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聖人の加護持ちバディは、神の裁きを偽る。  作者: 糀野アオ@『落ち毒』発売中
1章 〈紅玉の剣〉盗難編

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第3話 捜さないでください。

「は? 何を言い出すかと思えば……」


 僕の提案に、当然のことながら男は面食めんくらっている。


「君が必要なのは、金っていうより妹さんを治せる治癒師ちゆしなんだろ?」


「そりゃそうだが……」


「それ、僕のことだから」


「え、マジか!?」


 男の琥珀こはくの瞳が、飛び出しそうなほどに見開かれた。


「治せるかどうかは、実際にてみないと確かなことは言えないけど」


「けど、俺には払える金がなくて……」


「どうせ僕がもらえる金じゃないから、タダでいいよ。その代わり、衣食住を提供してもらえない? 僕、ここを出たら一文無しで、生活できないんだ」


 男は考え込むように黙って、やがてプルッと頭を振った。


「いや、それはダメだ! お前を盗むって、つまり誘拐ゆうかいってことだろ?」


「言い方は悪いけど、そうなるかな」


 うなずいた僕に、男は小さく息をついて、聖人とも見まがうような慈愛じあい深い目を向けてきた。


「いいか? いくら俺が妹と一緒に住んでるとはいえ、女が軽々しく男の家に住むなんて言うのは、けしからんことだ。お前がどういう教育を受けてるかは知らんが――」


「ちょっと待て」と、僕は男の言葉をさえぎった。


「まさかと思うけど、僕が女だと思っていない?」


「違うのか?」


「違うよ! この司祭衣しさいいを見て分からない!?」


「ワンピースだろ? スカートだし、女だと思うだろうが」


 確かに女性聖職者は存在していて服装も似ているけれど、彼女たちは俗世ぞくせから離れて修道院で生活している。


 この教皇庁は女性修道院を併設へいせつしていないので、聖職者は男性しかいない。


 この男はそんなことも知らずに、大聖堂に盗みに入ったようだ。


「君、世間せけんらずにもほどがあるよ……」


 まあでも、だからやさしかったのか?


 最初から男だと思われていたら、問答もんどう無用むように殺されていたかもしれないと思うと、僕の怒りもヒュッとはる彼方かなたに消えていった。


「ちなみにいくつなんだ? さすがの俺も、分別ふんべつのつかない子どもを誘拐するのは気が引ける」


 男の言葉はいちいち僕のかんさわる。遥か彼方かなたに消えたはずの怒りが、瞬時に戻ってきた。


「子どもって何かな? 僕、十八なんだけど。成人して二年は経っているんだけど?」


「俺と同い年かよ……。てっきり妹と同じくらいの歳かと思ってた」


「……ちなみに妹さんっていくつ?」


「十二歳」


 確かに僕は男だけあって、女性のような凹凸おうとつはない。十二歳くらいの少女に見えても仕方ないのかもしれないけれど――。


 僕、真面目に『ボクっ』だと思われていたの!?


 ショックのあまり呆然ぼうぜんとしてしまった。


 男はそんな僕をいぶかしげにじろじろ見つめて、ややあって困ったように眉を下げた。


「誘拐の方が物を盗むより罪は重いよな?」


「バレなければ、罪にもならないよ」


「けど、誘拐したお前が街をウロウロしてたら、すぐにバレるだろうが。うちに監禁かんきんしておくのか?」


「僕の魔術をあなどってもらったら困るな。姿かたちくらい、変幻へんげん魔術でどうにでもなるんだから」


 僕は人差し指で魔法陣を描きながら、頭の中で本来の銀髪を男と同じ赤髪に、薄紫色の瞳を琥珀色にした自分の姿を思い浮かべる。


「〈変身ゼフォルモタメ〉」と唱えると、男が「うおぉ……っ」と歓声かんせいを上げた。


 められてまんざらでもない僕は、得意げにふふんと胸をそらしてしまう。


「どう? すごいだろ」


「すげえ、すげえ。そんな魔術、見たことねえ」


 僕は満足しながら「〈解除レニュア〉」と唱えて、元の姿に戻った。


「先のことはともかく、君がここに何事もなく侵入できたってことは、脱出する方法もあるんだよね?」


「何事もなくっていうか、警備してる人間をかたぱしから気絶させてきただけだ」


 道理で巡回じゅんかいしているはずの聖騎士が見当たらなかったわけだ。


 一応、この国では精鋭せいえいぞろいって言われる聖騎士団なんだけど……。


「なら、また聖騎士に会うようなことがあったら、気絶させて逃げるってことで」


「……なあ、おい。いつの間にかお前を誘拐することになってるみたいなんだが?」


いやなの? 妹さんを助けたいんだよね?」


「そりゃそうだが。俺としては、そこにある剣を持って帰れば、結果は同じになるわけで。闇ギルドにも依頼達成で、変に目をつけられなくて済むかなと」


「僕、最初に言ったよね? それは盗めないって」


「何言ってんだ? お前をかかえて逃げるより、これを持って走る方が簡単だ」


 男は〈紅玉こうぎょくつるぎ〉に手を伸ばしたけれど、その手は剣をすり抜けて、拳がくうをつかむ。


「え!? なんだこれ、つかめんぞ!」


 男はムキになって、剣をつかもうと何度も手を握ったり開いたりしている。


「だから言っただろ。その剣は魔術で作った幻影。本物はここには置いていないんだ」


 僕は言いながら、剣が置かれた台座の布をめくって、その下に隠しておいた魔晶石ましょうせきを取り出した。


「〈解除レニュア〉」の声とともに、〈紅玉の剣〉は跡形もなく消える。


「嘘だろ……。じゃあ、他の聖宝もここにはないのか?」


 男は愕然がくぜんとしたように聖宝の消えた台座を見つめている。


「八年前から僕が管理するようになって、それからは別の場所に保管している。それこそ盗まれたら困るって、教皇聖下(せいか)にお願いされてね」


「なら、本物はどこに?」


 僕は答えようとして――やめた。


「それは内緒。世の中には知らない方がいいこともあるんだよ。特に君みたいに人がさそうな人間にとっては」


「なんだそれ?」


 男は鼻白はなじろんだけれど、僕は見ないフリをして、手の中にある魔晶石に向けて魔法陣を描いた。そして、「〈幻影創造オンズィリュリ・エレク〉」と唱える。


 頭の中で思い描いた通りの〈紅玉の剣〉が台座の上に顕現けんげんした。魔術を組み込んだ魔晶石は、元あった場所――台座の布の下に隠して置く。


「そういえば、まだ名前を聞いていなかったね。僕はリュカ。君は?」


「セヴランだ」


「これからよろしく、セヴラン」


 僕がニコッと笑顔で右手を差し出すと、セヴランはためらいがちにその手をそっと握った。




 *




 大聖堂のろうそくをすべて消した僕は、セヴランには隠れて待つように言ってから、いったん宮殿の自室に戻った。


 二度とここに戻ってこないのなら、持っていきたいものがある。


 唯一僕の私物といえる、クマのぬいぐるみ――三歳の時に母さんを亡くして泣いていた僕に、クレマン司祭がプレゼントしてくれたもの。


 それからはクレマン司祭が親代わりになって僕を育ててくれたけれど、その彼も三年前に亡くなって、このクマのぬいぐるみが形見かたみになった。


 幼い頃はどこに行くにも連れて歩いて、寝る時も一緒だったぬいぐるみ。おかげで薄汚れているし、ところどころほつれている。それでも僕の大事な宝物だ。


魔晶石ましょうせきはどうするかな――」


 デスクの上のびんに入った魔晶石は四つ。聖宝の管理に必要だからと教皇に頼んで、仕入れてもらったものだ。


 これを持ち去るのはちょっと気が引けるけど……。


 魔物を倒した時にまれに手に入る石で、その稀少きしょうせいから他国の王侯貴族はこぞってアクセサリーにしているという。噂によれば、同じ大きさのダイヤモンドより高値で取引されているとか。


 僕からすれば、『どうしてそんなもったいない使い方をするんだ』と言いたい。


 魔晶石は唯一魔術の術式を書き込んで、魔道具を作ることができる石。書き込む魔術によって、便利な道具がいくらでも作れる可能性を持っている。


 とはいえ、術式を書き込むことのできる魔術師は、ここに僕以外いない。


 置いていっても、ただのアクセサリーにされるくらいなら、僕が有効活用した方がいいよね。


 僕は勝手にそう解釈して、ぬいぐるみと一緒に魔晶石のびんをストールに包んだ。それを背中に背負って、胸元ではしを結ぶ。


「あとは……一応、書置きしていくか」


 僕がいなくなったとなれば、さがされるのは間違いない。見つかって連れ戻されることは考えたくないけれど、万が一ということはある。


 その時に『誘拐』にしないためにも、自分からここを出ていったという証拠は残しておいた方がいいだろう。


『 僕はここを出ていきます。

  お世話になりました。

  捜さないでください。

  さようなら。          リュカ』


 魔法陣を描き散らした裏紙にそれだけ書いて、デスクの真ん中に見えるように置いた。


 十八年も生活していた場所だというのに、最後に挨拶あいさつをしたいと思う相手はいなかった。

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