第十一章 いよかんの香る夜
七月の終わりに、家族連れが来た。
三十代くらいの夫婦と、小学校に上がる前くらいの男の子。チェックインのとき、男の子は帳場のカウンターに手をかけて、背伸びをしてわたしの顔を見た。丸い目で、ほっぺたがまだ子どものやわらかさをしていた。
「ここ、温泉あるの?」
「あります。お風呂が大きいですよ」
「大きいの? どのくらい」
「うーん、そうですね……」
わたしは少し考えた。
「あなたが四人くらい入っても、まだ余裕があるくらい」
男の子は目を丸くした。「四人分!」
お父さんが「颯真、邪魔だぞ」と言って、男の子の肩を引いた。颯真くんは引かれながらも、カウンターから目を離さなかった。
部屋へ案内する道すがら、颯真くんはずっとしゃべっていた。廊下の板の目が面白い、窓から見える松の木がでかい、なんでここ温泉の匂いがするの。矢継ぎ早な問いに、わたしはできる限り答えた。お母さんが「うるさくしてすみません」と何度も言ったが、別に構わなかった。子どもの問いには、余計な間がない。聞きたいことをそのまま聞いてくる。それが、この仕事を始めてから初めての経験で、少し新鮮だった。
夕食の時間、颯真くんはまたよくしゃべった。
食堂に家族三人で座って、料理が出てくるたびに「これなに」「おいしい」「これはちょっと嫌い」と言う。正直だった。嫌いなものを嫌いと言える年頃だった。
お母さんが「全部食べなさい」と言って、颯真くんが「なんで嫌いなのに食べないといけないの」と言い返した。その問いに、お母さんは少し詰まっていた。なんで、という問いには、大人でも答えに困るものがある。
わたしはお茶を注ぎに行きながら、その会話を聞いていた。
嫌いなものを嫌いと言える。当たり前のことのように見えて、大人になるにつれて難しくなっていく。嫌いと言うことで何かを壊してしまうのが怖くなる。傷つけることへの恐れと、自分が傷つくことへの恐れが混ざって、黙ることを覚えていく。
颯真くんはまだそれを覚えていない。だから、あんなにまっすぐしゃべれる。
いつ覚えるのだろう、と思った。そしてそれは、覚えなければいけないことなのだろうか、とも。
翌日の午前中、颯真くんはおばあちゃんに懐いた。
どこで気づいたのか、厨房の入り口をそっとのぞいていた颯真くんを、おばあちゃんが見つけた。追い払うかと思ったら、「入っておいで」と言った。颯真くんはおそるおそる入って、椅子に座らせてもらって、おばあちゃんが何かを作るのを見ていた。
わたしは掃除の合間にのぞくと、二人でみかんの皮を刻んでいた。
「何してるの」
おばあちゃんが振り返った。
「湯上がり菓子の材料。颯真くんが手伝ってくれてる」
颯真くんは真剣な顔で、小さな手を動かしていた。
「むずかしい」
「うん、難しいね。でも上手だよ」
おばあちゃんが言うと、颯真くんの手が少し速くなった。褒められると速くなる、素直な反応だった。
わたしはそのまま掃除に戻った。でも、厨房の方から二人の声がときどき聞こえてきて、その声がどこか温かく、部屋の空気に混じっていた。
夕方、家族がチェックアウトしたあと、厨房はみかんの香りが残っていた。
皮を砂糖で煮詰めた、甘くほろ苦い匂い。子どものころ、この匂いがこの宿の匂いだと思っていた。帰省するたびに、祖母の宿はこの香りがした。
みかんの菓子は、ことの葉亭の名物のひとつだった。いよかんの皮を使った自家製のもので、夜の湯上がり茶と一緒に出す。市販のものを使えばもっと楽だが、おばあちゃんは毎回自分で作った。材料費も手間も、たいして効率的ではないと思う。でも、これを目当てに来る常連もいると聞いていた。
今夜は、夕食の片づけが終わると、おばあちゃんと二人でその菓子を仕上げた。
皮の砂糖煮を、小さな型に流し込む作業だ。熱いうちにやらないと固まってしまう。二人で向かい合って、黙々と手を動かした。
「颯真くん、かわいかったね」
「ああいう子は元気が出る」
「何でも正直に言うから」
「そうね。正直に言える年頃って、短いから」
「大人になったら言えなくなる?」
「言えなくなるんじゃなくて、言い方を覚えるの。言い方が増える分、どれを選ぶかで迷うようになる」
型に菓子が流れ込んで、平らになっていく。みかんの香りが立ち上った。
「おばあちゃんは、言えないことある?」
聞いてから、少し唐突だったかな、と思った。でもおばあちゃんは手を止めなかった。
「あるよ、もちろん」
「どうするの、そういうとき」
「待つ」
「待つ」
「言える時が来るまで、ちゃんと持っておく。言えないからって、なかったことにしない」
言えなかったことは、消えたことにはならない。
ことば帳の最初の一行が、頭の中で重なった。
おばあちゃんがあの言葉を書いたかどうかは分からない。でも、あの言葉とおばあちゃんの今の言葉は、同じ場所から来ている気がした。
「由良は、言えてる?」
「少しずつ」
「少しずつでいいから」
それだけ言って、おばあちゃんは仕上げの作業に戻った。
菓子が固まるのを待つ間、わたしは縁側に出た。
夏の夜の空気は、昼間の熱が少し残っていて、でも道後の風が流れると涼しかった。虫の声がして、どこか遠くで路面電車の音がした。
ここにいたころの自分のことを考えた。
高校生のわたしは、この宿が好きだった。おばあちゃんの厨房の匂いが好きで、帳場の古い木の感触が好きで、縁側から見える松の枝が好きだった。何かを意識して好きだったわけではなく、ただここにいると、体がほっとした。
でも松山を出るとき、ここへの愛着を、わたしは意識的に薄めようとしていた。残りたくない、という気持ちに正直でいるために、好きな場所に執着しないようにしていた。好きだと思うと、離れにくくなる。だから、好きであることに、少し目をつぶった。
今から考えると、それは不思議な話だ。好きなものから目をつぶることで、自由になれると思っていた。でも本当は、自分が何を好きかを知らないことの方が、ずっと不自由だ。
東京で迷子になったのは、そういうことだったかもしれない。何が好きかを後回しにして生きてきた結果、何のために動いているのか分からなくなった。
ここにいたころの自分は、ちゃんと何かを好きだった。
その気づきが、胸の奥にじんわりと広がった。痛くはなかった。でも、痛みに似たものが、確かにあった。
失ったわけではない。好きだという気持ちは、消えていなかった。今もここに立って、縁側から夏の夜を見ながら、体がほっとしている。それは変わっていない。ただ、気づくのが遅くなっていた。
厨房へ戻ると、菓子が固まっていた。
おばあちゃんが型から外して、小さな皿に並べていた。濃い橙色で、砂糖が表面に薄く光っている。
「食べてみて」
一つ取って、口に入れた。
甘くて、少し苦くて、みかんの香りが鼻に抜けた。子どものころから知っている味だった。変わっていない。何年経っても、ここの菓子はこの味だ。
「おいしい」
「そう」
おばあちゃんは照れるでもなく、そうと言って、残りを皿に並べ続けた。
「好きなものが残っているなら、それはまだ終わっていないんじゃない?」
おばあちゃんがふと言った。
菓子を並べる手を止めないまま、でも声は縁側の方を向いていた。さっきわたしが出ていた方向に。見ていたのかもしれない。あるいは、気配で分かっていたのかもしれない。
「好きなものが残っているなら」とわたしは繰り返した。
「うん」
「終わっていない」
「そう思う」
短い言葉だった。説明もなく、根拠もなく、ただそう思う、と言った。でもその短さの中に、七十九年分の何かが入っていた。
わたしは皿の上のみかんの菓子を見た。
好きだという気持ちが残っているなら、終わっていない。東京での日々が終わったとしても、好きだったものが消えたわけではない。この宿が好きで、この匂いが好きで、縁側から見える夜の空気が好きで、それはまだここにある。
止まっていたものが、わずかに動いた。
動いた、という確信ではなかった。でも、何かがほんの少し傾いた感覚が、確かにあった。
おばあちゃんは菓子を並べ終えて、「今夜の湯上がり茶の準備をしましょう」と言った。
わたしははい、と答えて、湯飲みを出す棚を開けた。
手が、迷いなく動いた。
その夜、六号室に戻ってから、ことば帳を開いた。
先日書いた一行が、そこにある。
大丈夫じゃなかったと言うのは、わがままだと思っていた。
読み返した。書いた夜と同じ言葉なのに、少し違う場所から読んでいる気がした。一週間の間に、自分の立っている場所が、わずかに変わっていた。
ペンを取った。
もう一行、書けるかもしれない、と思った。今夜の縁側のこと、みかんの菓子のこと、おばあちゃんの言葉のこと。全部ではなく、そこから一行だけ。
でも、手が止まった。
止まったのは怖さではなかった。まだ言葉になりきっていない、という感覚だった。今夜動いたものは、まだ形になっていない。形になる前に言葉にすると、本当の形と少しずれてしまう気がした。
もう少し待とう、と思った。
待つことは、逃げることではない。おばあちゃんが言っていた。言える時が来るまで、ちゃんと持っておく。言えないからって、なかったことにしない。
ことば帳を閉じた。
窓の外から、虫の声が続いていた。夏の夜が、宿の周りをやわらかく包んでいた。
今夜感じたことを、ちゃんと持っておく。なかったことにしない。
このまま留めておこう。それだけで、心が落ちつく。




