第29話 裂け目の中で起きたこと
その朝も補給を済ませてから、朝食をとった。
制服に着替え、剣を帯びる。久しぶりに袖を通す制服は新しくあつらえられたが、剣だけは昔から使ってきたものだ。
出仕の前に、エリシアの部屋へ寄る。
部屋へ戻ったばかりだというのに、エリシアはもう寝台に横になっていた。
「眠いのか」
「……少し」
「今日はゆっくりしておけよ」
「分かってる」
本当に分かっているのかは、怪しいものだ。
「行ってくる」
「……いってらっしゃい」
俺は屋敷を出た。
*
王城は、変わっていなかった。
門をくぐると、見覚えのある顔とすれ違った。相手のほうが先に気づき、足を止める。
「……ガルフォードか?」
「ああ」
相手は俺の顔の傷と、白く抜けた髪に目をやったが、それ以上は何も言わない。俺も、立ち話をする気はなかった。
通されたのは、いつもの詰所ではない。裂け目の中から戻った唯一の人間として、報告を求められている。部屋には国王と数人の重臣、魔法研究所の者たちが集まり、その中にメルキテウスの姿もあった。
問われるまま、裂け目の中で見たことを話した。
「飛び込んだあと、足の下から地面が消えました。上も下も分かりません。光と闇が凄まじい速さで流れていて、身体もその流れに巻き込まれました」
「その女性は、どこにいた」
重臣の一人が聞いた。
「闇の中です。流れに運ばれて、渦の底へ引きずられていました」
「引き上げたのか」
「手が届きませんでした」
一度、言葉を切る。
「そのとき、それまでとは違う光が差しました。白い光です。その中に、女がいました」
何人かが顔を見合わせた。
「女がエリシアを闇から引き離して、こちらへ手を伸ばさせました。その手を、掴みました」
国王がわずかに顎を引き、先を促した。
「そのあと、女は闇のほうへ向かいました。崩れかけた手を取って――その闇を、ヴォイド、と呼びました。それから二つの姿は、光の中に消えました」
それまで黙って聞いていたメルキテウスが、初めて顔を上げた。
「……アストレイアかもしれん」
「誰です」
「古い神話に出てくる女神じゃ」
「どういう?」
「今では記録にしか残っておらん。星の女神と、その傍らにいた神。……やがて片方が、闇へ堕ちた、と」
「堕ちたほうは、どうなったんです」
「アストレイアが封じた、と伝わっておる」
「……そのとき、女神も共に封印の内へ残ったそうじゃ」
それ以上、メルキテウスは言わなかった。
「……アストレイア」
口に出してから、引っかかった。
「……星」
「なんじゃ?」
樹海へ行く前の夜、エリシアが当たり前のように言っていた。明日の夜はアストレイアの星が出るから、と。
「アストレイアの星の話を、エリシアから聞いています」
「星?」
「五十年に一度、出る星だと。その夜は、力が使えなくなると言っていました」
メルキテウスは、しばらく黙っていた。
「……偶然では、ないかもしれんな」
それきり、その話は途切れた。




