↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/55

第28話 家へ帰る

 馬車が門をくぐり、屋敷の前で止まった。久しぶりに見る屋敷は、記憶のままだった。ダームベルグを発つ前に、帰ることだけは手紙で知らせてあった。表の階段の前には、家の者が何人か出ている。


 俺は先に降り、エリシアに手を貸した。長旅がこたえたのか、地面に足をつけたところで少し足もとが揺れる。


「エリシア、大丈夫か?」


「うん。少し疲れただけ」


 手を添えたまま顔を上げると、扉の前にいた母と目が合う。母は、しばらく動かなかった。


 やがてこちらへ歩いてきて、俺の前に立つ。左の眉の上の傷から、黒髪に走る白い一筋へと目が動く。


「……ガルフォード」


「ただいま戻りました」


「生きているなら、もういいわ」


 母の手が俺の腕をつかんだ。少しだけ力がこもり、すぐに離れる。


 そこでようやく、俺のそばにいるエリシアへ目を移した。


「こちらはエリシア。俺の婚約者です」


「エリシアです。お世話になります」


「まあ。……よく来てくださったわね」


 母はエリシアのそばへ寄ると、顔色を確かめるように覗き込んだ。


「長旅で疲れたでしょう。まずは中へ入りましょう」


 階段の上から、父が下りてくる。


「帰ったか」


「……はい」


 父は俺の顔を見て、それから旅装に目をやった。


「なら、まず着替えてこい。話はそれからだ」


「分かりました」


 出迎えの中に、ルーカスの顔が見当たらない。


「ルーカスは?」


「王立学校よ。去年から通い始めたの。夕方には帰ってくるわ」


「そうですか」


 俺が家を出た頃は、まだ子どもだった。


*


 自室へ戻り、置いたままになっていた服に着替えようとした。上着に腕を通したところで、肩が引っかかる。そのまま引き下ろそうとしても、やはりきつい。


「……」


 諦めて脱ぎ、侍従に別の上着を用意してもらった。


 階下へ戻ると、兄のヴィクトルと、兄嫁のマリアが来ていた。兄は俺を見るなり、上から下まで眺める。


「……お前、でかくなってないか?」


「なってません」


「いや、なってるだろ」


「兄上が縮んだんじゃないですか」


「帰って早々それか」


 兄は笑って、俺の肩を軽く叩いた。


「積もる話は後だ。俺は明日も仕事がある」


 そのあいだ、エリシアは少し離れたところで、俺と兄を交互に見ていた。


「どうした」


「別に」


 そう言いながら、また兄のほうへ目をやる。


「兄弟なのね」


「そうだが」


「あんまり、似てないね」


「昔からよく言われる」


「おい」


 兄が眉を寄せる横で、マリアが小さく笑った。


*


 それから、家族にエリシアのことを話した。同じ屋敷で暮らす以上、隠しておくわけにはいかない。父と母、それに兄夫婦が席に着き、エリシアは俺の隣に座っている。


「エリシアは、これまで化身と戦っていた人物です」


 家族の顔を、順に見た。


「世間で『不死の星』と呼ばれていたのは、エリシアです」


 母が目を見張った。


「……あの、不死の星?」


「はい」


 兄も黙ったまま、エリシアへ目を向ける。


「そのことは、外には出さないでほしい」


「分かった。必要な者以外には知らせない」


 父が短く答え、俺は身体のことに話を移した。


「今はもう、不死ではありません。急に普通の身体に戻ったせいで、体調も安定していません。マナも、まだ完全には身体に留まらないんです」


「マナが、留まらない?」


 母が聞き返した。


「少しずつ身体の外へ抜けています。足りなくなると、立っていられなくなります。だから、減りきる前に外から補っています。俺がいるときは、俺から直接マナを渡しています。朝と昼、それから寝る前に。いないときは、これを使ってください」


 小瓶をテーブルに置いた。


「研究所から預かっている、瓶詰めのマナです。なくなれば、補充してもらえます」


 マリアがエリシアに尋ねた。


「具合が悪くなる前に、自分で分かるものなの?」


「だいたいは」


「当てにしないほうがいい」


 俺が言うと、エリシアがこちらを向いた。


「ガルフォード」


「大丈夫だと言って、そのまま動けなくなる」


「……そういうことも、あるけど」


「ある」


 母がエリシアに向き直った。


「食事は、召し上がれるの?」


「食べられます。味は、まだ分からないけれど」


「そうなのね」


 母はそれ以上聞かず、小さくうなずいた。それから俺のほうを見る。


「瓶のことは、侍女たちにも伝えておきましょう。あなたがいないときに困らないように」


*


 話が終わる頃には、外も暗くなり始めていた。廊下へ出たところで、制服姿の少年と鉢合わせた。


「……兄上?」


「ルーカスか」


 最後に見たときより、背がだいぶ伸びている。


「いつ帰ったんですか」


「昼過ぎだ」


 ルーカスは俺の顔を見て、それから白く抜けた髪の筋に目を留めた。


「……ずいぶん変わりましたね」


「お前もな」


 横にいたエリシアを紹介する。


「俺の婚約者のエリシアだ」


「初めまして。ルーカス・アインベルグです」


「エリシアです。よろしく」


 ルーカスはきちんと頭を下げた。


「兄上、本当に婚約したんですね」


「どういう意味だ」


「いえ、別に」


 そう言って、ルーカスは自分の部屋へ戻っていった。エリシアも疲れが出たのか、母と居間で少し休むことになり、廊下には父と俺が残った。


「騎士には戻るのか」


「そのつもりです」


「そうか」


 父はそれ以上聞かず、書斎のほうへ歩いていった。


*


 その夜、侍女がエリシアを部屋へ案内し、母と俺もあとについていく。二階の一室の前で、侍女が扉を開けた。


「こちらが、エリシア様のお部屋になります」


「ありがとう」


 エリシアは部屋の中を見回してから、こちらを振り返った。


「じゃあ、寝るときはガルフォードの部屋に行けばいいのね」


 侍女の手が止まり、俺もすぐには言葉が出なかった。


「……夜中に具合が悪くなることもあるからな」


 母は、からかうふうもなくうなずく。


「そうね。そのほうが安心でしょう」


「分かった」


 エリシアはそれで納得したらしく、また部屋の中へ目を戻した。


 侍女が荷を運び入れ始める。屋敷の中を、まだ人が行き来していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。