第8話 問題大アリだよ。
「そんなバカな!」と、セヴランが声を荒げる。
「そうですぞ。どこにそんな証拠が?」
シャイエ先生は穏やかな口調ながらも、瞳はせわしなく泳いでいる。
あくまでしらを切りたいようだけど、僕も『はい、そうですか』って簡単に引くところじゃない。
「証拠はこの薬にあります。材料はプランタンの葉、アルモワーズの葉、グナファルの花、それからソールの樹皮。どれも薬としてよく使われるものですけど――」
シャイエ先生の肩がピクリと震えたのを見逃さなかった。
「何か問題でもあるのか?」
セヴランは薬の内容物までは把握していなかったらしい。戸惑ったようにシャイエ先生と僕を交互に見ている。
「そう、問題大アリだよ。ソールの樹皮は心臓の疾患には効果がある薬だけど、喘息患者に飲ませると、気管支が収縮して症状が悪化する。レリアにとっては禁忌の薬――毒と言ってもいい。それをシャイエ先生、経験豊富なあなたが知らなかったとは思えません」
シャイエ先生は青ざめた顔で口をつぐんで、追及する僕から目をそらすようにうつむいた。
「本当にこれをひと月前から飲ませていたのなら、レリアの症状はその時からさらにひどくなっていなければならない。ところが、この薬を飲ませても症状に変化がなかったという。つまり、レリアはそれ以前からこの薬を飲んでいたということです」
「先生、本当なのか!?」
セヴランの声は小さな部屋を震わせるほど大きく鋭かった。
「すまん、セヴラン……」
シャイエ先生はか細い声で鳴いた。
「なんでそんなことを!? レリアがどれだけ苦しんできたか……殺すつもりだったのか!?」
怒りで顔を真っ赤に染めたセヴランが、シャイエ先生の胸倉に手を伸ばす。僕はとっさにその腕をつかんだけれど、しょせん僕の力では制止できない。
「先生、なんとか言えよ!」
胸倉をつかまれたシャイエ先生は、抵抗することなく、その枯れ果てた老体はセヴランの手でグラグラ揺さぶられている。
完全に頭に血が上っているセヴランに、僕は努めて穏やかな声をかけた。
「セヴラン、先生の話を聞こう。私は先生が進んでこんなことをしたとは思っていないよ」
「なら、どうしてだ!?」
「だから、その話を聞こうと言っている。先生を離してやらないと、話を聞けないよ」
「あ、ああ、うむ……」
セヴランは恥じ入ったようにシャイエ先生の胸倉から手を離すと、大きな身体を縮こまらせて丸椅子に座り直した。先生の方は胸元をさすりながら、ケホケホと咳き込んでいる。
シャイエ先生の呼吸が落ち着いたところで、僕は改めて尋ねた。
「先生、レリアの薬を変えるように指示してきたのは、闇ギルドの人間ではありませんか?」
先生はためらいがちにコクリと小さく頷いて、それから両手で顔を覆った。
「すまん、セヴラン。レリアにも悪いことをした。しかし、あいつらに弱みを握られていて、やるしかなかったのだ」
「その弱みというのは?」
「それは……わしの口からは言えん」
「では、質問を変えましょう。レリアの症状を悪化させて、セヴランに教皇庁の治癒師を薦めたのも、闇ギルドの指示だったんですか?」
「そうだ」
「その理由は聞かなかったんですか?」
「余計なことを知る必要はないと言われた。わしもそれ以上関わり合いたくなかったからな。無理に聞こうとも思わんかった」
「それは賢明ですね。とりあえずレリアをこれ以上苦しめる必要はなくなりました。正しい薬を処方してもらいましょうか」
シャイエ先生は顔を上げて、唖然としたように僕を見た。
「わしなんかに頼んでいいのか? また毒を用意されるとは思わんのか?」
「それはあなたがこれからも医師として働きたいかどうかではありませんか? 偽の薬を用意されたところで、私の目はごまかされません。悪評はあっという間に広がります。患者が誰も来なくなって廃業するのを望みますか? どうぞ好きに選んでください」
シャイエ先生は僕の真意を探るように束の間じっと黙り込んでいたけれど、一つ息をつくと「よいしょ」と重そうな腰を上げた。
「ちょっと待っておれ。薬を用意してくる」
先生はそう言い置いて、診察室の奥にあるドアの向こうに消えた。
「なあ、リュカ。先生から話を聞くって、何も聞いてないのと同じじゃねえか? 弱みって何だよ?」
ドアの向こうからゴリゴリと薬研の音が響く中、セヴランがふてくされた顔を向けてきた。
「君はそれを知って、先生を脅迫したいの?」
「別にそういうわけじゃねえけど……。そのせいでレリアが苦しい思いをしてきたかと思うと、理由くらい知りたいと思って当然だろ?」
「先生の弱みが何であれ、レリアに毒を仕込んだ理由は明白じゃないか」
「理由って?」
セヴランは頭の巡りが悪いのか、それとも人が好すぎるのか、ちっとも分かっていなかったらしい。
「闇ギルドの目的は、最初から君に聖宝を盗ませることだったんだよ。君、冒険者ギルドの中でも高ランクにいるんじゃないの?」
「まあな。プラチナ・ランクっていうやつだ」
セヴランが首にかけたペンダントを取り出して、誇らしげに僕に見せた。
冒険者のランクは六段階。駆け出しの新人冒険者はストーン・ランクから始めて、スチール、コッパー、シルバー、ゴールド、プラチナとランクが上がっていく。
昨夜、セヴランのペンダントが銀色に見えていたので、てっきりシルバー・ランクかと思っていた。それがまさかの最高位のプラチナ。この皇都でもおそらく五人いればいい方だろう。セヴランの体力や身のこなしを見ても、疑う余地はなかった。
だいだい、魔術の拘束を力技でぶち切った怪力には、僕も度肝を抜かれるくらいだったんだから。
「やっぱりねぇ……」と、僕の口から感嘆の息が漏れる。
「だから何だってんだ?」
「要は闇ギルドからすると、教皇庁に侵入して聖宝を盗めるのは、君くらいしかいないと思ったっていうこと。ところが君は高ランク冒険者で、普段金に困るような生活をしていない」
「うむ、それは確かに」
「そんな君に闇ギルドの依頼を受けさせるには、それなりの理由が必要になる。君の唯一の弱点はレリア。彼女の身に何かあると思えば、犯罪にも手を出す。実際、闇ギルドの思惑通りに君は動いたわけだ」
闇ギルドとしても、セヴランが金で動くような人間だったら、こんなまどろっこしい真似をしなくて済んだだろうに。
あいにく彼は真っ当に生きていて、つけ入る弱みが他になかったに違いない。
「ええと? つまり闇ギルドは最初から俺に依頼したくて、先生の弱みを握って言うことを聞かせたってことか?」
半信半疑で問いかけてくるセヴランに、僕は頷いてみせた。
「そう、その通り。だから、僕としては先生の弱みを知ることに意味はないと思うんだけど。それでも君が知りたいなら、無理やり吐かせてもかまわないよ」
セヴランは「うーむ」を繰り返しながら、首を右へ左へ倒したりひねったり。やがてすっきりしたような笑顔を向けてきた。
「お前の言う通り、いちいち聞く事じゃねえな。そもそもの原因は闇ギルドで、その目的は俺だったってことなんだから。先生は俺のせいでとばっちりを受けて、逆にかわいそうだ」
そんなセヴランを見て、僕はふっと笑ってしまう。
ほんと、いい奴なんだよな。
彼を見ていると、クレマン司祭を思い出す。いい人だっただけに――殺されることになった僕の育ての親。
あんな思いは二度としたくない……!!
こうしてセヴランと縁ができた今、何が何でも彼を守りたいという思いが湧いてくる。こういう人間を死なせるようなことは、絶対に回避しなければならないと。
「闇ギルドに行くなら、僕も一緒に行くよ」
「闇ギルド? 今さら何しに行くって言うんだ?」
セヴランが意外そうに目を丸くするので、僕は一瞬言葉を失ってしまった。
「……いや、だって、君はいったんは依頼を引き受けたんだろ? 依頼を断りに行かなくていいの?」
「俺の中ではすっかり終わったことになってたが……普通は行くところだったな」
「おい……」
僕が呆れて目を覆っていると、奥のドアからシャイエ先生が戻ってきた。
「これは詫びだ。これからも必要ならいつでも薬を取りに来い。金はいらん……とまあ、老い先短いわしが死ぬまでの話だが」
シャイエ先生は緊張した面持ちで紙袋を差し出した。
「罪滅ぼしのつもりか?」
セヴランは袋を受け取りながら尋ねる。
「医者のわしにできるのは、それくらいだからな。レリアの病は今のところ治す方法はないが、薬を飲み続けていれば、大人になる頃には治る可能性もある。あきらめるでないぞ」
「先生、ありがとよ。俺はレリアが普通に生活できればそれでいいんだ。薬が終わる頃にまた来るよ」
セヴランの裏表のない朗らかな言葉に、シャイエ先生もほっとしたように表情を緩めていた。




