↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/55

第7話 地下都市

 地の底に、街があった。


 ロスト・ヴァンドラ。滅んだ国の地下だけが生き残った場所だという。空はなく、頭上を黒い岩が覆い、街を照らすのはあちこちに灯る赤い火だけだった。


 どこの国にも属さず法もなく、ものを言うのは強さだけだ。


 騎士の身分も家の名も地上に置いてきた。ここでは、ガルフォード・アインベルグは誰でもない。


*


 最初のうちは、ひどいものだった。


 地上で覚えた剣は、ここでは半分も通じなかった。正面から打ち合う相手ばかりではなく、背後から襲われることも、暗がりから狙われることも、数人に囲まれることもある。


 俺は何度も地を這い、そのたびに汚い戦い方を覚えた。誇りだの作法だの、そんなものは最初の月にどこかへ捨てた。


 誰にも助けは求めなかった。求めても、誰も来ない場所だった。


 ある夜、路地で三人に囲まれた。背中は壁につき、剣もまともに握れない。


 ――ここまでか。


 そう思ったとき、横から男が割り込んだ。気だるげな様子のまま、あっという間に三人を地に沈めると、俺には目もくれず歩き去ろうとする。助けたというより、通り道の邪魔を払っただけに見えた。


 俺はその背中を追った。男の動きには、あまりにも無駄がなかった。


「ついてくるな」


「あんたの剣を、見せてくれ」


「……好きにしろ」


 スレンと名乗ったのは、ずいぶんあとになってからだ。この街では名の知れた男らしいが、俺が何者で、なぜここへ来たのかは一度も聞かなかった。


「何があったかは知らんが」


 一度だけ、そう言った。


「地上のにおいがする男が、こんな底で何をしてる」


 俺は答えず、スレンもそれ以上は聞かなかった。


 何も聞かれないことが、なぜかいちばん楽だった。


*


 俺はスレンから、マナの巡らせ方を覚えた。最初は、見て真似ただけだった。


「お前、マナを閉じ込めたまま剣を振ってるな」


 あるとき、スレンがそう言った。


「マナ?」


「誰の中にも流れてる。剣を振る、その瞬間だけ巡らせろ。力じゃない。流れだ」


 言われた通りにやってみたが、何も起きなかった。それでも繰り返しているうちに、ある夜、振り下ろした剣がいつもより深く食い込み、踏み込みも半歩鋭くなった。その代わり、たった一振りで息が切れ、膝に手をついた。


「それだ」


 スレンが口の端だけで笑った。


「必要なときだけ、一気に巡らせろ。続けてやれば身体がもたんし、深手を負えば巡らせることもできん」


 そのときの俺には、強くなるための手札が一つ増えた程度にしか思えなかった。


*


 俺は強くなることに取り憑かれていた。眠る間も惜しんで剣を振り、マナを巡らせ、体を壊す手前まで自分を追い込んだ。


 ある夜、限界までマナを巡らせていると、視界が暗くなり膝が落ちた。


「馬鹿か」


 頭上から声がした。スレンだった。


「それ以上やれば死ぬぞ」


「……まだ、やれる」


「好きにしろ」


 スレンは本当に、それだけ言って行ってしまった。


 俺はもう一度剣を握った。そのとき、あの声が蘇った。


 ――生きて。


 剣をしばらく見てから、ゆっくりと手を離した。あの人は、自分の傷なんて気にも留めなかった。それなのに、俺には生きろと言った。


 なら、ここで死ぬのは違う。俺は、あの一言をまだ守っていた。


*


 月日は、勝手に過ぎていった。


 スレンは相変わらずだった。俺が半死半生で戻っても、「まだ生きてたのか」と言うだけだ。最初の頃は「死ぬなら勝手に死ね」だった。


 いつだったか、俺は言った。


「借りができた。あのとき、助けられた」


「そんなもの、知らん」


 スレンはこちらも見なかった。


「返したければ勝手に返せ」


 その話は、それで終わった。


 体つきが変わり、傷も増え、誰かが近づけばまず間合いを測るようになっていた。地上にいた頃のまっすぐな若い騎士は、もうどこにもいなかった。


 五年が経つ頃、スレンが一度だけ、こう言った。


「今のお前なら、まあ、死なんだろ」


 褒められたのかどうかは分からない。それでも、この街で五年、俺は生きていた。


 剣を振るたび、マナを巡らせるたび、脇腹を赤くして立っていたあの背中を思い出した。


 ――生きて。


 あの一言だけは、消えなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。