第5話 家事能力高いね……。
コンコンッとノックの音が聞こえて、僕ははっと目を開いた。と同時にカーテンのない窓からはまぶしい光が差し込んできて、両目を直撃する。
目を瞬かせながら「はい」と返事をして身体を起こすと、開かれたドアからはセヴランが顔を覗かせていた。
「少しは寝られたか? 顔洗うだろ?」
セヴランはタライを運んできて、サイドテーブルの上に置いた。
「ああ、ありがとう」
至れり尽くせりで申し訳ないと思いながら礼を言うと、セヴランはうっすらと頬を染めて顔をそむけた。
「どうしたの?」
「ああ、いや、何というか、お前の裸を見ちゃいけない気がしてな……」
確かに僕は上半身裸で寝ていたけど――
「男同士で何を恥ずかしがることがあるんだ?」
僕は訳も分からず首を傾げた。
宮殿では共同浴場だったので、男の裸なんて見飽きるほどに見ていた。自分の身体のつくりと大して変わりのないものを見たところで、何だというのか。
「そ、そうだ。着るものがいるよな。ちょっと待ってろ」
セヴランは逃げるように部屋を飛び出して、バタンとドアを閉めた。
変な奴。
僕はタライに入った水で顔を洗って、添えられたタオルで顔を拭いた。水は魔術で出せるものなので、こんな風に汲んだ水で顔を洗うのは子どもの頃以来だ。
……そういえばこの服、いつから洗濯していなかったっけ?
ベッドの足元に放り投げておいた司祭衣を取り上げて、鼻を寄せてクンクン嗅いでみた。しみついた汗のにおいが嗅覚を貫いてくれる。
「クサ……っ」
季節は夏を過ぎて、汗ばむ陽気ではないものの、おかげで着の身着のまま、洗濯に出すという頭がなかった。
昨夜、僕を肩に担いでいたセヴランは、このにおいに気づいていたに違いない。
「お、男なんだから、汗臭いのくらい普通だよな!?」
自分で言ってみたものの、少々どころか、かなり虚しくなった。
そんな時、再びガチャッとドアが開けられて、入ってきたセヴランは顔をそむけたまま服を差し出してきた。
「俺の服じゃ、サイズが合わないだろ。妹の服を借りてきた。ちょうどいいと思う」
受け取ってみると、襟と袖口に白いレースのついたクリーム色のワンピースだった。
「……ちょっと待て。僕に女装しろって言っているの?」
僕の眉が無意識のうちにキュッと上がる。
「昨日着てたのもワンピースだろ? そういう服がいいんじゃないのか?」
「いや、君、いろいろ間違っているから! これは男性聖職者の中でも、司祭が着る服。女の着るワンピースとは全然違う!」
「どう違うのか、俺には分からん」
「……そう言われれば、形としては丈の長いワンピースなのかもしれないけど。だからって、こんなフリフリのワンピース、僕が着られるわけがないだろ!」
「俺は似合うと思うぞ。それに、お前の身元がバレないようにするには、女装くらいした方がいいんじゃないか?」
――確かにそれは正論だ。
教皇庁の外で真っ黒な長衣を着て歩いていたら、見るからに聖職者。かなり目立つ。
ただ、いくら少女に間違われる僕でも、女装をするというのはかなり抵抗がある。
「他にもっと普通の服はないの? 妹さんだって、ズボンくらい持っているよね?」
「妹はかわいいものが好きでな。小さい頃からスカートしかはかない」
「あ、そう……」
「朝メシ食うだろ? 着替えたらこっちに来いよ」
セヴランがドアを閉めて出ていってしまうので、僕は半ばやけくそで、いかにも少女らしいワンピースに袖を通した。しかもなぜか、サイズはぴったり。
……鏡は見たくないな。
これなら下着一枚、上半身裸で過ごす方が、まだ男としてのプライドを保てたのではないかと思う。
僕はずんと重くなる頭を抱えながら、部屋を出て居間に行った。
「そこに座ってろ。今持ってくから」
キッチンに立っているセヴランに言われてテーブルにつくと、それからじきに彼は二つの器と、スプーンを運んできた。
「朝はいつもこんなもんだ」
器からはふわりと野菜を煮込んだスープのいい香りがしてくる。パン粥のようだ。
僕のお腹は匂いにつられてぐうっと鳴る。そういえば最後に食事をしたのはいつだったか。すっかり空腹も忘れていた。
「いただきます」
手を握り合わせて祈りを捧げてから、スプーンで一口すくって口に入れた。
とろとろになるまでやわらかく煮込まれた野菜のダシが効いていて、ほっこりと身体が温まる味だ。
「おいしい」
「口に合ってよかった」
向かいの席ではセヴランもスプーンを口に運んでいる。
「君、家事能力高いね……」
宮殿では家事というのは、一番下位の侍祭や神学校の学生がやることで、掃除も洗濯も料理も、僕の仕事ではなかった。
唯一、自分の部屋はゴミに見えても必要なものがたくさんあったので、掃除は必要ないと断っていただけだ。
おかげでまあ……散らかし放題の『汚部屋』になっていたわけなんだけど。
「親が仕事で出かけることが多かったから、小さい頃から家事と妹の面倒を見るのが俺の役目だったんだ」
「その妹さんも病で臥せっているとなると大変だよね。仕事で家を空けたりする時はどうしているの?」
「そういう時は、向かいに住んでるマルトばあさんが面倒見てくれる。それでも何日も家を空けるわけにはいかないから、日帰りでこなせる依頼が多くなるが」
「そうか……」
セヴランにとってはそれが当たり前の日常のようだけれど、僕からすればずいぶん苦労しているように見える。いかに自分が甘やかされた環境で生きていたのかを思い知らされた。
僕は結局一人だったら、教皇庁を出て生活することなんてできなかったんだ……。
「その……リュカ、メシを食ったら、早速妹を診てもらいたいんだが。かまわないか?」
セヴランがためらいがちに聞いてくるので、僕は口元に笑みを浮かべて頷いた。
「うん、もちろん。そのために僕は盗まれてきたんだから」
――と答えたものの、この女装姿でセヴランの妹と顔を合わせるのかと思うと、複雑な気分で眉根を寄せていた。




