第3話 捜さないでください。
「は? 何を言い出すかと思えば……」
僕の提案に、当然のことながら男は面食らっている。
「君が必要なのは、金っていうより妹さんを治せる治癒師なんだろ?」
「そりゃそうだが……」
「それ、僕のことだから」
「え、マジか!?」
男の琥珀の瞳が、飛び出しそうなほどに見開かれた。
「治せるかどうかは、実際に診てみないと確かなことは言えないけど」
「けど、俺には払える金がなくて……」
「どうせ僕がもらえる金じゃないから、タダでいいよ。その代わり、衣食住を提供してもらえない? 僕、ここを出たら一文無しで、生活できないんだ」
男は考え込むように黙って、やがてプルッと頭を振った。
「いや、それはダメだ! お前を盗むって、つまり誘拐ってことだろ?」
「言い方は悪いけど、そうなるかな」
頷いた僕に、男は小さく息をついて、聖人とも見まがうような慈愛深い目を向けてきた。
「いいか? いくら俺が妹と一緒に住んでるとはいえ、女が軽々しく男の家に住むなんて言うのは、けしからんことだ。お前がどういう教育を受けてるかは知らんが――」
「ちょっと待て」と、僕は男の言葉を遮った。
「まさかと思うけど、僕が女だと思っていない?」
「違うのか?」
「違うよ! この司祭衣を見て分からない!?」
「ワンピースだろ? スカートだし、女だと思うだろうが」
確かに女性聖職者は存在していて服装も似ているけれど、彼女たちは俗世から離れて修道院で生活している。
この教皇庁は女性修道院を併設していないので、聖職者は男性しかいない。
この男はそんなことも知らずに、大聖堂に盗みに入ったようだ。
「君、世間知らずにもほどがあるよ……」
まあでも、だからやさしかったのか?
最初から男だと思われていたら、問答無用に殺されていたかもしれないと思うと、僕の怒りもヒュッと遥か彼方に消えていった。
「ちなみにいくつなんだ? さすがの俺も、分別のつかない子どもを誘拐するのは気が引ける」
男の言葉はいちいち僕の癇に障る。遥か彼方に消えたはずの怒りが、瞬時に戻ってきた。
「子どもって何かな? 僕、十八なんだけど。成人して二年は経っているんだけど?」
「俺と同い年かよ……。てっきり妹と同じくらいの歳かと思ってた」
「……ちなみに妹さんっていくつ?」
「十二歳」
確かに僕は男だけあって、女性のような凹凸はない。十二歳くらいの少女に見えても仕方ないのかもしれないけれど――。
僕、真面目に『ボクっ娘』だと思われていたの!?
ショックのあまり呆然としてしまった。
男はそんな僕を訝しげにじろじろ見つめて、ややあって困ったように眉を下げた。
「誘拐の方が物を盗むより罪は重いよな?」
「バレなければ、罪にもならないよ」
「けど、誘拐したお前が街をウロウロしてたら、すぐにバレるだろうが。うちに監禁しておくのか?」
「僕の魔術を侮ってもらったら困るな。姿かたちくらい、変幻魔術でどうにでもなるんだから」
僕は人差し指で魔法陣を描きながら、頭の中で本来の銀髪を男と同じ赤髪に、薄紫色の瞳を琥珀色にした自分の姿を思い浮かべる。
「〈変身〉」と唱えると、男が「うおぉ……っ」と歓声を上げた。
褒められてまんざらでもない僕は、得意げにふふんと胸をそらしてしまう。
「どう? すごいだろ」
「すげえ、すげえ。そんな魔術、見たことねえ」
僕は満足しながら「〈解除〉」と唱えて、元の姿に戻った。
「先のことはともかく、君がここに何事もなく侵入できたってことは、脱出する方法もあるんだよね?」
「何事もなくっていうか、警備してる人間を片っ端から気絶させてきただけだ」
道理で巡回しているはずの聖騎士が見当たらなかったわけだ。
一応、この国では精鋭ぞろいって言われる聖騎士団なんだけど……。
「なら、また聖騎士に会うようなことがあったら、気絶させて逃げるってことで」
「……なあ、おい。いつの間にかお前を誘拐することになってるみたいなんだが?」
「嫌なの? 妹さんを助けたいんだよね?」
「そりゃそうだが。俺としては、そこにある剣を持って帰れば、結果は同じになるわけで。闇ギルドにも依頼達成で、変に目をつけられなくて済むかなと」
「僕、最初に言ったよね? それは盗めないって」
「何言ってんだ? お前を抱えて逃げるより、これを持って走る方が簡単だ」
男は〈紅玉の剣〉に手を伸ばしたけれど、その手は剣をすり抜けて、拳が空をつかむ。
「え!? なんだこれ、つかめんぞ!」
男はムキになって、剣をつかもうと何度も手を握ったり開いたりしている。
「だから言っただろ。その剣は魔術で作った幻影。本物はここには置いていないんだ」
僕は言いながら、剣が置かれた台座の布をめくって、その下に隠しておいた魔晶石を取り出した。
「〈解除〉」の声とともに、〈紅玉の剣〉は跡形もなく消える。
「嘘だろ……。じゃあ、他の聖宝もここにはないのか?」
男は愕然としたように聖宝の消えた台座を見つめている。
「八年前から僕が管理するようになって、それからは別の場所に保管している。それこそ盗まれたら困るって、教皇聖下にお願いされてね」
「なら、本物はどこに?」
僕は答えようとして――やめた。
「それは内緒。世の中には知らない方がいいこともあるんだよ。特に君みたいに人が好さそうな人間にとっては」
「なんだそれ?」
男は鼻白んだけれど、僕は見ないフリをして、手の中にある魔晶石に向けて魔法陣を描いた。そして、「〈幻影創造〉」と唱える。
頭の中で思い描いた通りの〈紅玉の剣〉が台座の上に顕現した。魔術を組み込んだ魔晶石は、元あった場所――台座の布の下に隠して置く。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったね。僕はリュカ。君は?」
「セヴランだ」
「これからよろしく、セヴラン」
僕がニコッと笑顔で右手を差し出すと、セヴランはためらいがちにその手をそっと握った。
*
大聖堂のろうそくをすべて消した僕は、セヴランには隠れて待つように言ってから、いったん宮殿の自室に戻った。
二度とここに戻ってこないのなら、持っていきたいものがある。
唯一僕の私物といえる、クマのぬいぐるみ――三歳の時に母さんを亡くして泣いていた僕に、クレマン司祭がプレゼントしてくれたもの。
それからはクレマン司祭が親代わりになって僕を育ててくれたけれど、その彼も三年前に亡くなって、このクマのぬいぐるみが形見になった。
幼い頃はどこに行くにも連れて歩いて、寝る時も一緒だったぬいぐるみ。おかげで薄汚れているし、ところどころほつれている。それでも僕の大事な宝物だ。
「魔晶石はどうするかな――」
デスクの上の瓶に入った魔晶石は四つ。聖宝の管理に必要だからと教皇に頼んで、仕入れてもらったものだ。
これを持ち去るのはちょっと気が引けるけど……。
魔物を倒した時に稀に手に入る石で、その稀少性から他国の王侯貴族はこぞってアクセサリーにしているという。噂によれば、同じ大きさのダイヤモンドより高値で取引されているとか。
僕からすれば、『どうしてそんなもったいない使い方をするんだ』と言いたい。
魔晶石は唯一魔術の術式を書き込んで、魔道具を作ることができる石。書き込む魔術によって、便利な道具がいくらでも作れる可能性を持っている。
とはいえ、術式を書き込むことのできる魔術師は、ここに僕以外いない。
置いていっても、ただのアクセサリーにされるくらいなら、僕が有効活用した方がいいよね。
僕は勝手にそう解釈して、ぬいぐるみと一緒に魔晶石の瓶をストールに包んだ。それを背中に背負って、胸元で端を結ぶ。
「あとは……一応、書置きしていくか」
僕がいなくなったとなれば、捜されるのは間違いない。見つかって連れ戻されることは考えたくないけれど、万が一ということはある。
その時に『誘拐』にしないためにも、自分からここを出ていったという証拠は残しておいた方がいいだろう。
『 僕はここを出ていきます。
お世話になりました。
捜さないでください。
さようなら。 リュカ』
魔法陣を描き散らした裏紙にそれだけ書いて、デスクの真ん中に見えるように置いた。
十八年も生活していた場所だというのに、最後に挨拶をしたいと思う相手はいなかった。




