第23話 夜明けのバルコニー
その夜は、眠れなかった。
目を閉じても、意識だけが冴えている。目を覚ましてから自分が何をしていたのか、順に思い出そうとして、やめた。しばらくして身体を起こすと、窓の外はまだ暗い。部屋の外へ出たくなって、壁づたいに扉まで歩く。
廊下の石の床は、素足に冷たかった。何歩か進んだところで足に力が入らなくなり、壁に背を預けて座り込む。そのまま、動けなかった。
向こうから、燭台の明かりが近づいてくる。アルベリクは私の前で足を止め、こちらを見下ろした。私は、先に口を開いた。
「歩けると思ったの」
アルベリクは私を見たまま小さく息をつき、燭台を窓辺に置いて身をかがめた。
「……行きましょうか」
そのまま、私を抱き上げる。
「自分で歩ける」
「ええ。元気になったら、そうしてください」
アルベリクは、廊下の突き当たりのバルコニーへ出た。外はまだ暗く、東の空の際だけがうっすらと白み始めている。
夜のあいだに冷えた石と、土の匂いがした。
眼下には、町が広がっていた。低い丘がいくつも連なり、その裾に畑がある。暗がりの中に、家々の屋根が並んでいた。
「二十七年前、この辺りは焼けました」
アルベリクが、私を抱えたまま言った。
「そうね」
町が焼けたことは、覚えていた。
「これが、あなたが救った世界です」
丘の向こうから朝日が昇り、畑が端から明るくなっていく。
あちこちで、人が動き始めた。鍬を担いで畑へ下りていく男。井戸で水を汲む女。家々の煙突から、細い煙が上がり始めた。
道を行く人が少しずつ増えてきた頃、アルベリクが口を開いた。
「セドリックが、あれこれ世話を焼いているでしょう」
「……別に。助かってる」
「あの子は、母親を早くに亡くしているんです」
それからアルベリクは、とりとめのないことを話した。今年は畑の実りがいいこと。城の屋根がまた傷んで、そろそろ直さねばならないこと。セドリックが近ごろ、分厚い本ばかり読みたがること。
私は時々うなずき、短く返した。その返事が、だんだん遅れていく。アルベリクの声が遠くなり、途中から何を話しているのか追えなくなった。
「それで、この間もセドリックが――」
言いかけて、アルベリクの声が止まった。
「……寝ましたか」
答えられなかった。
「こうしているところを彼に見られたら、私は怒られそうですね」
小さく笑う気配がした。
「おやすみなさい、エリシア」




