第25話 マナ補給
さっきまで泣いていたのが嘘のように、シルフィは研究の話をするときの顔つきになった。
「エリシアの身体から、マナが流れ続けてるの」
すぐには、意味が飲み込めなかった。
「化身が消えたことで、エリシアを不老不死にしていた術そのものが崩れたんだと思う。師匠も、そう考えてる」
エリシアは驚いた様子もなく聞いていた。メルキテウスから、いくらか聞いていたのかもしれない。
「じゃあ、今は」
「うん。不死の状態には、戻ってない」
エリシアは少し黙って、自分の左手を見た。
「……だから、あの傷、すぐに消えなかったのね」
「マナを外から入れても、全部は留まらなくて、少しずつ外へ流れていくの。根本から止める方法は、まだ分かってない」
「……治らないのか?」
「今のところは。だから当面は、流れていく分を外から補給しながら暮らしていくことになります。補給すれば一時的には楽になりますが、やめればまた減っていきます」
補給、という言葉が耳に残った。マナなら、俺の中にも流れている。剣を振る瞬間に巡らせ、刃に乗せてきた。
あれを、外へ出せるなら。
「なら、俺のマナを渡せばいいのか」
口に出すと、シルフィがこちらを見た。
「……できるんですか、ガルフォードさん」
「分からない。人に渡したことはない」
壁にもたれていたスレンが、横から口を挟んだ。
「巡らせ方なら仕込んだ」
「でも」
シルフィが、少し言いにくそうに続けた。
「人のマナは、身体の外に出すとすぐに散るんです。手で触れるくらいだと、渡すそばから逃げていって、たぶん足りません」
「なら、どうする」
シルフィは一度口を閉じてから、言った。
「……いちばん効率がいいのは、粘膜を介した接触です。要するに――口から、直接」
部屋が、しんとした。
「……口移し、ということか」
「それで、補給できるの?」
エリシアが、いつもと変わらない顔で聞いた。
「う、うん。理屈のうえでは、いちばん効率がいいはず」
「なら、いいけれど」
エリシアはそれきり何も言わず、代わりにスレンがちらりと俺を見た。
シルフィが話を先へ進める。
「私のマナなら、瓶に詰めて置いていけるよ」
「でも、それはいざというときのために取っておいたほうがいいかな。普段の補給は、ガルフォードさんから」
「……ああ」
「じゃ、私は瓶に詰めてくる。スレン、荷物持ってきて」
「あの重いの、全部瓶か」
「そうだよ」
「何本持ってきたんだよ……」
スレンがぼやきながら、シルフィのあとについていく。扉のところで、シルフィが振り返った。
「とりあえず、朝と昼と、寝る前。一日三回くらいから、様子を見ましょう」
そう言い置いて、二人は部屋を出ていった。
*
部屋に、俺とエリシアだけが残った。
何を話すでもなく、間があく。俺は水差しの水を替えるふりをして、窓のほうを向いていた。
しばらくして、椅子が小さく鳴った。振り返ると、エリシアが肘掛けに手をついて立ち上がろうとしている。
「少し、休む」
寝台へ向かいかけたところで、身体が傾いた。
「エリシア!」
水差しを置いて、とっさに腕を伸ばす。腕の中で、呼吸が浅くなっていた。
「……大丈夫」
「大丈夫じゃないだろ」
そのまま抱き上げて寝台まで運び、横抱きにしたまま縁に腰を下ろした。
さっきのシルフィの話が、頭をよぎった。今が、そのときなのだろう。
少しためらってから、顔を寄せる。
唇が触れた。
身体の奥でマナを巡らせ、剣に乗せるときと同じ要領で、触れたところへ集めて送り込む。温かいものが、エリシアの内側へ流れ込んでいく。そのいくらかが留まりきらず、外へ逃げていくのも分かった。
治療だ、と自分に言い聞かせる。それでも、心臓がやけに速く打っていた。
もう十分だろうというところで顔を離すと、エリシアの頬に少し赤みが戻っていた。呼吸も、落ち着いている。
「……どうだ」
「さっきより、楽かも」
腕の中から、エリシアがこちらを見上げた。
「ガルフォード、ありがとう」
返事が、一拍遅れた。
「……ああ」
目を逸らして、エリシアを寝台に横たえた。
エリシアは枕に頭を預ける。
俺は水差しのそばへ戻り、まだ半分残っていた水を、意味もなく替えた。




