第十二話 あたしの人生、これでいいんでしょうか
第十二話 あたしの人生、これでいいんでしょうか
「先生、あたしの人生、これでいいんでしょうか」
女は、そう言って椅子に座った。
五十代の半ばだろうか。地味な服装で、化粧も控えめだった。膝の上に置いたバッグを、両手でしっかり抱えている。
ババアは女を見た。
「知らないよ」
「……え?」
「あんたの人生だろ。あたしが知るわけないじゃないか」
女は困ったように笑った。
「そうですよね。すみません」
「謝ることじゃないよ。で、何があったんだい」
女は、少し考えてから話し始めた。
夫がいる。子どもは二人。二人とも独立して、今は夫婦二人で暮らしている。
夫は会社勤めを終え、再就職先で働いている。女自身もパートを続けている。
生活に困っているわけではない。
夫婦仲が悪いわけでもない。
子どもたちも、それぞれ家庭を持ち、元気に暮らしている。
「ありがたいことだと思うんです」
「そうかい」
「周りからも、幸せじゃないって言われます」
「誰に?」
「友達です」
「そいつが、あんたの暮らしをしてるのかい」
「いいえ」
「じゃあ、そいつに決めてもらうことでもないね」
女は口元を緩めた。
「でも、最近、何だか空っぽなんです」
「何が?」
「毎日が」
ババアは黙っていた。
女は続けた。
「子どもが小さいころは、子育てで忙しくて。学校のこと、食事のこと、家のこと。夫の仕事も大変だったので、できるだけ迷惑をかけないようにしてきました」
「へえ」
「子どもが独立してからは、親の介護もありました。母を見送って、ようやく落ち着いたと思ったら、今度は何をしたらいいのか、わからなくなってしまって」
「何か、やりたいことはないのかい」
女は首を傾げた。
「それが、わからないんです」
「食べたいものは?」
「え?」
「今日、何が食べたい?」
「……別に、何でも」
「何でもってことはないだろ。カレーが食べたい日もあれば、寿司が食べたい日もあるだろう」
女は、少し笑った。
「そうですね」
「じゃあ、明日は何が食べたい?」
「明日ですか?」
「そうだよ。明日の飯くらい、自分で決められるだろ」
女はしばらく考えた。
「……昔、好きだったお店のオムライスが食べたいです」
「ほう」
「子どもが小さいころ、よく連れて行ったんです。でも、最近は行っていません」
「なんで?」
「子どももいないのに、わざわざ行くのも変かなと思って」
「誰が変だって言ったんだい」
女は、はっとしたように顔を上げた。
「……誰も言っていません」
「そうかい」
ババアは水晶玉を指で弾いた。
「じゃあ、行けばいいじゃないか」
女は笑った。
「そんなことで、いいんでしょうか」
「知らないよ。あたしに聞くんじゃない」
女はバッグを膝の上に置き直した。
「私、ずっと、誰かのために何かをするのが当たり前だったんです」
「そうかい」
「でも、自分が何をしたいのか、考えたことがなかったのかもしれません」
「考えたことがないのと、やりたいことがないのは、別だろうねえ」
女は黙った。
しばらくして、ゆっくりとうなずいた。
「……明日、行ってみます。オムライスのお店」
「そうしな」
「一人で」
「好きにおし」
女は立ち上がり、料金を払った。
「ありがとうございました」
「何も占ってないよ」
「はい。でも、来てよかったです」
女が出ていくと、ババアは料金を引き出しにしまった。
「オムライスねえ」
自分の夕飯を考えた。
サトウのごはんに梅干し。
いつもと同じだ。
「……あたしは、別にいいけどね」
そう言って、ババアは店の時計を見た。
次の客が来る時間だった。




