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弟はその近所の職場に原付バイクで黙々と通うようになった。私は多少家計に給料を入れてもらい、半年ほど経ったところで弟に預金額を聞いて、今度はその預金を使って車の運転免許を取るように言った。
もちろん弟にずっとアルバイトをさせておくつもりはなかった。運転免許を取らせて、営業職でも接客販売員でも工場作業員でもなんでも正社員職に就かせ、その仕事に弟が慣れたらこの同居を解消しようと考えていた。
その旨を弟にきちんと伝えた。
弟は仕事の合間に教習所に少しずつ通い、一年かけてようやく免許を取った。
免許を取った弟は正社員になるため就職活動を始めた。まだ若く、一見真面目そうで、四大を出ていたことが功を奏したか、これは意外にすんなり採用が決まった。漫画本やアニメのDVD、キャラクターグッズの中古売買をしている、小さな会社だった。アニメ好きの弟は働くのを楽しみにしていた。
会社は埼玉の田舎町にあった。通勤に車が無いと不便なところだったので、私が前もって根回ししていた父に相談すると、気前よく両親が使っていた軽自動車をゆずってくれた(両親は新しい車を買った)。
ドラッグストアのアルバイトを辞め、弟は新しい会社で嬉々として働きだした。しかしそこそこブラックな職場だったようで仕事の忙しさについていけず、二カ月で解雇された。弟は全てにやる気を失くしてしまったらしく、満を持して引きこもり生活を再開した。
私は放っておいた。再び父から仕送りをもらうようになった。弟はなかなか部屋から出てこなかった。
(本当あいつなんもしねえな)
夜遅く仕事からアパートに帰り、コンビニのサラダと自分で握ったおにぎりをリビングで食べながら、私は引きこもっている弟の部屋のドアを見て、そう思った。
いや――、なにもしていないのではないのだ。彼なりにゆっくり、努力しようとしているのだ。しかし色々葛藤やハードルがあって、なかなか行動に移せないから、努力しているように周囲には見えてこないだけなのだ。彼は彼なりに人生と闘っているのだ。
こうなったら気が済むまで引きこもらせてやろう。彼自身の意思で、部屋から出てくるのを待とう。私はそう決心した。
車の維持費がかかり始めたこともあり、父から送られてくる月々の仕送りだけでは弟の生活費は足らなくなっていた。私の預金は少しずつ減り始めていたが、それは出世払いということにして、自分が立て替えておくことにした。
弟を放っておいたのには私自身の仕事にも理由があった。転職した会社に悪い上司がいて散々サービス残業させられていたのである。
私が転職したのは人材関連の大手企業で、私は求人広告サイト運営部門に配属され、求人広告のライターとして働いていた。
元々文章を書く仕事に就きたいという志望のあった私は、新卒で入社した前社でも同じ職種に就いていた。しかし数年経って、意に沿わないキャリアコーディネーターという仕事に配置転換された。少しも興味の持てない仕事だったので、元の職務に戻してもらえるよう部署変更を何度か訴えたものの、受理されず、嫌気がさして転職を決めた、というわけだったのだ。
それで転職した会社で、ブラックな体質の上司にかち合ってしまったのである。
その上司というのは広告サイト運営部門の営業課長だった。その人の課の営業職の人たちが広告出稿の契約を取ってくる→私たち制作課のライターがその広告を作る→広告を出稿する。という流れで仕事をしていたのだが、この営業課長が、ライターの仕事許容量を超えても営業職の人たちに契約を取らせてき、更には顧客へのサービスの一環としていくらでも広告記事の後修正を許可する方針を貫いてきたのである。
私たちライターは仕事でパンパンになり、それに嫌気がさして辞めてしまう同僚も出た。私は仕事終わりが終電近くなることも、休日出勤も珍しくなく、この当時――弟が会社をクビになって再度引きこもりを始めた時――には心身をすり減らすようにして働いていた。
そのため弟の再就職に気を配るような余裕は、このころにはとてもなかったのである。




