第10話 女剣士の刺
翌朝、野営地を発った。街道を外れてから、半日が過ぎていた。道は次第に細くなり、今は馬でも進みにくい山道を一列になって歩いている。
エリシアの歩調が、ほんの少し落ちた。
本人に止まる気はないらしい。
「エリシア、少し休むぞ」
「まだ平気よ」
「平気かどうかは、聞いてない」
エリシアが、ちらりと俺を見た。
「……それ、前にも言ってたね」
「覚えてたのか」
「それくらいは」
横から、カタリナが口を挟んだ。
「……ずいぶん過保護なのね」
「そうか?」
カタリナは何も言わず、俺たちを追い越して先へ行った。
*
その日の戦闘では、昨日よりも多くの眷属が現れた。それも散らばらず、いくつもの群れになって押し寄せてくる。
エリシアが隊列を一度だけ見渡した。その目が、ほんの一瞬揺れた。
「散って! 固まらないで!」
エリシアの声が飛んだ。
言われたとおりに動けたのは半分ほどで、残りは互いの動きを見て一歩遅れた。騎士も国軍の兵も冒険者もいるせいで、号令が飛ぶたび隊列が少しずつ乱れていく。
俺は右側を受け持ち、三体まとめて斬り落とした。
群れがじりじりと数を減らしていく。そのとき、一体が戦列を離れて茂みの奥へ走った。
「追うな!」
エリシアが叫んだ。
「これくらい、行ける!」
カタリナは止まらず、そのまま茂みへ駆け込んだ。踏み込んだ途端、物陰に伏せていた別の一体が飛び出し、爪を下から跳ね上げる。逃げた一体は、囮だった。
避ける間はなかった。
そこへ横からエリシアが飛び込み、カタリナの体を抱えて地面へ転がった。直後、爪が二人のいた場所を深くえぐった。
「……っぐ」
「エリシア!」
気づけば走り出していた。
カタリナを狙っていた獣が、もう一度飛びかかる。俺はその前へ入り、振り下ろした剣で斬り伏せた。
倒れた獣の向こうで、エリシアが身を起こした。片手で脇腹を押さえながら、先にカタリナを見る。
「……あなた、怪我は」
「え?」
「爪、当たってない?」
カタリナは、ただエリシアを見返していた。
残った眷属も、ほどなく片づいた。
エリシアは立ち上がると、改めてカタリナへ目を向けた。
「あなたは、何を守るためにここにいるの?」
カタリナは答えなかった。
「ここから先は、自分が強いだけじゃ足りない。それが分からないなら死ぬよ」
エリシアは顔を上げ、周囲を見渡した。
「中途半端な覚悟なら、ここで降りたほうがいい」
誰も、口を挟まなかった。
「あなたにだけ言ってるんじゃない。ここにいる全員に言ってる」
俺はその言葉より、エリシアの手がずっと脇腹から離れないことのほうが気になっていた。言い終わるなり、そばへ駆け寄る。
「エリシア、傷は?」
「平気。歩ける」
「そういうことを聞いてるんじゃない!」
反対側からシルフィも駆け寄ってきた。
「エリシア、脇腹?」
「……うん。ちょっと響いただけ」
「ちょっとじゃないだろ」
二人がかりで体を支えた。
五年前、俺たちの前に立っていた背中は、こんなに細かっただろうか。
少し離れたところで、カタリナがこちらを見ていた。
*
さっきまで、自分があの腕の中にいた。
庇われて倒れたとき、間近で見たエリシアの顔を思い出す。痛みに歪んでいたのに、責める言葉は一つもなく、先に訊かれたのはカタリナの怪我のことだった。
――何を守るためにここにいるの。
カタリナは腰の剣に手を置き、しばらくそのまま立っていた。
やがて、手を離した。
*
その夜、カタリナは焚き火から離れたところで一人、黙って剣を手入れしていた。いつもなら真っ先に俺のそばへ来るのに、来なかった。俺も、声はかけなかった。
翌朝、カタリナは荷をまとめていた。
「戻る」
ほかにも数名が、同じように隊を離れていった。エリシアは小さく頷いただけで、それ以上は何も言わなかった。カタリナも、何かを待っている様子はなかった。
俺は、それを黙って見送った。
聞きたいことは、いくつもあった。そのどれも、カタリナにではなかった。




