第7話 地下都市
地の底に、街があった。
ロスト・ヴァンドラ。滅んだ国の地下だけが生き残った場所だという。空はなく、頭上を黒い岩が覆い、街を照らすのはあちこちに灯る赤い火だけだった。
どこの国にも属さず法もなく、ものを言うのは強さだけだ。
騎士の身分も家の名も地上に置いてきた。ここでは、ガルフォード・アインベルグは誰でもない。
*
最初のうちは、ひどいものだった。
地上で覚えた剣は、ここでは半分も通じなかった。正面から打ち合う相手ばかりではなく、背後から襲われることも、暗がりから狙われることも、数人に囲まれることもある。
俺は何度も地を這い、そのたびに汚い戦い方を覚えた。誇りだの作法だの、そんなものは最初の月にどこかへ捨てた。
誰にも助けは求めなかった。求めても、誰も来ない場所だった。
ある夜、路地で三人に囲まれた。背中は壁につき、剣もまともに握れない。
――ここまでか。
そう思ったとき、横から男が割り込んだ。気だるげな様子のまま、あっという間に三人を地に沈めると、俺には目もくれず歩き去ろうとする。助けたというより、通り道の邪魔を払っただけに見えた。
俺はその背中を追った。男の動きには、あまりにも無駄がなかった。
「ついてくるな」
「あんたの剣を、見せてくれ」
「……好きにしろ」
スレンと名乗ったのは、ずいぶんあとになってからだ。この街では名の知れた男らしいが、俺が何者で、なぜここへ来たのかは一度も聞かなかった。
「何があったかは知らんが」
一度だけ、そう言った。
「地上のにおいがする男が、こんな底で何をしてる」
俺は答えず、スレンもそれ以上は聞かなかった。
何も聞かれないことが、なぜかいちばん楽だった。
*
俺はスレンから、マナの巡らせ方を覚えた。最初は、見て真似ただけだった。
「お前、マナを閉じ込めたまま剣を振ってるな」
あるとき、スレンがそう言った。
「マナ?」
「誰の中にも流れてる。剣を振る、その瞬間だけ巡らせろ。力じゃない。流れだ」
言われた通りにやってみたが、何も起きなかった。それでも繰り返しているうちに、ある夜、振り下ろした剣がいつもより深く食い込み、踏み込みも半歩鋭くなった。その代わり、たった一振りで息が切れ、膝に手をついた。
「それだ」
スレンが口の端だけで笑った。
「必要なときだけ、一気に巡らせろ。続けてやれば身体がもたんし、深手を負えば巡らせることもできん」
そのときの俺には、強くなるための手札が一つ増えた程度にしか思えなかった。
*
俺は強くなることに取り憑かれていた。眠る間も惜しんで剣を振り、マナを巡らせ、体を壊す手前まで自分を追い込んだ。
ある夜、限界までマナを巡らせていると、視界が暗くなり膝が落ちた。
「馬鹿か」
頭上から声がした。スレンだった。
「それ以上やれば死ぬぞ」
「……まだ、やれる」
「好きにしろ」
スレンは本当に、それだけ言って行ってしまった。
俺はもう一度剣を握った。そのとき、あの声が蘇った。
――生きて。
剣をしばらく見てから、ゆっくりと手を離した。あの人は、自分の傷なんて気にも留めなかった。それなのに、俺には生きろと言った。
なら、ここで死ぬのは違う。俺は、あの一言をまだ守っていた。
*
月日は、勝手に過ぎていった。
スレンは相変わらずだった。俺が半死半生で戻っても、「まだ生きてたのか」と言うだけだ。最初の頃は「死ぬなら勝手に死ね」だった。
いつだったか、俺は言った。
「借りができた。あのとき、助けられた」
「そんなもの、知らん」
スレンはこちらも見なかった。
「返したければ勝手に返せ」
その話は、それで終わった。
体つきが変わり、傷も増え、誰かが近づけばまず間合いを測るようになっていた。地上にいた頃のまっすぐな若い騎士は、もうどこにもいなかった。
五年が経つ頃、スレンが一度だけ、こう言った。
「今のお前なら、まあ、死なんだろ」
褒められたのかどうかは分からない。それでも、この街で五年、俺は生きていた。
剣を振るたび、マナを巡らせるたび、脇腹を赤くして立っていたあの背中を思い出した。
――生きて。
あの一言だけは、消えなかった。




