第二章 帳場の隅のひとこと
宿の朝は、わたしが思っていたより早く始まった。
おばあちゃんは六時前には起きていて、厨房で朝食の準備をしている。わたしも六時には帳場に立ち、朝食の配膳を手伝うようになっていた。客室のドアをノックして、盆を運んで、食後の後片づけをして、チェックアウトの応対をする。そのあとに客室の掃除と布団の上げ下ろし、次の客のための準備。
終わる頃には昼前になっていた。
最初の数日は体が追いつかなかった。使う筋肉が東京にいた頃とまるで違う。パソコンの前に座って資料を作っていた体には、布団を畳んで運ぶ動きが新鮮なくらい堪えた。夜には肩と腰が同時に重くなって、布団に入るとすぐに眠れた。
眠れる、ということ自体が久しぶりだった。
東京にいた最後の頃は、横になっても頭が回り続けて、明け方近くまで眠れない夜が続いていた。それがここに来てからは、灯りを消すと体が先に落ちていく。疲れているから、というだけじゃない気もしたが、理由を考える前に眠れているので、それでよかった。
困ったのは、夕方以降だ。
宿の仕事が一段落すると、わたしには時間ができる。おばあちゃんは「ゆっくりしていていい」と言うが、ゆっくりの仕方がうまくできない。六号室に戻っても手持ちぶさたで、本を開いても頭に入ってこない。スマートフォンを見ると、東京の知人からの連絡が一、二件届いていて、どう返せばいいか分からないまま、また閉じる。
元気? と聞かれると、うん、と打てない。
まあまあ、だと嘘になる気がする。でも、元気じゃない、と正直に書く言葉も、まだ持っていない。
それで返信が遅れて、また連絡が来て、また困る。そういうことの繰り返しだった。
三日目の夕方、わたしは六号室を出て商店街の方へ歩いてみた。夕暮れの道後は、昼間の観光客のにぎわいが少し引いて、地元の人の顔が増えてくる時間だ。温泉本館の屋根が夕焼けに染まっていて、商店街の近くを路面電車がゆっくり走っていった。
松山に戻ってきて、初めて町を歩いた気がした。
商店街に入ると、みやげもの屋と並んで、小さな喫茶店が一軒あった。「カフェ・コウノ」という手書きの看板が出ていて、窓際に観葉植物が並んでいる。なんとなく、入りやすそうだと思って引き戸をあけた。
カウンターの中に、ショートヘアの女の人がいた。エプロンをつけて、グラスを布巾で拭いている。顔を上げて、わたしを見た瞬間に、あ、という顔をした。
「由良ちゃん? 佳寿子さんとこの」
記憶をたぐると、少しして思い当たった。
「河野さん……佐和さん?」
「そう。久しぶりだね、何年ぶりかな」
河野佐和さん。女将のおばあちゃんと顔なじみで、子どものころに宿に遊びに来ていたとき、たまに会っていた人だ。当時は確か、別の仕事をしていたような記憶があるが、今は喫茶店をやっているらしかった。
「戻ってきてたの?」
「はい、ちょっと……お手伝いで」
「ちょっと、ね」
佐和さんはにやりとも苦笑いとも取れない顔をして、「まあ座って」と言った。
カウンター席に腰かけると、ブレンドでいい? と確認もそこそこに、コーヒーが出てきた。香りが濃くて、ひと口飲むと少し苦みが遅れて来る。悪くない、と思った。
「女将さんは元気?」
「はい。よく動いてます」
「あの人は倒れるまで動くから、由良ちゃんが来てくれてよかった」
佐和さんはそう言いながら、カウンターの中でグラスを棚に戻した。てきぱきした動きなのに、押しつけがましさがない。話しかけてくるわけでも、沈黙を埋めようとするわけでもなく、ただそこにいる感じがした。
「由良ちゃんはどのくらいいるつもりなの」
「一か月、って言ってきたんですけど」
「言ってきた」
「……次がまだ決まってないので」
佐和さんは「うん」と短く言って、それ以上聞かなかった。
その「うん」が、責めているわけでも、哀れんでいるわけでもなくて、ただ聞きましたよ、という受け取り方だったので、わたしは少し拍子抜けした。
実家の方は、と言えば、三日に一度くらい電話がかかってくる。
お母さんからだ。ご飯ちゃんと食べてる? 体は大丈夫? 宿の方は慣れた? 矢継ぎ早に聞いてくるが、こちらが答える前に次の質問が来るので、会話が少しちぐはぐになる。お母さんの声はいつも優しかった。だから余計に、うまく苦しいと言えなかった。優しさを受け取れない自分の方が、間違っている気がしてしまうからだ。
お父さんは直接かけてこない。お母さん経由で「お父さんもよろしくって」と伝言が来るだけだ。
それが少し、息苦しかった。
悪い人たちじゃない。むしろ心配してくれているのはよく分かる。でも、その心配の形が、わたしには少しうまく受け取れない。大丈夫? と何度も聞かれると、大丈夫じゃない部分を「大丈夫です」と言って包まなければならない気がしてくる。
実家に戻っていたあの二か月も、ずっとそうだった。
ことの葉亭の方が、まだ息ができる。それは、おばあちゃんが余計な言葉をかけてこないからだと思う。
六日目の午後、一人旅の女性客がチェックインした。
三十代くらいだろうか。細身で、荷物は小さなリュックひとつ。帳場での応対をわたしが担当したが、名前を確認して鍵を渡す間、彼女はあまり話さなかった。疲れているというより、どこかひとりになりたそうな顔をしていた。
夕食は部屋食で、量を少なめにとのご希望だった。温泉には夜遅く入りに行ったらしく、廊下ですれ違ったとき、少しだけ顔がやわらかくなっていた。
翌朝、チェックアウトの少し前に、彼女は帳場の前に来て、ことば帳を手に取った。
わたしは少し離れたところで布巾を畳んでいて、彼女の方を直接見ないようにしながら、気配だけうかがっていた。
ボールペンを走らせる音がして、しばらくしてから、ことば帳がカウンターに戻された。
「ありがとうございました」と彼女は言って、頭を下げて、宿を出ていった。
彼女の車が走り去るのを確認してから、わたしはことば帳を手に取った。
最後のページに、新しい文字が加わっていた。
元気じゃないまま来ても、来てよかった。
読んだ瞬間、胸に何かが当たった。
物理的に、という感じではない。でも、ぐ、と押されたような感覚が確かにあった。
元気じゃないまま。
その七文字が、妙に自分の輪郭に合った。ぴったりではない。でも、かすかに重なる部分があった。
彼女が何を抱えてここに来たのかは分からない。でも、元気じゃないまま来て、それでも来てよかったと思えた何かが、この一泊にあったのだとしたら。
言葉にすることで、何かが変わるのだろうか。
書いたから救われた、と決めつけるのは早計かもしれない。でも、書かずに飲み込んでいたら残らなかった。ここへ来たことの感触が、この一行になって、どこかに留まった。
それが何であるかは、まだうまく言えなかった。
その夕方、わたしは再びカフェ・コウノに寄った。
佐和さんは今日も一人で店をやっていた。夕方の空いた時間で、客はわたしだけだった。
コーヒーを受け取って、少し迷ってから、わたしは口を開いた。
「佐和さんって、松山を出てたことがあるって、前に聞いた気がして」
「あるよ。結婚してて、大阪にいた。離婚して戻ってきた」
佐和さんはあっさりと言った。
「戻ってきて、お店を?」
「うん。やりたかったから。それだけ」
「……大変じゃなかったですか」
「大変だったよ」
佐和さんはグラスをカウンターに置いて、わたしの方を見た。
「でも、大変じゃなかったことって、あんまりないから。大変かどうかより、やりたいかどうかだと思って」
「そういうふうに、割り切れるものですか」
「割り切ってはないよ。しんどいことはしんどかった。ただ、戻ってくることを格好悪いと思わなかった、それだけかな」
格好悪いと思わなかった。
その言葉が、少しだけ刺さった。コーヒーの苦みが、さっきより遅れて来た気がした。
「由良ちゃんは東京で何してたの」
「広告の会社で、制作の仕事を」
「好きだった?」
問いが短くて、答えに詰まった。
好きだったかどうか。やりがいはあった。うまくいった仕事は素直に嬉しかった。でも、好きだったか、と問われると、どこかがうまく返事をしない。
「……分からなくなりました」
「そっか」
佐和さんはまた、それだけで受け取った。うまく答えられなかったことを責めなかった。でも、流してもくれなかった。
その「そっか」の重さが、ちょうどよかった。
帰り際、引き戸をあけながらわたしは「また来ます」と言った。すると佐和さんは、「いつでも」と答えた。
いつでも、は、たいしたことのない言葉のように聞こえる。でも今のわたしには、それが少しだけ頼りになった。
夜、六号室でことば帳を開いた。
例の一行が、そこにある。
元気じゃないまま来ても、来てよかった。
わたしはその隣のページの余白を、しばらく眺めた。
何か書けるだろうか、と思った。でも言葉は来なかった。頭の中に靄のようなものがあって、それが言葉になる前に散ってしまう。
書けない。
それが今のわたしの正直なところだった。
でも、書けないことと、言えないことは、もしかしたら少し違うのかもしれない、とも思った。書けないのは言葉の形がまだないからで、言えないのは言葉はあっても声にする勇気がないからで。
わたしはどちらだろう。
どちらもかもしれない。あるいは、まだ区別がついていないだけかもしれない。
ことば帳をそっと閉じて、布団に入った。
廊下の向こうで、おばあちゃんが戸締まりをする音がした。鍵のかちりという音と、足音が遠ざかっていく音。それが消えると、宿は静かになった。
道後の夜の静けさは、東京の夜とは質が違う。東京は音がなくなっても、何かがまだ動いている気配があった。ここは、ちゃんと止まっている。
その止まり方が、今夜は少しだけ、怖くなかった。




