第10話 サロメの勝利
リシャールもまた、兄の言い分には呆れ果てていた。これまで兄の非常識な振る舞いには目をつぶってきたが、正式な立会人を招いた勝負で、負けた途端にやり直しを要求するなど、いくらなんでも見苦しい。
「兄上、それは通りませんよ。もし兄上が勝っていたら、義姉様が同じことを言っても認めなかったでしょう? 今回は正式な勝負です。兄上の部下たちや外部の立会人も二人いるのですから、結果はきちんと受け入れるべきです」
「リシャール! お前まで俺に逆らうのか!」
「逆らっているわけではありません。勝負の結果を言っているだけですよ。兄上は武人でしょう? 負けを認めずに言い訳を重ねるのは、恥ずかしいことだと思いませんか? これでは自分が勝つまで何度でもやり直すつもりだと思われますよ」
辺境伯は顔を真っ赤にしたが、反論する言葉が見つからなかった。しかも、もう一人の立会人であるファビアン・ボラン子爵も、リシャールの意見に同意していた。
「わたしもオベール伯爵のおっしゃるとおりだと思います。勝敗は明らかですし、勝負の条件も事前に書面で取り決めております。ここで結果を覆すわけにはいきません」
二人の立会人からそう告げられ、辺境伯はとうとう黙り込んだ。
一方、サロメは満足そうに微笑んでいた。勝負を挑んだときから、辺境伯が負けを認めずに騒ぎ立てる可能性は考えていた。だからこそ、わざわざ隣領の当主二人を立会人として招いたのである。ただ、リシャール・オベール伯爵が辺境伯の実弟だとは初めて知った。
「それじゃあ、約束どおり書面に署名してもらうわね」
サロメはにっこりと笑い、自分が勝利したことを記した書面に、二人の立会人からサインをもらった。
「さあ、ここにいる旦那様や辺境伯家の騎士たち、並びに立会人のお二人に、わたくしは宣言します! このソワイエ辺境伯家の家政は今この瞬間から、このサロメが取り仕切ります!」
サロメは大きな声を張り上げた。
リシャールはそんなサロメを眺めながら、兄上もなかなか面白い女性を妻に迎えたものだと、愉快な気分になっていた。
辺境伯はすっかりへそを曲げてしまい、忌々しげに吐き捨てた。
「ふん! 勝手にしろ!」
少し離れた茂みの陰では、顔に包帯を巻いたリディアが、呆然とその光景を見つめていた。まさか辺境伯がサロメに負けるなど、夢にも思っていなかったのだ。
その翌日、まずサロメが目をつけたのは、自分にあてがわれた部屋だった。嫁いできた日に案内されたのは、庭に面した一室で広さも調度品も申し分なかったが、ジュリエットから聞いていたので、そこが本来、女主人の使う部屋ではないことはわかっていた。サロメは執事を呼び、先代の辺境伯夫人が使っていた部屋について尋ねた。
「この屋敷には、代々の当主夫人が使ってきた部屋があるわよね? そこを案内してもらえる?」
「それが……現在、その部屋はリディア様がお使いになっております」
「やっぱりそうなのね。だったら、リディアには別の部屋に移ってもらいましょう。愛人が正妻の部屋に住むなど秩序を乱すわ。今日中に手配してちょうだい」
サロメは当然のことのように言ったが、執事は困った顔をした。
「ですが、あの部屋は旦那様がリディア様にお与えになったものでして……」
「それがどうしたの? 代々の当主夫人が使ってきた部屋なら、わたくしが使うのが当たり前でしょう。リディアを粗末な使用人の部屋に追いやるという話ではないわ。本来の形に戻すだけよ 」
執事もサロメの言い分が正しいことは理解していた。昨日の勝負で家政の権限がサロメに移った以上、従わないわけにはいかない。しかし、リディアが素直に部屋を明け渡すとは到底思えず、気の重いまま彼女のもとへ向かった。




