5・急転直下
8月11日20時、官邸
堅壱は、事件発生以来初めて記者会見に臨むため、会見場へと足を運んでいた。
だが、会見場の雰囲気の異様さに、あと数歩のところで脚が止まってしまった。
付き従う小澄大臣や官房長官も、会見場の雰囲気に吞まれて顔をこわばらせている、
まずは官房長官が意を決して一歩踏み出し、それに促されるように堅壱が続いた。小澄はさらに2歩ほど遅れてそれに続く。
官房長官が会場へ現れると、記者たちからの怒号が飛んでくる。
「半日以上何やってたんだ!!」
「自衛隊の暴走をどうしてくれるんだ!!」
「軍国主義の責任をどう取る気だ!!」
そんな、会見どころではない状態が醸成されたが、堅壱たちは淡々と演台まで進み、マイクの前に立つ。
全く記者たちに鎮まる様子はないのだが、それに構わず用意されたディスプレイへと、これまでに集められた情報が映し出されると、会場も自然と静まり返っていった。
まず映し出されたのは、自衛隊や警察が稚内市街や稚内空港を撮影した画像だった。
市庁舎は玄関付近が壊れ、水族館ではバスが燃え、稚内分屯地のレーダーサイトや通信アンテナは無残にも崩れ落ちている。
さらに、稚内空港でも管制塔や旅客ターミナルが破壊され、滑走路には何やら破壊された残骸が散らばっていた。
「現在、自衛隊施設は稚内分屯地、鬼志別演習場ともに破壊され、生存者の有無も確認されておりません。海上保安庁の巡視船が宗谷海峡、稚内港において沈められ、こちらの乗組員も安否不明です。海上保安署も襲撃され、死者、行方不明者多数となっており・・・・・・」
自衛隊、警察、海上保安庁の人員はその多くが死亡ないし行方不明、幸い休日であったことから市職員の犠牲は少なかったが、フェリーや観光客を乗せたバスなど複数も焼かれ、民間人犠牲者も未だ全容は不明であった。
ディスプレイに映し出された映像は、記者達をさらにヒートアップさせるに十分な燃料となり燃え上がる。
「自衛隊が暴走した結果ですよね!どうするんですか!」
記者達は、その様な趣旨の質問を官房長官の制止を無視して叫ぶ。
竪壱の説明する声は、マイクにこそ拾われているのでテレビ中継には問題無いが、会場では誰も聞き取れていない状況だった。
竪壱による説明は次へと移り、ディスプレイの映像も切り替わる。
「12時45分に緊急事態と認め、自衛隊に対し防衛出動を命じ・・・・・・」
声は聞き取れないが、ディスプレイに示された説明文を読んだ記者たちは、さらにヒートアップして行く。
「国会を蔑ろにして防衛出動とは何だ!独裁だ!」
「憲法を改悪した途端、軍国主義を顕にしたのか!許せない!」
説明などまるで聞かず、もはや記者としての使命よりも抗議活動家による抗議の様相を呈していた。
さらに説明は続き、海外の戦争でよく見るモノクロ映像へと切り替わる。
「15時40分、偵察に飛び立った自衛隊機が稚内空港に設置されている電波妨害装置を確認し、これを破壊しました。これによって電波妨害は無くなり、地上からの偵察隊が稚内市や猿払村へ向かい・・・・・・」
映像は、記者たちを一瞬沈黙させたものの、竪壱の説明が聴こえた事で抗議活動が再開された。
「証拠隠滅だ!だから国際社会の介入が必要だったんだ!証拠隠滅の責任をどう取るつもりだ!」
記者たちは、竪壱の説明を遮る様に叫び続ける。
さらにディスプレイの映像は移り、防衛出動によって名寄以北は戦闘地域と定められ、自衛隊の管轄下に置かれ、警察、消防、医療機関が自衛隊管理となっている事が説明される。
「軍政だ!これは憲法を無視した暴挙だ!こんな違憲行為が許されるはずがない!」
「国民保護はどうした!やはり、自衛隊は国民を守る気なんかないんだ!!」
あまりに混乱した様相に、会場には衛士が投入され、演台と記者席の間に壁を作り、一部記者と揉み合いまで生じていた。
それはもはや会見場の姿ではなく、抗議活動そのものと化していた。
「猿払村については、すでに警察の規制のもと、村民の自由な移動が再開し、稚内市については要救助者の移送を優先するため、暫く移動の規制は続け・・・・・・」
「あり得ない!政府は市民を締め付け口封じする気なのか!」
会見場はもはや、記者としての仕事を忘れた抗議活動家が騒ぐデモの現場にしか見えず。ただただ荒れた人の波の向こうで、淡々と語る堅壱の異様な姿がテレビを通し、世界へと配信されていた。
「報道の受け入れは明日の朝から可能になる見通しで・・・・・・」
会見場には怒号が飛び交い、抗議活動家に占拠された様な状態で、竪壱の声はまるで聞こえず、堅壱が何をやっているのか、現場にいては全く分からないような状況と化していた。
それでも竪壱たちは会見を止めず、先へ進める。
ディスプレイには、ロシア大統領の顔が映し出され、一部記者が口を閉じた。
「先ほど、19時よりロシア大統領と電話会談を行い、今回の事件が、大統領に与しないロシア軍の一部による暴走であり、事態を把握した大統領が14時過ぎに活動停止を命じ、現在すでにロシア軍は撤退し、ロシア軍内部の調査が済み次第、正式な会談の場を設ける旨、合意に至りました」
それは、抗議活動の前提がひっくり返る情報だった。
ロシア軍による暴走に対してロシア軍を招き入れるなど、冗談にもならない喜劇である。
それに気付いた記者たちも、押し黙るしかなかったが、木頭など数名は、それでも抗議をやめなかった。
「狂言だ!ロシアまで巻き込んでウソを重ねるな!」
だが、テレビ中継で拾われたその抗議は、誰の心にも響く事は無かった。




