと思われる高級車が停められている。
「見た目は、単純な転倒事故に見えますが」
鑑識係の言葉に、多湖は無言のまま、頭部の傷の角度を観察していた。転倒による打撲にしては、傷の入り方が不自然だった。角度が、鈍器で殴られたもののように見える。だが決定的な証拠と言い切るには、まだ材料が足りない。
「防犯カメラは」
「駐車場の入口に一台。ただ、この階には設置されていません」
多湖は立ち上がり、周囲を見渡した。誰かがこの男をここに呼び出したのか。それとも、たまたまここで襲われたのか。この時点では、まだどちらとも判断がつかなかった。
翌朝、捜査本部が立った。多湖はその場で、上司から早々に方針を告げられた。
「単純な線から潰していく。まずは金銭トラブルと、私怨の線だ」
「もう対象が絞れているんですか」
「懸野の秘書から話を聞いた。最近、進士柊真という企業幹部との間で、金銭的な揉め事があったらしい」
多湖は資料に目を通した。進士柊真、四十一歳。懸野とは過去に事業投資を巡るトラブルがあり、双方の間で訴訟に近いやり取りがあったという記録が残っている。
「それだけで容疑者扱いですか」
「これから裏を取る。だが――」
上司は言葉を濁した。多湖はその表情に、微かな違和感を覚えた。裏を取る前から、すでに結論が決まっているような口ぶりだった。
その日の午後、多湖のもとに、進士の周辺情報が次々と届けられた。金銭トラブルの記録、懸野への恨みを示唆するとされるメールの写し、事件当夜、現場付近を進士の車らしき車両が通過していたとされる映像記録。
多湖はその一つ一つに目を通しながら、次第に落ち着かない気分になっていった。
――早すぎる。
事件発生からまだ一日も経っていないというのに、証拠が、まるで最初から用意されていたかのように、次々と揃っていく。多湖はこれまで、数えきれないほどの事件現場を見てきた。証拠というものは、本来もっと手間をかけて、地道に集めていくものだ。
こんなにも都合よく、こんなにも早く、一人の人物を指し示す材料が揃うことなど、あっただろうか。
多湖は資料の束を机に置き、しばらく無言でそれを見つめていた。




