第四章 雪乃たちの休養
なんだろう、冷たくて気持ちいい。冷たい何かが私の頬にあたる。
体が熱いせいか、冷たいなにかがすごく気持ちいい。もっとほしいなと、私はそのなにかにすり寄った。
「ーん」
「ひゃぁぁぁ!?」
耳に大きな悲鳴が突き刺さって、私はゆっくりと重たい瞼を開けた。
目の前には、春の精霊の沙織の顔があって、その沙織は自分の赤みを帯びた右手を左手で胸の前に抱え込み、その後ろには見慣れない白い天井にシャンデリア。に、メイド?と執事。
「…なに、この状況…」
苦々しい顔で呟く私に、なぜか耳まで真っ赤な沙織は、あわあわと焦りながらも状況の説明をしながら、メイドさん?を呼んで私の服を頼んだ。
「...よかったわ。目が覚めて。丸三日眠ってたから…その、心配したのよ」
ごにょごにょと、透明感のあるピンクの髪を揺らしながら、心配してたことを教えてくれる。
そんな姿に、私はふふっ、と笑いながら、重たい腕を上げてゆっくりと沙織の頭をなでる。
頭を優しくなでると、沙織は顔を一瞬ほころばせ、目を閉じようとしたが、すぐに正気に戻って、この状況の説明の続をする。
「おほんっ。あのままあなたが倒れて、急いで護衛に我が家まで運ばせたのよ。急所のみぞおちをやられていたから、大分瀕死の状態だったんだけれど、我が春の宮家が誇る医者に見せて、ぎりぎり助かったの。でも大分血を失ったからか、熱が出てそのままずっと眠っていた、というわけよ。」
ふむふむ。んで、体が全体的に重たいのは熱と怪我のせいだと。…あ。
「ノエル、おいで?」
私はあの時置き去りにしてしまったであろう冬の精霊、ノエルを呼び出す。
『…忘れられていなかったようだな。怪我も大分よくなっていて何よりだ。』
「ごめんね、あのままにしちゃって。他の依代様方、大丈夫だったぁ?」
『こんな時くらい他人の心配ではなく自分の心配をしたらどうだ?まぁ、依代さんらは無事さ。四季の精霊を持っていたのもあってな。…幸音たちも無事だ。あるじの命令通りわたゆきは幸音たちを守ったからな。炎の依代さんは大分やばかったが、本当に、ほんっとうに、ギリギリで助かったそうだ。…どっかの誰かさんが炎の依代さんと契約してないせいでなぁ?』
ゆらり、と白銀の長めの髪が揺らしながら振り返り、綺麗な碧眼が沙織をとらえる。
「い、いやぁ、誰でしょうねぇーソノヒトハー」
ぴゅーぴゅーと口笛を吹きながら鮮やかなピンクのグラデーションの瞳を泳がせる。
『お前だ、お前。春の精霊のくせになんで炎の依代と契約してないんだよ。…なぁ、春織」
「…春織?」
びくっ、と沙織の肩が揺れる。
「…なんか、聞いたことあるような、ないような…?」
「きっ、気のせい気のせい!ダイジョブ、思い出さなくていいです!!」
思い出さなくていい、ってことは、何かあるな…
う~んとしかめっ面で悩む私にノエルは私に笑いながら言った。
『お前ら昔あったことあったろ。その時春織は嘘の名前教えたんだよ。考えたらわかんだろ、春の宮沙織なんかこの国に存在しない。春の名前を賜るのは、春の精霊一家と、その本人のみ。こいつの本当の名前は春の宮春織だ』
「ほへー」
『…おい、ちゃんと分かってるか、あるじ』
分かってる分かってると、ぐいぐい詰め寄ってくるノエルに、沙…春織は苦々しく笑いながら、突っ込んだ。
「乃衣雪…あなた本当にその名前に合わない口の悪さね…」
「失礼な。初対面の、主に害をなそうとするやつには敬語だぞ?…そいつら、あとで氷漬けになるからな」
「あらぁ、相変わらずえげつないわねぇ。そんなんじゃ雪乃に好かれないわよ?」
「はっ、俺はぁあるじと契約してるんでねぇぇぇぇ?知っての通り精霊は永遠を生きるしなぁ?あるじが死ぬまで俺はあるじと一緒なんだよなぁ!き、ず、なってもんがあるんだよ、あ、つ、い絆が!」
バチバチッと春織とノエルの間に火花が散る。両者譲らずぎゃあぎゃあと言い合っているが、結構な位のお嬢様がそんなぎゃあぎゃあさわいでいいもんなのか…
「あーーー、ノエルの漢字ってどんなんなの?」
二人の言い合いに挟まれる私はその状況に耐えきれず、ずっと実は気になっていたノエルの名前の漢字について尋ねた。
すると、さっきまで言い合っていた二人は勢いよく振り返って私を見た。
「乃衣雪の漢字?…乃衣雪、あなた話してなかったの?自分の名前について」
『あー。まぁ、別にそんな話題も上がってなかったしな。丁度いい機会だし、名前教えてやるよ』
「やったぁ!!」
自分の名前を紙に書くノエルを見ながら、私はドキドキしながら待つ。
『…できた』
そこには、|《・》冬月乃衣雪《ふゆつきのえる|》《・》と、達筆な文字で小さく書かれていた。
「おーーっ!めっちゃ綺麗な文字だなぁ!冬月乃衣雪…冬月!?」
まさかの苗字に目を見張る私に、乃衣雪はちょっと気まずそうに眼をそらして頭に手を当てた。
そう。代々氷の依代に仕えてくれている優しい一家だ。
「…これもよく考えたら、冬の漢字を賜れるのは冬の精霊とその一家だけだから、当然かぁ…うーむ、疲れてるのかねぇ、私ぃ」
『そりゃそうだろ。なんなら今なんで生きてて喋れてるのが不思議なくらいなんだぞ。頭を必死に回してないでさっさと布団に入って、さっさと体回復させろ』
そう言って乃衣雪は文字を見るために起き上がっていた私の肩を押して、ふかふかの枕に逆戻りした。そのまま乃衣雪にふかふかの布団を深くかぶせられる。
「…乃衣雪って、口は悪いけど優しいよね。ツンデレ?かわいーなぁ」
『かわっ!?ツンデレなんかじゃねーしぃっ!!…絶対熱上がってきてるだろ、あるじ』
「やだなぁ、んなわけないじゃーん。あるじじゃなくて雪乃でいーよぉ」
はーっと乃衣雪は深いため息をついて、ぼやぼやと視界が悪い私のおでこに冷たい手を当ててくれた。
「あっ、ちょ、ずるくない!?私だって雪乃のお世話したいわ!!」
『お前はさっさと炎の依代様と契約結んでこい。焔様だぞ、焔様。名前忘れんなよ』
「失礼ねー。私だってそこまでポンコツではなくてよ?…ちょっと忘れてたけど」
『ほら言ったぁ』
またもぎゃあぎゃあと言い合う二人を微笑ましく思いながら、言い合いながらも私のおでこから手を離さない乃衣雪はやっぱりツンデレでかわいいなと今も言い合っている乃衣雪たちを見ながら微笑んだ。
「ううぅっ…いやよ、いやよぉぉぉぉ!もう何百万年と生きてるけど、私の、私のファーストキスがあんな奴だなんてぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
悲鳴にも近い雄たけびを上げる春織に私達はとりあえず落ち着くように促し、とりあえず椅子に座らせた。このまま行かせたら焔様を蹴り飛ばさん勢いだったからだ。
「まぁまぁ。ってかファーストキスってことは何百万年と人と契約してこなかったってこと?」
『そうだな。四季の精霊は基本的に契約してこなかったんだが、俺たち冬と氷の依代との契約を発端に他の四季たちもマネするように契約していったからな。契約方法がアレだったって言うのもあるだろうが。…こいつだけしなかったから仲間外れってわけだ。しかも相性のいい相手と契約できれば両者とも能力倍増が期待できる。こんなにうまい話はない、が』
「やだやだやだやだ!!私のファーストキスは雪乃に捧げるって決めてるのぉぉぉぉぉ!!!!!」
ジタバタを椅子に座りながら令嬢ならぬ姿で暴れる春織を引いた眼でみながら乃衣雪は続ける。
『こいつは特殊なんだよなあ。よりにもよってもう契約しちまった雪乃に恋しちまったんだよ。…まぁ、いくらこいつがファーストキスを取っておこうが、雪乃のファーストキスは俺がもらったんだけど』
少し顔を赤くしながらも堂々と言う乃衣雪にまた私は笑って、私が幼いころにあげたであろうブライダルベールの小さなモチーフの氷のネックレスを作って、起き上がれないほどに熱がやばいため、依代たちに流れる膨大な魔力(私の魔力は他の依代たちよりも多いらしい?)で、春織にそのネックレスを付けた。
「これで我慢して焔様んとこ行ってきなぁ。私はもうへーきだし、乃衣雪いるしー。さっ、この世初の春の春のファーストキスをささげてきなさいやっ」
「雪乃ぉぉっ。ブライダルベールのこの綺麗なネックレスはうれしいけど、ファーストキスとの話は別よねっ?ねっ??」
『ほいほい。雪乃こまらせてんじゃねーよ。さっさとファーストキス献上してさっさと契約してそのまま向こうで暮らしてこい』
「それって戻ってくるなってことにも等しくないかしらっ!?ひどくない!?」
『雪乃は俺の屋敷に連れ帰るからいーんだ。…まぁ、雪乃の存在は隠しとけよ。わかったなぁ??????』
「ハーイ。…いってきますわ……とても、とっっっても、気が乗らないけど、このネックレスに免じて……ううっぅぅぅぅっ」
ぐずぐずと泣きながら部屋をゆっくり、ゆぅぅっくりと出ていく春織の背中をぐいぐい乃衣雪が押して春織を護衛に預けて必ず行ってくるように言いつける。
「あっ、ついでにお姉ちゃんたちも観てきてねーっ!報告よろしくぅ♪」
『おいっ、雪乃そんな大声出したら熱で死ぬぞっ』
「んー。わかったわ。…どっちも気が乗らないわね……」
ぼそぼそと呟きながら護衛に連れられ去っていく春織を見とどけ、私たちは乃衣雪に冬月家に行くための準備を整え始めた。
『やっと面倒なのが行ったな…雪乃、これから俺んち行くから着替えてくれねーか?そしたら俺が雪乃抱えて俺んちに行くから』
「はぁい。乃衣雪が選んでよ、服。私和服でも洋服でもどっちでもい…」
『和服で!!絶対着物着てくれ!!着物っ!!』
おぉぅ。なんか圧がすごい。そんなに着物がいいんかね?
おぉ、と驚いていると、乃衣雪は前のめりにしていた体を引っ込めて、理由を言った。
『最近…ぜんっぜん雪乃が着物きてくれねーから……その、久しぶりに、見たいなと』
「あぁ。そういえば最近着てなかったねぇ。いいよぉ、上手に着られるかはわからんけども。……ツンデレだなぁ。かわいいやつめ」
『よっしゃ!!』
思いっきりガッツポーズする乃衣雪に笑いながら、ゆっくりと起き上がって、魔力で碧い着物を引き寄せ、立ち上がって、魔力で着物を着つける…前に、乃衣雪には部屋の外で待ってもらう。
乃衣雪はかわいい顔してるのに口が悪くて、背は低い方だけど私と同じくらい。そんなところもかわいいんだけどね。ま、精霊にとっての16歳だから実際には数百万年生きてるらしいっす…大先輩なのに私はまったく敬語を使っていないが大丈夫なのだろうか。世間的に。
うーーんと唸り考えてるうちにも指を動かして魔力で着付けを着々と進めていく。
最後に帯を結んで、完成だ、が。結構な時間立っていたことと、着物が思ったよりも重量があるせいで、傷が痛む上に熱でくらくらしてすごいだるいっていうオプション付き。
「できたー」
そういうとがちゃりとドアが開く音がして乃衣雪が部屋に入ってくる。
『ん。じゃあ行くか。しっかりつかまってろよ』
着物姿になった私が結構限界なのがバレたのか、乃衣雪は私を軽々と抱えあげ、窓の外に雪の雲を作り出して飛び乗った。
『さぁ、出発だ。雪乃のそれも、ゆっくり治そうな』
「そうだねぇ。んー、魔物と手合わせできないのが残念だわぁ」
『…勝手に行かないでくれよ?』
「あはっ…」
『おいっ!』
くすくすと笑いあいながら、雪の雲は冬月の館へと進んでいく。




