第36話 女神の夢
その日は、特に変わったことのない一日だった。
昼のあいだに少し庭を歩き、疲れてしばらく横になる。夕方、一度だけ窓の外が気になったが、それきりだった。ガルフォードもシルフィもいない。夜の補給は教わったとおり瓶のマナで済ませ、侍女が灯りを落とせば、部屋はいつもの暗さに戻る。
目を閉じると、じきに眠りが来た。
*
光のある場所だった。
どこなのかは分からない。壁も天井もなく、床があるのかも定かではない。ただ、暗くはなかった。輪郭のぼやけた明るさの中に、私は立っている。
少し離れたところに、女の人がいた。
誰なのかは分からない。それなのに、どこかで会ったことがあるような気がする。理由は思い出せないまま、知っている、と身体のほうが先に感じていた。
女の人は、私を見ている。やがてこちらへ歩いてきて、名乗りも、何かを尋ねることもなく、私の前で足を止めた。
手が伸びてきて、私の頬に触れた。
温かかった。指先の、その温度だけが、はっきりと分かる。
「もう大丈夫」
女の人はそう言って、私を見たまま、もう一言だけ続けた。
「あなたの時間を生きなさい」
意味は、よく分からなかった。
何か言おうとしたけれど、言葉が出てこない。
女の人は、それでいいというように頬から手を離した。長くはとどまらず、来たときと同じ明るさの中へ遠ざかっていく。
引き止めることも、追うこともしなかった。
光が、少しずつ薄れていった。




