第28話 家へ帰る
馬車が門をくぐり、屋敷の前で止まった。久しぶりに見る屋敷は、記憶のままだった。ダームベルグを発つ前に、帰ることだけは手紙で知らせてあった。表の階段の前には、家の者が何人か出ている。
俺は先に降り、エリシアに手を貸した。長旅がこたえたのか、地面に足をつけたところで少し足もとが揺れる。
「エリシア、大丈夫か?」
「うん。少し疲れただけ」
手を添えたまま顔を上げると、扉の前にいた母と目が合う。母は、しばらく動かなかった。
やがてこちらへ歩いてきて、俺の前に立つ。左の眉の上の傷から、黒髪に走る白い一筋へと目が動く。
「……ガルフォード」
「ただいま戻りました」
「生きているなら、もういいわ」
母の手が俺の腕をつかんだ。少しだけ力がこもり、すぐに離れる。
そこでようやく、俺のそばにいるエリシアへ目を移した。
「こちらはエリシア。俺の婚約者です」
「エリシアです。お世話になります」
「まあ。……よく来てくださったわね」
母はエリシアのそばへ寄ると、顔色を確かめるように覗き込んだ。
「長旅で疲れたでしょう。まずは中へ入りましょう」
階段の上から、父が下りてくる。
「帰ったか」
「……はい」
父は俺の顔を見て、それから旅装に目をやった。
「なら、まず着替えてこい。話はそれからだ」
「分かりました」
出迎えの中に、ルーカスの顔が見当たらない。
「ルーカスは?」
「王立学校よ。去年から通い始めたの。夕方には帰ってくるわ」
「そうですか」
俺が家を出た頃は、まだ子どもだった。
*
自室へ戻り、置いたままになっていた服に着替えようとした。上着に腕を通したところで、肩が引っかかる。そのまま引き下ろそうとしても、やはりきつい。
「……」
諦めて脱ぎ、侍従に別の上着を用意してもらった。
階下へ戻ると、兄のヴィクトルと、兄嫁のマリアが来ていた。兄は俺を見るなり、上から下まで眺める。
「……お前、でかくなってないか?」
「なってません」
「いや、なってるだろ」
「兄上が縮んだんじゃないですか」
「帰って早々それか」
兄は笑って、俺の肩を軽く叩いた。
「積もる話は後だ。俺は明日も仕事がある」
そのあいだ、エリシアは少し離れたところで、俺と兄を交互に見ていた。
「どうした」
「別に」
そう言いながら、また兄のほうへ目をやる。
「兄弟なのね」
「そうだが」
「あんまり、似てないね」
「昔からよく言われる」
「おい」
兄が眉を寄せる横で、マリアが小さく笑った。
*
それから、家族にエリシアのことを話した。同じ屋敷で暮らす以上、隠しておくわけにはいかない。父と母、それに兄夫婦が席に着き、エリシアは俺の隣に座っている。
「エリシアは、これまで化身と戦っていた人物です」
家族の顔を、順に見た。
「世間で『不死の星』と呼ばれていたのは、エリシアです」
母が目を見張った。
「……あの、不死の星?」
「はい」
兄も黙ったまま、エリシアへ目を向ける。
「そのことは、外には出さないでほしい」
「分かった。必要な者以外には知らせない」
父が短く答え、俺は身体のことに話を移した。
「今はもう、不死ではありません。急に普通の身体に戻ったせいで、体調も安定していません。マナも、まだ完全には身体に留まらないんです」
「マナが、留まらない?」
母が聞き返した。
「少しずつ身体の外へ抜けています。足りなくなると、立っていられなくなります。だから、減りきる前に外から補っています。俺がいるときは、俺から直接マナを渡しています。朝と昼、それから寝る前に。いないときは、これを使ってください」
小瓶をテーブルに置いた。
「研究所から預かっている、瓶詰めのマナです。なくなれば、補充してもらえます」
マリアがエリシアに尋ねた。
「具合が悪くなる前に、自分で分かるものなの?」
「だいたいは」
「当てにしないほうがいい」
俺が言うと、エリシアがこちらを向いた。
「ガルフォード」
「大丈夫だと言って、そのまま動けなくなる」
「……そういうことも、あるけど」
「ある」
母がエリシアに向き直った。
「食事は、召し上がれるの?」
「食べられます。味は、まだ分からないけれど」
「そうなのね」
母はそれ以上聞かず、小さくうなずいた。それから俺のほうを見る。
「瓶のことは、侍女たちにも伝えておきましょう。あなたがいないときに困らないように」
*
話が終わる頃には、外も暗くなり始めていた。廊下へ出たところで、制服姿の少年と鉢合わせた。
「……兄上?」
「ルーカスか」
最後に見たときより、背がだいぶ伸びている。
「いつ帰ったんですか」
「昼過ぎだ」
ルーカスは俺の顔を見て、それから白く抜けた髪の筋に目を留めた。
「……ずいぶん変わりましたね」
「お前もな」
横にいたエリシアを紹介する。
「俺の婚約者のエリシアだ」
「初めまして。ルーカス・アインベルグです」
「エリシアです。よろしく」
ルーカスはきちんと頭を下げた。
「兄上、本当に婚約したんですね」
「どういう意味だ」
「いえ、別に」
そう言って、ルーカスは自分の部屋へ戻っていった。エリシアも疲れが出たのか、母と居間で少し休むことになり、廊下には父と俺が残った。
「騎士には戻るのか」
「そのつもりです」
「そうか」
父はそれ以上聞かず、書斎のほうへ歩いていった。
*
その夜、侍女がエリシアを部屋へ案内し、母と俺もあとについていく。二階の一室の前で、侍女が扉を開けた。
「こちらが、エリシア様のお部屋になります」
「ありがとう」
エリシアは部屋の中を見回してから、こちらを振り返った。
「じゃあ、寝るときはガルフォードの部屋に行けばいいのね」
侍女の手が止まり、俺もすぐには言葉が出なかった。
「……夜中に具合が悪くなることもあるからな」
母は、からかうふうもなくうなずく。
「そうね。そのほうが安心でしょう」
「分かった」
エリシアはそれで納得したらしく、また部屋の中へ目を戻した。
侍女が荷を運び入れ始める。屋敷の中を、まだ人が行き来していた。




