第4話 ダームベルグ訪問
旅の四日目にして、俺たちはようやく最初の街へ辿り着いた。
ダームベルグは、のんびりした小国だった。低い丘のあいだに畑が広がり、その先に小さな城下町が見えてくる。石と木の家が並ぶ通りを、荷車が行き交っていた。
王都ほど人は多くない。市場からは威勢のいい声が聞こえてくるが、急いでいる者はほとんどいなかった。
人の目がエリシアに集まる。薄い金の髪も青い目も、この辺りでは珍しいのだろう。細くて綺麗な娘だ。俺も最初は面食らった。
路地を抜けようとしたとき、数人の男が行く手をふさいだ。
「よお、姉ちゃん。旅の人かい」
「一人か。なんなら、案内してやろうか?」
酒の匂いがした。昼間からいい気分になっているらしい。エリシアは足を止めたが、面倒そうでも怖がっているようでもなく、道をふさがれたから止まっただけに見えた。
俺は前に出た。
「悪いが急ぎだ。通してくれ」
腰の剣に軽く手を添えたが、それ以上はしなかった。男たちは俺の背格好と剣を見比べ、舌打ちして道を空けた。
通り過ぎながら、少しだけほっとした。化身の眷属からは、エリシアを守れなかった。守るどころか、追い越されたのは俺のほうだ。それでも、酔っ払いの三人くらいなら追い払える。ようやく護衛らしいことを一つした気がした。
「今の、追い払わなくてもよかったのに」
エリシアがぽつりと言った。
「……まあ、そうだろうけど」
なんと返せばいいのか分からなかった。あの三人程度なら、俺が出るまでもなかっただろう。
それでも、見ているだけというのは、なんとなく嫌だった。
*
街の中心には、古い城があった。驚いたことに、門で止められることもなく中へ通された。話は先に通っていたらしい。
エリシアは何も気にしていない。勝手が分からないのは俺だけで、黙ってそのあとをついていく。
通されたのは謁見の間だった。俺たちが入るなり、玉座から立ち上がった男がエリシアを見て固まる。四十がらみの、実直そうな王だ。その顔から、みるみる血の気が引いていった。
「……本当に」
王の声は震えていた。
「本当に、変わっておられない」
エリシアは少し首をかしげ、その顔を見た。
「あなたは、大きくなったね」
「……二十七年経ちましたから」
俺は思わず二人を見比べた。
二十七年。
王はどう見ても四十の男で、エリシアは俺より年下に見える。
計算が合わない。
*
王は、二十七年前のことを話し始めた。
詳しくは語らなかった。あのとき、エリシアに救われたのだと、何度も頭を下げた。
「あのときも、あなたは突然いらした」
「……そうだった?」
「覚えておられませんか」
「ごめん。あまり」
王は、少し寂しそうに笑った。
「いえ。あなたにとっては、それほど多くあったことなのでしょう」
俺は、その言葉をうまく呑み込めなかった。王にとっては、二十七年経っても忘れられない出来事だ。それをエリシアは、ほとんど覚えていない。
王はもう一度頭を下げ、それから申し出た。
「せめて、ここから先は我が国の兵を。護衛でも荷でもなんなりと」
「必要ない」
エリシアはすぐに答えた。
「しかし――」
「人が増えると、守るものが増えるから」
言い方にとげはなかった。本当に、それだけの理由らしい。
俺は昼間のことを思い出した。行商人一人のために腕を差し出した人だ。兵を連れていけば、きっとその兵まで守ってしまうのだろう。
「気持ちだけもらっておく。三人でいい」
それで話は終わった。
*
その夜、俺はなかなか寝つけなかった。二十七年。合わない年齢。国が一つ、二十七年経っても忘れていない出来事。エリシアのことを、俺はやっぱり何も知らない。
それよりも、王とのやり取りがずっと頭に残っていた。兵はいらない。荷もいらない。あれだけ差し出されたものを、エリシアは一つも選ばなかった。
強いから一人でやれる、というのは分かる。けれど、この人はいつも、そうしてきたんだろうか。
そんなことを考えながら、何度も寝返りを打った。




