第12話 二人旅(ロスト・ヴァンドラへ)
朝、荷を整えているとシルフィが横に来た。エリシアは隊の誰かと話している。
「ガルフォードさん」
「何だ」
「エリシアに、あんまり踏み込まないでくださいね」
「……分かってる」
「エリシア、人に構われるの、慣れてないんです」
それだけ言うと、シルフィは荷物のほうへ戻っていった。
昨夜のことを見られていたわけではないはずだった。それでも、見透かされている気がした。
*
町を出て、北へ向かった。
道はすぐに道でなくなった。木の根が張り出し、落ち葉の下は湿って滑る。地図には、この先の地形は載っていない。
半刻ほど歩いたところで、エリシアの歩調がほんの少し落ちた。昨日までなら、平気だと言われても、休むぞと止めていた。
今日は、何も言わなかった。
代わりに、自分の歩幅を狭めた。前を行く俺が遅くなれば、後ろも遅くなる。それだけのことだ。
沢を渡るところでは、先に濡れた石を渡って足場を確かめた。向こう岸で振り返って待ったが、手は出さなかった。
エリシアは、自分で渡ってきた。
倒木をくぐり、斜面を巻く。先に行っては待つことを、何度か繰り返した。
昼前、少し開けた場所に出たところで、エリシアが足を止めた。
「……急に、変わったね」
「昨日言われたからな」
「そうじゃなくて」
「……何が」
「今日は、静か」
返す言葉が見つからなかった。エリシアはそれ以上何も言わず、また歩き出した。少し遅れて、俺もあとを追う。
「エリシアが、深く関わるなって言ったんだろ」
歩きながら、そう言った。
「関わらなくていい、って言ったの」
「……同じじゃないのか」
「ちょっと違うのよ」
どう違うのか、説明はなかった。エリシアはそれきり前を向いて歩いた。
俺には、よく分からなかった。
*
昼、木陰で休憩を取った。
俺は食料を出し、自分の分の隣にエリシアの分も置いた。それだけして食べ始めた。
エリシアは水筒に手を伸ばしたが、置いた食料にはしばらく手をつけなかった。
前なら、食べないのかと聞いていただろう。腹に何か入れろ、と。何度言っても「必要ない」と返されて、それでも聞いていた。
風が木の葉を揺らし、遠くで鳥が鳴いている。
顔を上げると、エリシアが目をそらすところだった。
俺も、何も言わなかった。
しばらくして、固いパンを割る音がした。
「五年、あそこで何してたの」
エリシアが唐突に聞いた。
「剣を振ってた」
「ずっと?」
「ああ、ほとんど、ずっと」
「……そう」
それきりだった。
どうして五年も剣を振っていたのかまでは、話さなかった。そこまで言えば、昨夜と同じところへ戻ってしまう気がした。
*
夕方近く、エリシアが不意に足を止めた。地面に残った眷属の爪痕を見ている。
「……前より、遅い」
「何がだ」
「化身の力が広がるの」
エリシアは、いつもより長くその痕を見ていた。
*
ロスト・ヴァンドラの入口に着いたのは、日が落ちる少し前だった。
崩れた石段が、地の底へ続いている。見張りはいない。この入口を知っている人間は、そもそも多くない。
「こっちだ」
先に立って階段を降りた。
十段目で右へ折れる。そこから先は光が届かないが、壁に手をつく必要はなかった。何歩で次の角に着くか、体が覚えている。天井が低くなるところでは、考えるより先に頭を下げていた。
背後から、足音がついてくる。振り返らなくても、見られているのは分かった。五年前は、何も知らないまま、エリシアの背中を追っていた。
今は、自分が先を歩き、エリシアはこの道を知らない。それだけのことなのに、なんだか落ち着かなかった。
俺たちは、地の底へ降りていった。




