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占いババアの算段/The Old Fortune Teller of Uchisaiwaicho is Way Too Sharp-Tongued! (内幸町の占いババア、毒舌すぎる件!)  作者: 八卦六十四郎(はっけ・ろくじゅうしろう)


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第三話 あたしだって、昔はね

第三話 あたしだって、昔はね



内幸町の片隅に、その店はある。


看板には、赤い文字で「占い」と書いてある。


その下に、小さく「大当たり!」。


誰が書いたのかは知らない。


少なくとも、占いババア本人は、自分が書いたとは認めていない。


「字が下手だねえ。まったく、誰だい、こんなの書いたのは」


毎朝、店の戸を開けるたびに、そう文句を言う。


自分で書いたのだが、そんなことは、とっくに忘れたことにしている。


午前十一時。


ひとりの女が、店に入ってきた。


四十歳くらいだろうか。


きちんとした身なりをしているが、目の下には、うっすらと隈がある。


「先生、主人が浮気しているか、占っていただきたいんです」


ババアは、女を見た。


「いくら払えるんだい?」


女は、面食らった。


「え?」


「占いはタダじゃないよ。金がないなら、神社でおみくじでも引いてきな」


「……料金は、おいくらですか?」


ババアは、壁に貼ってある料金表を指さした。


女は財布を取り出し、料金を払った。


「で、旦那が浮気しているか、知りたいんだね」


「はい」


「どうして?」


「最近、帰りが遅いんです」


「仕事じゃないのかい?」


「そう言うんですけど……」


「ほかには?」


「スマートフォンを、肌身離さず持つようになりました」


「前は?」


「テーブルに置きっぱなしでした」


「ほかには?」


女は、しばらく考えた。


「私と、あまり話さなくなりました」


ババアは、うなずいた。


「なるほどねえ」


女は、身を乗り出した。


「先生、やっぱり浮気でしょうか?」


「知らないよ」


「でも、先生なら、わかるんじゃ……」


「わからないねえ」


ババアは、あっさりと言った。


「スマートフォンを肌身離さず持っている男なんて、世の中に何万人いると思ってるんだい。仕事の秘密を扱っているのかもしれないし、ゲームに夢中なのかもしれない。浮気しているかもしれないし、していないかもしれない」


「……」


「それとも、あんたは、浮気しているって言ってほしいのかい?」


女の顔がこわばった。


「そんなことは……」


「じゃあ、していないって言ってほしいのかい?」


女は、答えなかった。


ババアは、机の上の水晶玉を、指で軽く弾いた。


「これに聞いてみるかい?」


「……はい」


ババアは、水晶玉をのぞき込んだ。


三秒。


五秒。


十秒。


それから、顔を上げた。


「見えたよ」


女の目が輝いた。


「本当ですか!」


「ああ。あんたの旦那が、今朝、何を食べたかも見えた」


「えっ?」


「パンだね」


「……」


「当たったかい?」


「主人は、朝ご飯を食べないんです」


「そうかい。じゃあ、あたしの占いは外れだね」


女は、思わず笑ってしまった。


ババアは、満足そうに鼻を鳴らした。


「笑えるじゃないか」


「……え?」


「さっきから、死人みたいな顔をしてたよ。少しはマシになったね」


女は、うつむいた。


そして、ぽつりと言った。


「私、怖いんです」


「何が?」


「主人が浮気していたら、どうしようって。そればかり考えてしまって」


「ふうん」


「でも、浮気していなかったら、今度は、私が疑ったことを知られたらどうしようって……」


「忙しいねえ」


「はい……」


ババアは、ため息をついた。


「それで、あんたはどうしたいんだい?」


女は、顔を上げた。


「どうしたい……?」


「旦那の浮気が知りたいのかい。それとも、旦那と、もう一度ちゃんと話したいのかい」


女は、すぐには答えられなかった。


ババアは、机の引き出しから飴玉をひとつ取り出し、女の前に置いた。


「食べな。金は取らないよ」


「ありがとうございます」


女は飴玉を手に取った。


「先生……」


「なんだい?」


「先生も、昔、誰かを疑ったことがあるんですか?」


ババアの手が止まった。


ほんの一瞬だった。


女は気づかなかった。


ババアは、いつもの調子で答えた。


「あるよ」


「……」


「疑ったこともあるし、信じたこともある」


女は、静かに聞いていた。


「信じて、失敗したこともある」


ババアは、そこで言葉を切った。


「先生……」


「それ以上は、別料金だよ」


女は、目を丸くした。


それから、くすりと笑った。


「もう、先生ったら」


「なんだい。あたしは商売人だよ」


女は、立ち上がった。


「ありがとうございました」


「礼を言うほどのことはしてないよ」


「でも、少し、気持ちが楽になりました」


「そりゃよかったね。次は、旦那に聞きな。帰りが遅い理由を。スマートフォンのことも、気になるなら聞けばいい」


女は、うなずいた。


「はい」


「ただし、いきなり浮気だなんだと騒ぐんじゃないよ。相手が何を考えてるかなんて、聞かなきゃわからないんだからね」


女は、店を出ていった。


扉が閉まる。


ババアは、しばらく黙っていた。


机の上には、女が飲み込まずに置いていった飴玉の包み紙が残っていた。


ババアは、それをつまみ、ゴミ箱に放り込んだ。


「……信じて、失敗した、か」


小さくつぶやいた。


窓の外を、会社員たちが通り過ぎていく。


誰も、こちらを見ない。


ババアは、引き出しを開けた。


奥に、小さな写真が一枚、しまってあった。


若い女が写っている。


今よりずっと細い顔。長い髪。笑っている。


その隣に、男がいた。


写真の中の男は、女の肩に手を置いていた。


ババアは、写真を見つめた。


「……あんたも、いい加減な男だったねえ」


誰に言ったのかは、わからない。


写真を裏返す。


そこには、日付だけが書かれていた。


四十年以上前の日付だった。


ババアは、写真を引き出しに戻した。


そして、表の看板を見上げた。


「大当たり!」


赤い文字が、陽の光に照らされていた。


「……大当たり、ねえ」


ババアは、鼻で笑った。


「人生に、そんなもんがあるもんかい」


電話が鳴った。


「はい、占いだよ!」


いつもの声だった。


「なんだって? 夫婦の相性? そんなもん、あたしに聞くんじゃないよ!」


ババアは、受話器を肩に挟みながら、料金表を直した。


今日も、内幸町の片隅で、占いババアは客を待っている。


過去のことなど、誰にも話すつもりはない。


ましてや、金にならない昔話なんて。


――このクソババア、今日も絶好調である。


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