第9話 辺境伯との対決-2
サロメとソワイエ辺境伯が勝負する日がやって来た。当日は、東隣の領地を治めるリシャール・オベール伯爵と、西隣の領主であるファビアン・ボラン子爵が立会人を務めることになっていた。
勝負の種目は馬上からの弓射で、走る馬の上から的を射抜き、その正確さを競うものだった。
事前に用意された書面には、サロメが勝てば家政の一切を取り仕切る権限を得る一方、負ければ辺境伯の言うままに従わなければならないと記されていた。
立会人として招かれたリシャールは、その書面を見て、心の中でため息をついていた。リシャールは母方の爵位と領地を継いだオベール伯爵であり、ソワイエ辺境伯の実弟でもある。母親である前ソワイエ辺境伯夫人がオベール伯爵家の一人娘だったため、次男のリシャールがその家を継いだのだ。
(兄上は武人としては優秀だが、どうにも常識がなさすぎる。正妻が嫁いできたのなら、家政を任せるのが普通だろう。それをわざわざ勝負で決めるとは……我が兄ながら情けない)
しかし、兄がソワイエ辺境伯家を継いだ以上、他家のことに積極的に口を出す気はない。この立ち会いも、結果を見届けて書面にサインするだけのつもりだった。
リシャールはちらりとサロメを見た。金髪碧眼の美しい女性で、すらりと背が高く、整った顔立ちには伯爵令嬢らしい気品が漂っている。乗馬服に身を包んだ姿も優美で、とても武芸に秀でた女性には見えなかった。
兄の辺境伯は武人としての腕前は確かである。幼い頃から鍛錬を積み、実戦経験も豊富な兄を相手に、これほど細身の女性が勝てるとは思えない。
正妻として当然の権利を得るために、こんな勝負をしなければならないとは気の毒な話だが、リシャールはサロメが負けるものと考えていた。
やがて準備が整い、勝負が始まった。最初に挑むのは辺境伯だ。用意された五つの的は馬場の片側に一定の間隔で並べられており、馬を走らせながら順番に矢を射て、その正確さを競うことになっている。
辺境伯は慣れた様子で馬にまたがると、弓を手にして出発地点へ向かった。合図とともに馬を駆け出させ、最初の的が射程に入ると、素早く弓を引き絞って矢を放った。矢は見事に的を捉えた。続く二つ目、三つ目も命中し、辺境伯は馬の速度を落とすことなく、次々と矢を射ていく。
五本すべてを射終えて戻ってきた辺境伯は、満足そうな顔をしていた。結果は全矢命中。中心を捉えたものもあれば多少ずれたものもあったが、疾走する馬の上からこれだけの正確さで射るのは、並の騎士には難しい。
見守っていたリシャールも、兄の腕前には感心していた。普段の常識外れな振る舞いには呆れることが多いものの、武芸に関しては確かに優れた人物なのである。
続いてサロメの番となった。サロメは軽やかに馬にまたがると、手綱を握って出発地点へ向かった。その動作には少しの無駄もなく、馬の扱いに慣れていることがうかがえる。
合図とともに、サロメは馬を勢いよく駆け出させた。そのあまりの速さに、見守っていた騎士たちから驚きの声が上がった。辺境伯も相当な速度で馬を走らせていたが、サロメの馬はその倍ほどの速さで疾走していたのである。
最初の的が射程に入った瞬間、サロメは目にも留まらぬ速さで弓を引き絞り、矢を放った。矢は的のど真ん中に突き刺さった。
しかし、驚くのはまだ早い。サロメは馬の速度をまったく緩めず、二つ目、三つ目と、次々に矢を放っていく。
サロメが五つの的を射終えるまでにかかった時間は、辺境伯のおよそ半分。しかも、五本すべてが的のど真ん中に命中し、少しもずれていなかった。
騎士たちは呆然としていた。辺境伯の腕前が優れていることは誰もが知っていたが、今目の前で披露されたサロメの技は、それをはるかに上回るものだった。
リシャールも、義姉となった女性のあまりの腕前に驚きを隠せなかった。
一方、辺境伯は屈辱に顔を歪めていた。武芸に関しては誰にも負けないという自負があっただけに、まさか妻にこれほどの差をつけられるとは思ってもいなかったのだ。しかも、騎士たちや近隣の領主が見守る前での敗北である。辺境伯にとって、これほど面目を潰されることはなかった。
五つの的すべてを中心に射抜いたサロメに対し、辺境伯の矢は何本か中心からわずかにずれていた。勝敗は誰の目にも明らかだったが、辺境伯はその結果を素直に認められない。
「待て! 今日は少し腕の調子が悪かったんだ。こんな勝負は認められん! 日を改めてもう一度やり直しだ!」
辺境伯は一方的にそう言い放ち、サロメは呆れたように夫を見つめたのだった。




