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その後すぐスマホがバイブした。見てみると入稿を遅らせた広告の担当営業さんからの着信だった。家族の付き添いをしていると先ほど嘘を吐いた手前、この電話に出て電車内にいることを悟られるわけにはいかない。私は心臓がバクバクするのを感じながら、着信が終わるのを待った。電話が切れてしまうと、急いで営業さんにメールをした。
「事故を起こした家族の付き添いをして病院にいるため、電話に対応できません。メールでご用件を伝えていただけますでしょうか」
すぐ営業さんから返信メールが来て、広告の入稿時間については見通しがつかないままか、と尋ねられた。私はそうだと答えた。
更に十分ほど経って、また返信が来た。
「〇〇社様の広告の件ですが、一ノ瀬さんの状況を説明し、納品期限を週明け月曜日の十二時に延ばしていただきました。
こちらで再修正をする時間も鑑み、一ノ瀬さんには月曜日の九時までに入稿していただきたいと存じます。
〇〇社様は今回の一ノ瀬さんの事情を伝えたところ、そういうことなら期限の延長は仕方ないと即座に要望に応えてくださいました。後で一ノ瀬さんからも一言お礼の連絡を入れていただけると助かります」
という内容のメールだった。私は安堵感で意識がぼうっとした。この案件は以前に二、三トラブルが重なったこともあり、最悪クライアントからの広告出稿見送りなどに繋がりかねない状況だった。それだけに、営業さんの素早い対応と、クライアントの寛大な処置に感謝するばかりだった。
営業さんにお礼のメールを送り、今度は弟にLINEメッセージを送った。
「体調どう?
望結ちゃん来てくれることになったよ 今一緒に電車に乗ってる 十時半ごろ家に着けると思う」
すぐ既読がついた。私はスマホをバッグにしまった。
「みーくんですか?」
いつの間に目を開けたのか、隣の望結ちゃんがそう声を掛けてきたので、私は少し驚いて、うん、とだけ答えた。
「みーく……美洋くん、どんな状態なんですか? すい臓がんって聞きましたけど」
私は頭の中でつじつまの通る嘘を素早く編んだ。
「うん、自宅療養してたんだけど昨日の夜から状態が悪化したから、今日の午後にも入院する手はずを整えたところなんだ。多分もう長くないと思う」
「そうですか……」
「だから本当ありがとう。美洋の最後の願いが、望結ちゃんに会いたいっていうことだったの」
「そうなんですね。そっか。他の人なら断っちゃったかも知れないですけど、私も美洋くんには会いたいと思っていたので」
望結ちゃんのこの答えに、私は(おや?)と思った。
「それはどうして?」
「はい。私たち、仲良かったじゃないですか、小学生のころ」
「そうだね」
「私、大人になったら美洋くんと結婚したいなって、思っていたんです。中学に上がる前くらいから、男の子とはもう遊ぶなって親に言われて、遊ばなくなっちゃいましたけど」
「へえ、そうなんだ!」
「だからもし亡くなってしまうのであれば、その前に絶対会っておきたいと思ったんです。美洋くんの病気はもう長いんですか? お姉さんがやっぱりずっと看病して?」
「うん、長いって言ってもがんって診断されたのが半年ぐらい前なんだ。すい臓がんって末期まで症状が出ない人が多いみたいで――」
私は素早く頭を巡らして嘘を吐きつつ、(今回のことはかなり無理なお誘いだったかと思ったけど、これは意外と良い再会になるんじゃないか)とうれしさでわくわくしだした。「美洋の方も望結ちゃんが好きだったそうです」ともう伝えてしまおうかと思ったが、よく考えてそれは止めておいた。
「私が会ってもだいじょうぶな状態なんですか?」
望結ちゃんが聞くので、
「さっき家で見た感じだと問題ないと思う。ただびっくりしないで欲しいんだけど、がんの症状の一種で顔がむくんで、血管が顔の皮膚に浮かびあがってる状態なんだ」
と答えた。
「血管が顔に? がんの症状で?」
「うん、一般的にあまり知られていない症状みたいだけど。それに痛みでときどき呻いたり」
「ああ、それはそうですよね」
「そうそう。だからあんまりびっくりしないでね。あくまで病気の症状だから」
「分かりました」
そこまで話したところで、スマホが短くバイブしたのでまたバッグから出した。弟のLINEメッセージだった。
「ありがとう うれしいよ
体調は今のところだいじょうぶ」
私は心内でガッツポーズした。
弟のぱっとしなかった人生の最後の最後に、姉として良い思い出を作ってやれるかも知れない。望結ちゃんに会わせて、プレゼントを渡させて二人に最後のひと時を過ごさせてやったら――やっぱり弟を説得して病院に行かせよう。この手で弟を殺すなんてしたくない。それに、大きな病院に行けば何かしら弟が助かる方法があるかも知れない。
そう思いながら弟にグッドサインをしているキャラクターのLINEスタンプを送った。




