第1話 招集と初対面
化身が、目を覚ました。二十七年ぶりだという報せは、王都でもごく一部にしか届かなかった。
騎士団の上官に呼び出されたのは、その翌日のことだ。人払いをした部屋で、上官はいつになく声を落とした。
「魔法研究所から連絡が入った。化身に動きがあったそうだ」
「……化身」
名前だけは知っていた。ずっと昔の災厄の呼び名で、何十年かに一度世を騒がせる、半分は伝承のようなものだ。それが実在するらしい。
「二十七年前にも現れた。同じものだ、と研究所は言っている」
「同じもの、ですか」
「そのときも研究所が対処した。今回も同じだ」
それ以上は、上官も知らないようだった。あるいは、知っていて言わないのか。
俺は若い。大きな戦いに名を連ねられるなら悪い気はしない。そう思って次の言葉を待ったが、続いた命令は妙に限定的だった。
「言っておくが、今回は討伐じゃない。調査だ」
「調査、ですか」
「研究所も、まだ完全に目覚めたとは決めかねているらしい。前回から二十七年あまり。これまでよりずいぶん短い。だから、まず確かめに行くそうだ」
「はあ」
「研究所から人員が出る。お前の仕事は一つだ。対象を目的地まで送り、そして――無事に連れ帰れ」
余計な詮索はするな、と上官は付け加えた。見聞きしたことも口外するな、と。
物々しくはなかったが、腑には落ちなかった。何か大きなことが起きているのに、俺にはほとんど何の説明もない。研究所には研究所の事情があるのだろうと、そのくらいに思うことにした。
召集された先は、王都の外れにある魔法研究所だった。案内された部屋には、長い耳をした、しわだらけの老人が一人いた。エルフの研究者だという。
「ガルフォード・アインベルグです。此度、護衛を仰せつかりました」
努めて折り目正しく名乗ると、老人は値踏みするように俺を見た。
「ふむ。お前さんが今回の護衛か」
名を、メルキテウスといった。老人はそのまま、部屋の奥へ声をかけた。
「エリシア。出てこい。紹介するものがおる」
現れたのは、少女だった。
十八歳くらいだろうか。薄い金色の髪に、青い目。整った顔立ちをしているのに、その目はどこも見ていないようだった。俺のことも、老人のことも、映していない。
(……この娘が?)
思わず老人を見る。護衛と言ったはずだ。守るべき相手は、この細い娘なのか。
「……この人?」
少女が俺を見た。歳は下に見えるのに、その一言はやけに上から響いた。
「それで、出発はいつ?」
挨拶も、名乗りもない。俺が戸惑っているうちに、老人がそばにいたもう一人へ目をやった。
「シルフィ。お前が紹介してやれ」
「はーい!」
元気な声とともに、小柄なエルフの娘が前へ出て、ぴょこりと頭を下げた。こちらは見るからに若い。
「わたし、シルフィっていいます! メルキテウスさんのお弟子で、エリシアの道中のお世話係です! よろしくお願いします!」
それから少女のほうを振り返り、胸を張った。
「で、こっちがエリシア! すっごく強いんだよ。今回の化身もエリシアがいれば大丈夫!」
「……歳は」
つい、口をついて出た。どう見ても俺より年下なのに、それが「大丈夫」と言われる相手だというのが、どうにも呑み込めなかった。
シルフィは、にっこり笑って人差し指を立てた。
「それは、内緒でーす!」
「内緒?」
「はい! 内緒です!」
それ以上は何も言わなかった。エリシアも会話に加わることなく、窓の外を見ている。
どこを見ているのかは、分からなかった。
*
メルキテウスが羊皮紙を広げた。化身の現れた場所と、そこまでの道筋が赤い線で引かれている。
「前回から、二十七年か」
地図へ目を落としたまま、メルキテウスが呟いた。
「少し、早いのう」
エリシアが窓から目を離した。
「そうね」
「まだ、目覚めきっておらん可能性もある。まずは様子を見るしかあるまい」
エリシアは、しばらく地図を見ていた。
「……ようやく」
小さく、そう言った。
何のことだか、俺には分からなかった。喜んでいるようにも、怯えているようにも見えない。
「それじゃ、行こうか」
エリシアは立ち上がると、俺の返事も待たずに歩き出した。
なんなんだ、この人は。
そう思いながら、その細い背中を追って部屋を出た。




