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4. 保たせる

「読み上げます。『貴殿の配信における誘導類似行為は、探索者の判断を誤らせ、事故を誘発するおそれがあります。速やかに中止してください。株式会社琴浜ゲートウェイ、保安部』……以上です」


 同接九百。画面が野次馬の熱で速くなる前に、俺は続けた。


「会社の言い分には、理があります。素人の案内で人が死んだら、誰が責任を取るのか。……いい質問です。私はこの質問と、二十四年暮らしてきました」


 管制官は、操縦桿を握らない。それでも墜ちれば責任を問われる。声の仕事とは、最初からそういう仕事である。呼び方を変えても、逃げ場所はない。だから今夜は、先に線を引く。


「五つ、約束します。ひとつ。私の言葉は助言です。命令ではありません。選択肢は二つまでに絞って示し、決めるのはあなたです。ふたつ。決めたことは、あなたの声で言ってもらいます。みっつ。配信は全部残します。よっつ。遭難の連絡を受けたら、会社の窓口にも必ず入れます。夜は録音ですが、録音は朝の救助の起点になります。いつつ。遭難便の間、投げ銭の『ともしび』は締めます。命の値札は、預かりません」


 息をひとつ。


「そして――間違っていたら、責任は私にあります。だから、全部残すんです」


〈金曜日: 五箇条きた〉


〈よるくま: 会社より会社っぽい〉


 規程の外で人を助けると、どうなるか。俺はそれを一度、身をもって学んでいる。学費は、この四畳半だ。それでも声の仕事を辞めなかった男の意地の張り方が、この五箇条だった。


 その晩の便は、〇時半に来る。


〈まつたけ: 二二側の細い道です。段差で足をひねりました。歩けます、たぶん〉


 四十代の男。単独。灯石(とうせき)拾い――迷宮の壁に育つ光る石を売って稼ぐ、この街の夜の稼業――の帰りである。ゲスト通話は「声が震えるのが恥ずかしい」と断られた。四十代とは、そういう年頃である。文字の三問は正確で、足首は「熱い」と言う。


 位置に答えたのは、俺ではなかった。宿六(やどろく)――常連いわく、顕現の年から潜っている古参の歩き覚えである。


〈宿六: 二二側の段差ちゅうと、ざくろ口の手前じゃな。わしゃ十年通うた。南口まで二・八キロ、曲がりは三つ〉


「古参の歩き覚えです。まつたけさん、ご自身の来た道の記憶と突き合わせてください。段差の少し手前に、風のない曲がり角がありませんでしたか?」


〈まつたけ: ……ありました。五十メートルくらい手前〉


「一致しますね。では距離の話をします。宿六さんの見当で、南口までおよそ二・八キロ。健脚で九十分。捻挫の足ではその倍――いえ、腫れは歩くほど進みますから、倍では済みません。本日の閉窓は三時二十八分、三時二十八分。……間に合いません」


〈まつたけ: 行けます。行かせてください〉


「間に合わない便を、急がせません」


 空で覚えた、いちばん大事なことを言う。


「無理な着陸より、安全な待機です。今夜のあなたの仕事は歩くことではなく、朝まで温かくいることです。選択肢を二つ。その場で朝を待つか、来た道を五十メートルだけ戻って、あなたの言った風のない曲がり角で朝を待つか。決めてください」


〈まつたけ: ……曲がり角にします。宣言します。移動して、朝を待ちます〉


「復唱、完璧です」


 ここからは、深夜勤の互助会の出番だった。よるくまが保温の手順を書く。座り込まない、岩に背中をつけない、ザックを尻に敷く、足の指を一時間ごとに動かす。回送が朝の南口に車を予約する。金曜日が、下手な落語を文字で一席やる。まつたけ氏は途中で本当に笑ったらしく、〈やめろ寝る〉と打ってくる。笑えるうちは体温がある、とよるくまが書き、皆が妙に納得した。深夜の医学である。


 会社の緊急窓口には、録音を一本入れておいた。第七環二二側、捻挫の残留者一名、朝の収容を要請。位置の目印は、蓄光の矢印がふたつ。


 三時二十八分が近づく。


「窓が閉じます。朝まで、声は届きません。ですが手順は置いていきます。復唱願います」


〈まつたけ: 灯りは一本。指を動かす。水は一口ずつ。……朝、南口〉


「完璧です。では――また、あちらで」


 窓が切れた。九百人の画面が、静かなまま誰も閉じない。皆で朝を待つ、という夜が、この番組に初めて来ている。


 俺は音のない画面を眺め、白湯を注ぎ直した。九百人の起きている理由が、いまは全部、第七環の曲がり角にある。妙な夜だ。誰も画面に映らないのに、誰も、いなくならない。


 六時十二分、南口。保安部の作業服がまつたけ氏を担架で運び出すのを、回送の車載カメラが映す。若いほうの保安部員がカメラに気づき、迷って、小さく一礼した。


 その夜、彼の名義でメールが届く。警告と同じ書式で、一行だけ違う。


 「会社としては、おやめくださいと申し上げます。……個人としては、位置の目印、助かりました。保安部・網代(あじろ)


 組織の中で、個人の一行を書き添える人間を、俺は知っている。ああいう一行は、たいてい高くつく。高くつくと知っていて書くから、値打ちがあるのだ。


 返信を書きあぐねているうちに、配信のコメント欄へ、見慣れない名前が降りてきた。


〈波多野先導・波多野: あんた、現場を知らんだろう〉

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― 新着の感想 ―
イタリアの水道屋→トンネル屋→こちらに参りました。どれも文章に緊張感があり、淡々と、あるいは粛々と進めていく姿が良いです。
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