↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/55

第3話 小さな戦闘、放っておけない

 異変は、昼過ぎに起きた。


 道の先で悲鳴が上がった。目を向けると、荷車のそばで行商人らしい男とその連れが、腰を抜かして座り込んでいる。


 その前に、黒い獣がいた。


 犬とも狼ともつかない、影のような四つ足。口の裂けた顔に、赤い目が三つある。


「……眷属」


 隣で、シルフィが息を呑んだ。


「化身の眷属です」


 その言葉とほぼ同時に、エリシアが剣を抜いた。


「下がってろ!」


 俺も剣を抜いて前へ出た。護衛の務めは、まず対象を――エリシアを守ることだ。そう思った次の瞬間だった。


 風が俺を追い越した。


 エリシアだった。


 いつ動いたのか見えなかった。気づいたときにはもう行商人の前に立ち、獣と震える男たちのあいだに細い体を割り込ませている。


 獣が跳んだ。エリシアは避けず、後ろの行商人をかばったままその一撃を腕で受けた。鈍い音がした。それでも退がらず、片手を獣の首へ伸ばす。


 何をどうしたのかも分からないうちに、黒い獣は地に崩れ、影のように薄れて消えていた。


 あとには、静けさだけが残った。


*


「た、助かった……ありがとうございます、ありがとうございます!」


 行商人が、地面に額をつけそうな勢いで頭を下げた。エリシアはそれを見下ろし、少しのあいだ黙っていた。


「もう、大丈夫」


 それだけ言って背を向ける。礼を待つでも、名乗るでもない。道端の石でもどけたような顔で、その場を離れようとした。


 俺はその背中を見て、ようやく我に返った。


 守るべき相手を、守り損ねた。


 いや――そもそも、この人は守られる側なのか?


「エリシア」


 思わず呼び止めた。さっき獣の一撃を受けた腕は、上着の袖が裂けて血が滲んでいる。


「怪我してるだろ」


 エリシアは自分の腕をちらりと見た。


「これくらいなら、動ける」


 そう言って、また歩き出そうとする。


 俺は言葉が出なかった。見ず知らずの行商人のためには真っ先に飛び出して、腕まで差し出した。それなのに、自分の傷にはやっぱり頓着しない。


*


「エリシア、腕!」


 シルフィが駆け寄ってきた。


「大丈夫?」


「これくらいなら、平気」


「ほんと?」


「うん」


 シルフィは傷を覗き込んだが、それ以上は言わなかった。代わりに俺を振り返り、得意げに胸を張る。


「エリシア、すごいでしょ! 言ったじゃないですか。エリシアがいれば大丈夫だって!」


「……ああ」


 曖昧に頷いた。強いのは間違いない。話に聞いた以上だ。けれど、歩き出したエリシアの背中を見ながら、俺はもう一度、裂けた袖に目をやった。


「待て。先に手当てする」


「放っておけば、治る」


「治るかどうかは、聞いてない」


 エリシアが振り返った。少しだけ、不思議そうな顔をしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。