第18話 決戦、裂け目へ
最深部へ入った瞬間、エリシアが走り出した。
左右の暗がりから眷属が飛び出してくる。左から来た一体を俺が斬り、反対側の二体をスレンが引き受けた。一体を叩き落とし、そのまま返す刃でもう一体を裂く。前を塞ぐものだけを俺が押しのけると、エリシアは速度を落とさずに抜けていった。
声を掛け合う必要はなかった。スレンが右へ出れば俺は左へ回り、俺が踏み込めばその背後をスレンが埋める。エリシアは剣を振ることもなく、真っ直ぐ奥へ走っていく。最後の一体を斬り伏せると、通路が終わった。
広い場所に出た。天井がどこにあるのかも、壁がどこまで続いているのかも分からない。足元だけが硬かった。その中央に、闇があった。人の形をしているように見えたが、目を凝らすほど輪郭がぼやけていく。
エリシアが足を止め、剣を構えた。闇も動かず、しばらく向かい合っていた。次の瞬間、光と闇がぶつかった。その動きは、目で追えなかった。
エリシアの剣が闇を裂くたび、白い粒が弾けて散る。化身が腕を返し、エリシアの肩を貫いた。だが傷から何かがこぼれるより先に光が集まって、裂けた場所が塞がっていく。エリシアは止まらない。また踏み込み、また斬る。化身も崩れた輪郭を戻して、同じように手を伸ばす。
肩が裂ける。塞がる。脇腹を貫かれる。戻る。それでも、また踏み込む。
剣を握ったまま動けずにいたはずが、足だけが一歩前へ出た。
「だめ!」
シルフィの声が飛んだ。
「今入ったら、エリシアの邪魔になる!」
俺は踏みとどまった。止まるしかなかった。五年かけてここまで来て、それでもあの中には入れない。
闇から黒いものが漏れ出して、床を這ってこちらへ来た。狙いは、両手を上げて術式を保ったまま動けないシルフィだった。
「スレン!」
「見えてる!」
二人で前に出て斬り払っても、切り口から溢れたものがそのまま次のかたちになって湧き続け、背後ではシルフィの息が荒くなっていく。
「シルフィ、持つか!」
「……持たせます!」
声は掠れていたが、術式は乱れなかった。
時間の感覚は、とうになくなっていた。エリシアの動きが変わる。これまで届かなかった懐へ体ごと入り、剣が闇の中心に沈んだ。
闇が震えた。かたちが崩れて、内側から光のようなものが漏れ出す。
それで終わったのだと思った。
足元で、乾いた音がした。石が割れる音に似ていたが、割れていたのは石ではない。何もない場所に黒い線が走り、天井のあるはずの高さまで伸びて枝分かれしていく。
「……なにこれ」
シルフィの声が震えた。闇の崩れる速さが上がるほど、線は増えていく。
エリシアは剣を沈めたまま抜かず、もう片方の手を闇へ伸ばした。
「……エリシア?」
シルフィが顔を上げた。
「エリシア、なにして」
返事はなかった。
「待って」
エリシアの足元で線がひときわ大きく走り、闇とエリシアの二人ぶんの空間が、そこだけ剥がれるように歪んだ。
「エリシア!」
「おい、何をする気だ!」
届かなかった。
音もなく、空間が縦に裂ける。向こうは何も見えない。エリシアが闇を抱え込むようにして、その中へ押し込んでいく。自分ごと。脚が、もう半分入っている。
俺が一歩踏み出したとき、エリシアがこちらを見る。何も言わず、ほんの少しだけ笑った。
五年前にも、同じ顔を見ている。
裂け目が縮んでいく。薄い金の髪が光の向こうへ消えて、その姿が見えなくなった。
「エリシア!」
駆け出そうとしたところで、腕を掴まれた。シルフィだった。
「あと少し」
「……何だ」
「それだけ、開けておく」
シルフィは俺の腕から手を離し、両手を裂け目へ向けた。指先が震えている。
「それ以上は、私でも持たないから」
「エリシアを連れて戻る」
「当たり前でしょ!」
シルフィはこちらを見もしなかった。泣いてはいなかった。
裂け目の縁が細く光り始める。その周りへ、黒いものが集まってくる。シルフィの背後にも、また一体が迫っている。
俺は一瞬、そちらを見た。
「何してる! 行け!」
シルフィに飛びかかった一体を横から斬り飛ばしながら、スレンが叫んだ。
俺は何も返さず、走った。裂け目の前に立っても、やはり何も見えない。
そのまま、光の向こうへ飛び込んだ。




