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電車内でウィダーインゼリーを飲んでから、十二時締切りの広告の入稿が遅れることを担当営業さんと制作課マネージャー(増田さんは先年異動したため、別の人)にメールした。
「家族が事故で重篤な状態に陥り、付き添わなくてはならないので〇〇社様の広告の入稿が遅れます。
当該家族は今後の生死が分からない状況です。そのためいつまでに入稿できるかはまだ分かりませんが、分かり次第連絡致します。できうる限り早く入稿致します。
ご迷惑をおかけし大変申し訳ございません。よろしくお願い致します」
二度メールの文面をチェックし、スマホの送信ボタンを押そうとして、その指が震えた。
これを送ればあの若い営業さんはクライアントに平謝りで謝罪しなければならなくなるだろう。私は信用を失い、今後仕事をもらえなくなるかも知れない。しかし、――しかし、もう他にどうしようもない。電車内にノートパソコンを持ち込んで記事を書くことも考えたが、時間的にも完成できるかどうか微妙だし、そんな仕事の仕方をして良い広告ができるとも思えない。
ただひたすら関係者に申し訳なく思いながら、結局送信ボタンをタップした。タップして、大きく深呼吸した。
電車に揺られながらスマホでゾンビ事件のニュースが拡散されていないかチェックした。深夜に確認したいくつかの記事の後、特に続報は出ていないようで、ネットでもほとんど拡散されていなかった。なぜこんな特異な事件が話題にならないのか良くわからなかった。電車の車内でも、空いた座席にぽつぽつと乗客が普段通りの顔をして座っているだけだ。
(もしかしたら国民がパニックを起こさないように報道規制のようなものが発出されているのだろうか)
私はそういぶかしんだが、やはり内実は分からなかった。スマホをショルダーバッグにしまい、とても眠れる精神状態ではなかったが目をつむった。
藤尾駅に着いたのは八時過ぎだった。どうしようもない田舎の駅だが、これから出勤するのだろうと思われる乗客が、私の降りたホームの反対側に、十数人上り電車を待っていた。もう外は暑かった。
弟が地図アプリにピンをドロップしてくれた笹井さん宅は、私たちの実家の少し先にあった。藤尾駅から徒歩十分ちょっとの距離だ。それは住宅街の中にひっそりたたずむ、建て替えてまだ新しい一軒家で、住居の手前はアスファルトの駐車場だった。その広い駐車場の左手前の一部は家庭菜園ができるよう、ブロックで囲われた土の地面になっていた。住居を取り囲む腰壁の向こうでその家庭菜園を一人いじっているおばあさんが見えた。
私は、地図アプリのとおりなら恐らくここが笹井家だろうと見当をつけた。そして門に「笹井」と書かれた表札を見つけ、やはりここが笹井さんのお宅で、家庭菜園をしているあのおばあさんが望結さんのお母さんに違いないと考えた。緊張が体を襲った。意を決して門の中に入った。カツカツパンプスをアスファルトに鳴らしつつ、草抜きをしているおばあさんの元に向かった。
気配に気づいておばあさんがこちらを見上げた。白い、日よけのついた作業用帽子の下に、不審げな表情が浮かんだ。




