第37話 「……おいしい」
朝、目が覚めた。
天井はいつもと同じで、カーテンの隙間から朝の光が細く差している。身体を起こそうとして、少し戸惑う。
妙に、すっきりしている。
身体の奥にいつもある重さが、今朝は薄い。マナが抜けていくときの、あの倦怠感もない。
「なんだろう」
理由は分からなかった。なんとなく、頬に手をやる。そこに何かあるわけでもないのに、しばらく触れたままでいた。
昨夜、夢を見た気がする。けれど、それがどういう夢だったのか、もうほとんど溶けてしまっている。
上掛けをどけて、床に足を下ろす。立ち上がっても、目の前は揺れなかった。侍女に身支度を整えてもらい、朝食へ向かった。
*
食堂は、もう明るかった。家族はそれぞれ席についていて、挨拶を交わしてから私も座る。
いつもの朝食だった。焼いたパンと、卵と、野菜のスープ。特別なものは何もない。スプーンを取って、スープを一口すくう。
口に運んだところで、手が止まった。スプーンを下ろしかけたまま、動けない。
もう一度スープを見ても、何ということもない、いつものスープだった。ゆっくりと、確かめるようにもう一口含む。
温かい。
舌の上にじんわりと広がって、それから、塩気。野菜の、少し甘いような味。
「これ」
声が漏れる。
「エリシア?」
アデリナがこちらを見たが、私は答えずに、もう一度スプーンを口に運んだ。やっぱり、味がする。
「……おいしい」
自分の声を聞いて、スープへ目を落とした。
アデリナが、スプーンを置いた。
「味が、するの?」
「うん」
目を上げないまま答えた。ほかには、何も言えなかった。
アデリナも、それ以上は聞かなかった。ヴァンデルが一度こちらを見た。ヴィクトルも、マリアも黙っている。
もう一口すくった。
温かいものが喉を通っていく。
「……昨日、よく眠れた」
誰にともなく、そう言った。
パンをちぎって、口に入れる。少し香ばしくて、噛むとほんのり甘かった。
私はもう一度、スープをすくった。




