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聖人の加護持ちバディは、神の裁きを偽る。  作者: 糀野アオ@『落ち毒』発売中
1章 〈紅玉の剣〉盗難編

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第6話 お兄ちゃんの彼女さん?

「妹のレリアだ」


 セヴランに連れられて入った部屋には、彼の部屋と同じ簡素なベッドに一人の少女が横たわっていた。


 燃えるような真っ赤な髪は、セヴランのものとよく似ている。ただ、筋骨きんこつ隆々(りゅうりゅう)、歩く健康優良児(ゆうりょうじ)といわんばかりのセヴランに比べると、レリアの髪にはつやがなく、青白いほど顔色も悪い。


 十二歳という年齢にしてはやせ細っていた。


「初めまして、レリアです」


 目をひらいていたレリアは、そのひと言を口にしただけで、ケホケホとせきをする。


 起き上がろうとする彼女を押しとどめて――


「そのままでいいよ」と、横たわらせた。


「あなたは……? もしかして、お兄ちゃんの彼女さん?」


「違うから!」と、僕は反射的に返していた。


 レリアが驚いたようにつぶらな目をさらに丸くするので、僕は気まずくなってコホンとせきばらいをした。


「今は君の服を借りているだけで、僕は男だから。そこ、間違えないように」


「はあ……」


 戸惑ったように兄に目を向けるレリアは、まるで『こういう趣味の人なの?』と問いかけているみたいだ。


 く……っ。やっぱりくさくても司祭衣しさいいを着てくればよかった!


 僕が屈辱くつじょくこぶしを握りしめていたところ、レリアが苦しそうに咳き込み始めて我に返った。


 相手は病気の子。服装がどうこう言っている場合じゃなかった。


「僕はリュカ。教皇庁で治癒師ちゆしをやっていた魔術師だ」


「嘘……。お兄ちゃん、治癒師なんか呼んだの!? いったいいくらかかるか……!!」


 レリアは胸を押さえてゼェゼェと苦しそうに息を吐きながら、非難がましい目をセヴランに向けた。


「いや、その……呼んだっていうか、好意で来てもらえたっていうか……」


 セヴランは嘘がつけない人間のようで、レリアに胡乱うろんげに見つめられても、それ以上の言葉は口にしなかった。


 闇ギルドの依頼を受けて、聖宝を盗みに入ったことは内緒にしておきたいらしい。僕も話を合わせておくことにした。


「君のお兄さんの言う通り、僕は好意で来ただけだよ」


「でも、どうして……?」


「利害の一致……で分かるかな? 僕にも事情があって、君のお兄さんとここに来る方が都合がよかったんだ」


「ふうん……」と、理解したのか疑っているのか、レリアは目をすがめて僕とセヴランを見比べていた。


「見たところ、呼吸に問題があるみたいだけど、これがやまいなの?」


 レリアは話をするのも苦しそうなので、僕はセヴランの方にたずねた。


「ああ。小さい頃から激しい運動をすると息苦しくなるみたいで、泣いたりしてもひどく咳き込むんだ。最近は咳の発作が頻繁ひんぱんで、食った物をそのまま吐いちまうから、どんどん弱っていって……」


 聞いた限りでは喘息ぜんそくの症状のようだけど……。


 薬を飲んでいれば、『医者がお手上げ』という事態になるとは思えない。そもそもこんな風に寝たきりになる病ではないのだ。


「最近って、いつ頃から症状がひどくなったの?」


「二か月前くらいから徐々にって感じだ」


「薬は?」


「これだ」と、セヴランはサイドテーブルに置かれた袋を差し出してきた。


「朝昼晩、食後に飲むように言われてる。今朝もメシの後に飲んだ」


 僕は袋を受け取って、中から紙に包まれた薬を一包いっぽう取り出した。


 薬包紙やくほうしを広げてにおいをいでみる。乾燥させた薬草をいくつか粉にして混ぜたもののようだ。


 僕は薬に向けて魔法陣を描くと、「〈抽出エイレトスクエ〉」と唱えた。


 混入した異物を取り除く浄化魔術の応用で、混ぜられたものをそれぞれの要素に分けることができる。


 何度か〈抽出エイレトスクエ〉を繰り返して、最終的に薬包紙の上に四つの山ができた。それぞれに〈分析ゼリナア〉の魔術をかけると、薬草の名前が頭の中に流れ込んでくる。


『プランタンの葉』

『アルモワーズの葉』

『グナファルの花』


 この三つはせきに効く薬草として一般的に使われているもの。喘息ぜんそくの症状にも効果があるはず。


 けど、『ソールの樹皮じゅひ』は……どうしてこれが薬に混ざっているんだ?


 間違えて混入したには、量が多すぎる。


「セヴラン、これまでに医師が変わったことは?」


「ないぞ。レリアが生まれた頃から、シャイエ先生にてもらってる」


「なら、最近薬を変えたりしなかった?」


「ああ、ひと月くらい前か。症状がひどくなったから、新しい薬に変えてくれた」


「けど、効果はなくて、お手上げだって言われたの?」


「そうだ」


「なるほど」


 僕はつぶやきながら、薬包紙の上のソールの樹皮の山だけを指先でゴミ箱に落として、薬包紙を元通りに包み直した。


「昼食の後はこれを飲ませて。症状が落ち着くか確認したい」


 僕は薬包紙をセヴランに渡した。


「それはいいが……治癒師って魔術で病気を治してくれるんじゃねえのか? 薬を見ただけで、レリアには何にもしてないよな?」


 セヴランは不満をあらわにとがった声で言った。


「セヴラン、あいにくレリアの病気は魔術で治せるものじゃない。生まれつきの体質みたいなものなんだ」


「そんな……!!」


 セヴランは絶望をそのまま表したように悲痛な声を上げた。レリアもまた、落ち込んだ顔を隠すようにそむけた。


勘違かんちがいしないでほしいな。レリアのやまいは治せないけど、日常生活を送る分には投薬とうやくで十分っていうことだよ。二か月前までレリアは薬を飲んでいれば、普通の生活を送れていたんじゃないの?」


「それはそうだが……」


「つまり、問題があるのなら、この薬を処方した医師だ」


「シャイエ先生が? いや、意味が分からんぞ。レリアの症状がひどくなったから薬を変えてくれただけで、そうじゃなかったら、先生だって薬を変えなかったってことだろ?」


「さあ」と、僕は肩をすくめた。


「その辺りはぜひとも、シャイエ先生に話を聞いてみたいところだね」


 セヴランはムッとしたように口を引き結んで、それから脱力したように肩を落とした。


「分かった。シャイエ先生に会いに行こう」




 *




 こんな格好で外に出るなんて……。


 僕はげんなりとため息をつきながら、セヴランの隣を歩いていた。


 レリアに借りたワンピースを着て、変幻魔術で髪はセヴランと同じ赤色、瞳は琥珀こはくいろと、彼の親戚しんせきに見える姿にしている。


『妹で慣れてるんだ』と、セヴランには髪をとかされて、肩を覆う髪は二つに分けてピンクのリボンで結ばれた。


『これでどこからどう見ても女だ』


 セヴランは仕上がった僕を眺めて、大変満足そうな顔をしていたけど。


 僕はというと、大男が無骨ぶこつな手で丁寧にブラシをかける姿の方が違和感があって、鏡の中の彼をまじまじ見てしまったものだ。


 ――とまあ、不満は多々あるものの、正体がバレるよりはマシだと、僕は自分に言い聞かせていた。


 けど、これから僕、一生女装して生きていくことになるんじゃ……?


 そんなことがふと頭をよぎったけれど、『先のことを考えるのはやめよう』と、無理やり閉め出した。

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