第6話 お兄ちゃんの彼女さん?
「妹のレリアだ」
セヴランに連れられて入った部屋には、彼の部屋と同じ簡素なベッドに一人の少女が横たわっていた。
燃えるような真っ赤な髪は、セヴランのものとよく似ている。ただ、筋骨隆々、歩く健康優良児といわんばかりのセヴランに比べると、レリアの髪には艶がなく、青白いほど顔色も悪い。
十二歳という年齢にしてはやせ細っていた。
「初めまして、レリアです」
目を開いていたレリアは、そのひと言を口にしただけで、ケホケホと咳をする。
起き上がろうとする彼女を押しとどめて――
「そのままでいいよ」と、横たわらせた。
「あなたは……? もしかして、お兄ちゃんの彼女さん?」
「違うから!」と、僕は反射的に返していた。
レリアが驚いたようにつぶらな目をさらに丸くするので、僕は気まずくなってコホンと咳ばらいをした。
「今は君の服を借りているだけで、僕は男だから。そこ、間違えないように」
「はあ……」
戸惑ったように兄に目を向けるレリアは、まるで『こういう趣味の人なの?』と問いかけているみたいだ。
く……っ。やっぱり臭くても司祭衣を着てくればよかった!
僕が屈辱に拳を握りしめていたところ、レリアが苦しそうに咳き込み始めて我に返った。
相手は病気の子。服装がどうこう言っている場合じゃなかった。
「僕はリュカ。教皇庁で治癒師をやっていた魔術師だ」
「嘘……。お兄ちゃん、治癒師なんか呼んだの!? いったいいくらかかるか……!!」
レリアは胸を押さえてゼェゼェと苦しそうに息を吐きながら、非難がましい目をセヴランに向けた。
「いや、その……呼んだっていうか、好意で来てもらえたっていうか……」
セヴランは嘘がつけない人間のようで、レリアに胡乱げに見つめられても、それ以上の言葉は口にしなかった。
闇ギルドの依頼を受けて、聖宝を盗みに入ったことは内緒にしておきたいらしい。僕も話を合わせておくことにした。
「君のお兄さんの言う通り、僕は好意で来ただけだよ」
「でも、どうして……?」
「利害の一致……で分かるかな? 僕にも事情があって、君のお兄さんとここに来る方が都合がよかったんだ」
「ふうん……」と、理解したのか疑っているのか、レリアは目をすがめて僕とセヴランを見比べていた。
「見たところ、呼吸に問題があるみたいだけど、これが病なの?」
レリアは話をするのも苦しそうなので、僕はセヴランの方に尋ねた。
「ああ。小さい頃から激しい運動をすると息苦しくなるみたいで、泣いたりしてもひどく咳き込むんだ。最近は咳の発作が頻繁で、食った物をそのまま吐いちまうから、どんどん弱っていって……」
聞いた限りでは喘息の症状のようだけど……。
薬を飲んでいれば、『医者がお手上げ』という事態になるとは思えない。そもそもこんな風に寝たきりになる病ではないのだ。
「最近って、いつ頃から症状がひどくなったの?」
「二か月前くらいから徐々にって感じだ」
「薬は?」
「これだ」と、セヴランはサイドテーブルに置かれた袋を差し出してきた。
「朝昼晩、食後に飲むように言われてる。今朝もメシの後に飲んだ」
僕は袋を受け取って、中から紙に包まれた薬を一包取り出した。
薬包紙を広げてにおいを嗅いでみる。乾燥させた薬草をいくつか粉にして混ぜたもののようだ。
僕は薬に向けて魔法陣を描くと、「〈抽出〉」と唱えた。
混入した異物を取り除く浄化魔術の応用で、混ぜられたものをそれぞれの要素に分けることができる。
何度か〈抽出〉を繰り返して、最終的に薬包紙の上に四つの山ができた。それぞれに〈分析〉の魔術をかけると、薬草の名前が頭の中に流れ込んでくる。
『プランタンの葉』
『アルモワーズの葉』
『グナファルの花』
この三つは咳に効く薬草として一般的に使われているもの。喘息の症状にも効果があるはず。
けど、『ソールの樹皮』は……どうしてこれが薬に混ざっているんだ?
間違えて混入したには、量が多すぎる。
「セヴラン、これまでに医師が変わったことは?」
「ないぞ。レリアが生まれた頃から、シャイエ先生に診てもらってる」
「なら、最近薬を変えたりしなかった?」
「ああ、ひと月くらい前か。症状がひどくなったから、新しい薬に変えてくれた」
「けど、効果はなくて、お手上げだって言われたの?」
「そうだ」
「なるほど」
僕はつぶやきながら、薬包紙の上のソールの樹皮の山だけを指先でゴミ箱に落として、薬包紙を元通りに包み直した。
「昼食の後はこれを飲ませて。症状が落ち着くか確認したい」
僕は薬包紙をセヴランに渡した。
「それはいいが……治癒師って魔術で病気を治してくれるんじゃねえのか? 薬を見ただけで、レリアには何にもしてないよな?」
セヴランは不満をあらわに尖った声で言った。
「セヴラン、あいにくレリアの病気は魔術で治せるものじゃない。生まれつきの体質みたいなものなんだ」
「そんな……!!」
セヴランは絶望をそのまま表したように悲痛な声を上げた。レリアもまた、落ち込んだ顔を隠すようにそむけた。
「勘違いしないでほしいな。レリアの病は治せないけど、日常生活を送る分には投薬で十分っていうことだよ。二か月前までレリアは薬を飲んでいれば、普通の生活を送れていたんじゃないの?」
「それはそうだが……」
「つまり、問題があるのなら、この薬を処方した医師だ」
「シャイエ先生が? いや、意味が分からんぞ。レリアの症状がひどくなったから薬を変えてくれただけで、そうじゃなかったら、先生だって薬を変えなかったってことだろ?」
「さあ」と、僕は肩をすくめた。
「その辺りはぜひとも、シャイエ先生に話を聞いてみたいところだね」
セヴランはムッとしたように口を引き結んで、それから脱力したように肩を落とした。
「分かった。シャイエ先生に会いに行こう」
*
こんな格好で外に出るなんて……。
僕はげんなりとため息をつきながら、セヴランの隣を歩いていた。
レリアに借りたワンピースを着て、変幻魔術で髪はセヴランと同じ赤色、瞳は琥珀色と、彼の親戚に見える姿にしている。
『妹で慣れてるんだ』と、セヴランには髪をとかされて、肩を覆う髪は二つに分けてピンクのリボンで結ばれた。
『これでどこからどう見ても女だ』
セヴランは仕上がった僕を眺めて、大変満足そうな顔をしていたけど。
僕はというと、大男が無骨な手で丁寧にブラシをかける姿の方が違和感があって、鏡の中の彼をまじまじ見てしまったものだ。
――とまあ、不満は多々あるものの、正体がバレるよりはマシだと、僕は自分に言い聞かせていた。
けど、これから僕、一生女装して生きていくことになるんじゃ……?
そんなことがふと頭をよぎったけれど、『先のことを考えるのはやめよう』と、無理やり閉め出した。




