第9話 長生きできんぞ。
診療所を出て闇ギルドに向かうのかと思えば、セヴランは大通りの精肉店や青果店で買い物をしている。
「これから闇ギルドに行くのに、荷物にならない?」
両手に袋を抱えているセヴランが心配になって、僕は聞かずにはいられなかった。
「何を言ってる? そろそろ昼だろ。いったん家に帰って昼メシだ。レリアも待ってる」
「君、こういう時でも食事が優先なんだ……」
僕が呆れながらつぶやくと、セヴランもまた瞑目して頭を振った。
「リュカ、一日三回食うのは人間としての基本だぞ。お前、そんなんだから成長しないんだ。長生きできんぞ」
昨夜『ガリガリ』と言われた時に、僕がムッとした顔をしたせいか、今回は別の言い回しになっている。言いたいことはまったく変わっていないけど。
「そう言う君は、栄養をたっぷりとって、全部筋肉になっているみたいだね」
僕の皮肉もなんのその、セヴランは「えへん」と分厚い胸を張る。
「おう、うらやましいか? 俺の家に居候するからには、お前にはしっかりメシを食ってもらうからな」
「セヴラン、僕が想定していた以上に面倒見がいいな……」
「妹で慣れてるからな。レリアもモリモリ食うところを見せてほしいもんだ」
セヴランの基準はどうやら病弱な妹にあるようで。
健康体の僕くらいは、それこそ『モリモリ』食べてやるのがセヴランへの感謝になるのかもしれないと思った。
*
家に着けば、セヴランは早速買ってきた食材をキッチンに運んで料理を始めている。
「何か手伝おうか?」と聞いてみたものの、「適当に座ってろ」と言われてしまう始末。
彼がてきぱき野菜を洗ったり、まな板で食材を切ったりしているところを見ると、僕が手を出す隙がない。
……確かに料理どころか、食材も扱ったことがないから、猫の手にもならないんだろうけど。
ただ待っていても申し訳ないので、僕はテーブルについてシャイエ先生のところでもらってきた薬の内容物を調べることにした。
プランタンの葉、アルモワーズの葉、グナファルの花。
間違いなく、喘息に効く薬草しか入っていない。これならレリアも症状が悪化する前の状態に戻れるだろう。
「レリアに飲ませても大丈夫か?」
シャイエ先生を信じた様子だったセヴランも、さすがにレリアに飲ませるとなると心配になったのか、僕に聞いてくる。
「少なくとも今日もらってきた分は、問題ないはずだよ」
「そっか。それはよかった」
セヴランはほっとしたような顔で一包を受け取ると、トレイに乗せた食事とともにレリアの部屋に運んでいった。
昼食はレリアの好きなクリームソースのパスタということで、居間の中は甘く芳醇な匂いが充満している。空腹なんて感じていないと思っていたのに、その香りに誘われて、口の中には唾液がたまってしまう。
セヴランはレリアが食べ終わるまでそばについているのか、なかなか部屋から出てこない。じりじりしながら待つ僕は、さながらエサを待つ犬の気分だ。
「待たせたな」とセヴランが戻ってきて、料理の皿をテーブルに置いてくれた時には、祈りもそこそこに「いただきます」とがっついていた。
クリームソースには鶏肉と玉ねぎがたっぷり、チーズのこってりした風味も合わさって、贅沢な味わいだ。
「おいしい。セヴラン、本当に料理が上手だね」
「そうか? このところ妹以外に食べさせることがなかったから、そう言ってもらえるとうれしいぞ」
「女だったら、嫁にしたくなるよ」
「いやぁ、マジで?」
そこ、喜ぶところなのかな……?
てれてれと頭をかく筋肉モリモリの大男は、奇妙に見えるものの、目をつぶれば家事全般、完璧な嫁になること間違いなしだと思う。
家事能力ゼロの僕は、こういう嫁を見つけないと生きていけないんだって、ひしひし感じさせられた。
「そういえばまだ聞いていなかったけど、闇ギルドからの依頼報酬ってどれくらいだったの?」
食後のお茶を飲みながら、僕はセヴランに聞いてみた。
「金貨五千枚。俺の稼ぎの五年分ってとこだな」
普段買い物をしない僕は、正直金の正確な価値は知らない。それでも、セヴランのような庶民、中程度の生活をしている人間の五年分の収入となると、かなり高額だと想像はできる。
「その金額で教皇庁の治癒師に診てもらえることになっていたの?」
「そういう話だったぞ。お前の方がよく知ってるんじゃないのか? それこそ治癒師なんだから」
「昨日も言った通り、治癒したところで、僕には銅貨一枚も入ってこないんだって。治癒を請け負う相場がいくらなのかも知らなかったくらいで」
「つまり、タダで仕事してたってことか?」
「『タダ』はさすがに語弊があるよ。宮殿での衣食住は保証されていたから、それが仕事の内だったって感じ。金をもらったからって、使い道もなかったし、必要なものは頼めば買ってもらえていたし」
「なら、治癒のために患者が払った金はどうなるんだ? けっこうな大金じゃねえか」
「細かい内訳は僕にも分からないけど……少なくとも僕に治癒を頼んでくるのは教皇だけだった。闇ギルドにしろ一般人にしろ、教皇と直接やり取りできる人は少ないから、間に入る枢機卿とか司祭とか、橋渡しする人が必ずいる。その橋渡し役がいくらか懐に入れていたとしても、最終的に教皇に入る金は、最低でも半分は超えているんじゃないかな」
「お前は銅貨一枚ももらえないのに、教皇は半分でも金貨二千五百枚をもらうのか。間に入る枢機卿なんかにしろ、何に使ってるんだ?」
「いくらかは教皇庁の運営資金に回されたとして、残りはまあ……遊びに使うか、自分の私腹を肥やすために使うか」
「聖職者が遊ぶって、何するんだ?」
「酒とか女とか博打とか、普通の男と同じじゃない?」
「……それ、本当に聖職者なのか?」
「聖職者といえど、ただの欲にまみれた人間ってことだね。長衣を脱いで普通の服を着て歩いていたら、誰も聖職者とは分からない」
「それは……なんというか、聖職者があるべき姿として、間違ってる気がするんだが」
セヴランは眉間に皺を寄せて、お茶の入っているマグカップを傾けた。
「僕もおかしいと思うよ。けど、このサントレナス教皇国の教皇は、聖職者とは名ばかりで、ただの国家元首でしかないんだ。他国の王とおんなじ。枢機卿たちはさながら貴族ってところか」
「俺がいる世界とは違うから、何とも言えんところだな。結局のところ、もともとの金貨五千枚は誰が払うんだ?」
「それは〈紅玉の剣〉が欲しいっていう闇ギルドへの依頼主だろ。闇ギルドに行けば、その辺りのことも詳しく聞けるかもしれないね」
誰が何のために、大金を払ってでも聖宝を欲しがるのか。
僕も興味がないわけじゃないんだ。




