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『星砂の降る船で』 桜井ジン  作者: 如月あげは


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第十一話:しずけさのなか

しずけさのなか


 宝船の上は、ひどく静かだった。空は燃えるようなオレンジ色で、星砂がキラキラと光りながら降っている。おじいは、見張り台で分厚い辞書を膝に乗せていた。

「ねえ、幸せって、結局なんなの?」

 えびやんが、ふにゃりと笑って階段を登ってきた。おじいは、辞書をめくって「し」のページを探した。でも、指先で文字をなぞろうとすると、星砂がサラサラと文字を隠してしまう。だいちゃんも、こづちを置いて横に座った。

「正義とか、義務とか。言葉にすると、なんだかニセモノみたいだ」

 べにたんが、びわの弦をポロンと一回だけ鳴らした。辞書のページが風に煽られて、バタバタと空へ飛んでいった。おじいは、飛んでいく言葉を追わず、唇に指を当てた。

「……しーっ」

 星砂の海に、本当の静寂がドロリと沈んでいった。びしゃんは、槍を甲板に立てかけた。槍の影が、長く伸びる。ほていは、マストにもたれて、お腹をさすっていた。グゥ、と小さな音がしたが、すぐに風に消えた。ロクさんは、帳面に何か書こうとして、鉛筆の芯をポキリと折ってしまった。誰も、新しい鉛筆を探さなかった。

 ネズミが、階段の隅に座っていた。だんごの欠けらを、前足でくるくる回している。だいちゃんは、それを見ていた。何も言わない。えびやんは、空を見上げた。オレンジ色の雲が、ゆっくり流れていた。

「ねえ、おじい。幸せって、音がする?」

 おじいは、耳をすませた。星砂の落ちる音。木材の軋む音。遠くの風の音。

「……しない」

 そう言って、目を閉じた。べにたんは、びわを膝に乗せたまま、弦に触れなかった。音を出さない音楽が、そこにあった。びしゃんは、甲板に座り、靴紐をほどいて、また結んだ。トン。トン。規則正しい音だった。

 おじいは、辞書の背表紙を撫でた。指先が、古い革の皸をなぞる。おじいは、辞書をそっと閉じた。えびやんが、首をかしげた。

「じゃあ、なにが長生きするの?」

 おじいは、甲板に落ちた星砂を一粒つまんだ。光の中で、キラリと光った。

「……しずけさ」

 だいちゃんは、こづちを持ち上げた。でも、振らなかった。ただ、膝の上に置いた。

「動かないと、船は止まる」

 おじいは、うなずいた。えびやんは、ふにゃりと笑った。

「じゃあ、止まるのも、幸せ?」

 おじいは、答えなかった。ただ、また「しーっ」と言った。

 その時、風が止まった。星砂は、落ちる速さを忘れたように、長いあいだ空にいた。まるで、時間も止まったみたいだった。ネズミが、だんごを落とした。コトン、と甲板に小さな音がした。その音だけが、世界にあった。

 ほていは、その音を聞いて、目を閉じた。べにたんは、弦に触れずに指を動かした。びしゃんは、槍の影を見つめた。ロクさんは、折れた鉛筆を見つめた。誰も、何も言わない。

 おじいは、ゆっくり立ち上がった。見張り台から、一歩降りた。階段を、トン、トン、と降りた。神さまたちは、その音を聞いた。おじいは、甲板の真ん中に座った。甲板を、指でトントンたたいた。えびやんが、しゃがんだ。

「なにが?」

 おじいは、もう一度だけ、甲板をトントンたたいた。木の感触。船の重さ。風の匂い。

「ここ」

 だいちゃんは、目を閉じた。こづちの重さを、膝で感じた。びしゃんは、槍を握り直した。べにたんは、びわの木目を撫でた。ほていは、自分のお腹の温かさを感じた。ネズミは、だんごをかじった。星砂が、また落ち始めた。キラキラと、光りながら。おじいは、最後に小さく言った。

「……道だ」

 えびやんは、ふにゃりと笑った。

「じゃあ、歩こうか」

 神さまたちは、何も言わずに立ち上がった。階段の方を見た。星砂の向こうに、かすかに頂上が見えた。トン。トン。びしゃんの足音が、また始まった。誰も、拍手しなかった。誰も、歌わなかった。ただ、宝船は、静かなまま、少しだけ前に進んだ。

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