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3-2

 弟と二人暮らしを始めたのは八年ほど前のことだ。


 弟は学生時代なぜか就職活動せず、大学卒業後実家へ出戻って引きこもりになった。そんな彼を持て余した両親が、弟と一緒に暮らして彼を自活させてくれないかと私に頼み込んできたのが、確か二〇一六年の暮れだった。


 その時年末年始の休暇で帰省していた私に、母が、


「私、どうすればいいかもう分からなくて。やっぱり、産んだこと自体が間違いだったかもしれないと思う。三十六であの子ができて、そもそも二人目を作る予定もなかったし――」


とぐちぐち言い出したのである。母の言葉に怒りを通り越して呆れ、沈黙している私を置いて、母の隣で焼酎を飲んでいた父が、


「やめなさい」


とたしなめ、それから、同居してくれるなら引っ越し代と美洋の当面の生活費は〇〇円出す、なに、今だってこっちには月々〇〇円程度あいつの生活費がかかっているんだから気にしないでいい、とりあえずお前の口座に〇〇円だけ振り込むから……。などと、お金のことばかり生々しく言うので私は完全にこの両親に愛想をつかした。要するに、食事の時以外部屋に引きこもり、ゲームや動画鑑賞ばかりして壁越しに時々独り笑いを漏らしてくる息子をどう対処すればいいか、自分たちにはもう分からない。東京で会社勤めをして立派に働いている――ように周りには見えていたらしい――姉娘の元に行かせ、厳しく監督してもらってアルバイトでもなんでも始めてくれればという目論見のようだった。


 私はちょうどその時キャリアコーディネーターからライターへのジョブチェンジを求めて転職活動をしている最中だった。それも一社から内定がほぼほぼ決まっていて、年度明けの四月に転職する予定になっていた。それに合わせて引っ越しもするつもりだったから、そのタイミングであれば弟と住む住居を首都圏内で探してもいい。


 そう説明すると、両親は願ったり叶ったりという様相で、父は、じゃあ転職のお祝いもかねて引っ越し代に三十万出す、と食い気味に提案し、母は、ごめんね真空(まそら)、でもあの子は小っちゃいころからあなたのことが大好きだったから、これでよかったのよね、ねえお父さん、と涙ぐみ、それに対して父が、ああもう私たちみたいなじいさんばあさんじゃ若い人の気持ちは分からないんだ、真空みたいな若い社会人じゃなくっちゃあ、などと返して、私はどうやらニートの弟の就職と独り立ちを託されたのだった。


 年が明けて私は三~四月に退職・再就職して、美洋と今の東新宮の2LDKに引っ越した。引っ越しが一通り済むと、私は時間を作って美洋をリビングに呼び「とりあえず一カ月以内をめどにアルバイトを探して」と命令した。


 一カ月が経ち、弟に経過を尋ねるとまだ一件も応募していないという。この間弟は基本的に常時部屋にいて、母から伝え聞いていたとおり独語、独り笑いが激しかった。家事はまるで手伝ってくれず、要するに完全に無為に一カ月を過ごしたことになる。


(こいつなんもしねえな)


 私は思った。


 しかし詳しく事情を聞いてみると弟にもそれなりに理由があったようで、要するに近所に良いアルバイト先が見つからないのだという。そもそも大学を卒業して実家に戻ってすぐの時、同じようにアルバイト探しは多少してみたのだそうだ。しかし実家は栃木の田舎町にあり、気に入った募集先は近所になかった。弟は運転免許を持っていなかった。それで自転車や電車に乗って遠くの募集先にいくつか面接を受けに行ったものの、勤務先と住居の遠さが一因となって全て不合格になった。それで嫌気がさしてアルバイト探しを辞めてしまったのだという。


 この経緯を聞き、私はいきなりアルバイトを探すのではなくまず原付バイクの免許を取らせることに決めた。父に免許取得費用と中古バイク代の負担を相談し、了承を得た。それで弟に、原付の免許を取り、バイク通勤で通える範囲のアルバイト先を探しなさいと命令し直した。


 一カ月が経った。


 弟に免許取得の進捗を尋ねた。


「なんだか最近頭が痛くって、まだちょっとしか問題集に手をつけられてないんだ」


 弟はニート生活ですっかり光を失った瞳をして答えた。もちろん私が頼んだ家事手伝いもほとんど協力する素振りがない。


(こいつ本当なんもしねえな)


 私はさすがにぶちぎれて、頭が痛いならさっさと病院に行って治療をして、一刻も早く免許を取れ、と怒鳴った。


 弟が免許を取得したのはそれから更に四カ月ほど経ったころで、季節は秋になっていた。即座に中古バイクを買い、更に更に二カ月後、ようやく近所のドラッグストアのアルバイトに採用された。


(結局近くのドラッグストアかよ。原チャリ必要なかったじゃん)


 私は心の中で毒づきながらも、ひとまずほっとして父に生活費の仕送りを止めてもらうための電話をかけた。

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