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神様、それはスキル付与ではなく権限昇格です  作者: J-AI


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第63章 可能性と呼ぶな

 二本の聖剣が放つ光と闇が、最深核ドームの凍てつく空気を二分していた。


 俺の構える聖剣イグニスから溢れ出す紅蓮の光炎。

 対するEchoの握る折れた漆黒聖剣から立ち上る、青黒い残差のプラズマ。


 切り捨てられた十万の世界線と、四千八百万の死者たちの重み。その天文学的な負債をすべて魂に刻みつけた上で、俺は世界の仕様(ルール)そのものを書き換えてみせると叫んだ。

 だが、Echoの漆黒の切っ先は微動だにせず、冷徹な殺意を俺の眉心へと向けたままだった。


「……勇ましい演説だな、相馬蓮」


 Echoの唇が、冷ややかに歪んだ。


「お前はいつだってそうだ。そうやって口先では全員を救うと叫びながら、結局は自分の手が届く範囲の人間だけを抱え込み、都合の悪い現実はすべてシステムのゴミ箱へ放り投げてきた。……お前の言う『新しいアーキテクチャ』とやらに、最初から神の仕様書にすら載せてもらえなかった者たちの席は、本当にあるのか?」


「何……?」


「分からないか? お前が救おうとしているのは、所詮『人間の王国』だ。神に祝福され、大聖堂の観測プロキシに守られた、都合のいい秩序の内側だけだ」


 Echoが漆黒の柄を強く握り直したその時――。


 ドォォォォン……ッ!!


 ドームの床面を突き抜け、地下深層から大気を揺るがす地響きが轟いた。


***


「……っ、結合魔法の波形が……外部の広域地脈と共鳴している……!?」


 ミラが悲鳴を上げ、自らの細い両腕を抱きしめた。

 ミラの銀髪から放たれる紫紺の光の糸が、ドームの壁面を覆う黒辰石の回路を伝い、ノクタ遺構の外――遥か北方の大地全体へと接続されていく。


「空間の残差層から、巨大な情動の塊が浮上してくるわ……! これは……一人の人間の記憶じゃない……北方の氷雪に埋もれて消された、何百万もの魂の結合体(クラスター)よ……!」


 セラの翠眼が鋭く見開かれ、宝剣の切っ先がドームの入口へと向けられた。


「何が来る……!? 魔導生物か……それとも残差の亡霊か!?」


 ズシン、ズシンと、重厚な金属の足音が闇の奥から響いてきた。


 青黒い霧を切り裂いて姿を現したのは、身の丈を越える巨大な戦斧を担いだ、漆黒の重装甲の巨躯だった。

 荒削りの黒鉄兜の奥から覗く、凍てつくような紅蓮の双眸。

 かつて北方戦線でルミナス王国軍を幾度となく恐怖の底に叩き落とし、ラーナ要塞の攻防で先陣を切っていた北方連合の最高指揮官――。


「……ヴァルク……将軍……!?」


 俺の喉から、驚愕の声が漏れた。


 北方連合の猛将、ヴァルク。

 だが、目の前に立つその巨体は、肉体を持った生身の人間ではなかった。

 輪郭の端々が青白い走査線ノイズで微細に明滅し、空間の情動残差によって編み上げられた『残留思念の巨影』として実体化していた。


「……久しいな、南の勇者」


 ヴァルクの重厚なバリトンが、ドームの空気をビリビリと震わせた。

 その視線は、かつて戦場で相見えた時のような純粋な敵意ではなく、悠久の時間を超えて真実を見届けに来た者のような、深い静寂を湛えていた。


「静定騎士団の小娘も、教会の小娘もおるな。……まさかこのような神の捨て場で、お前たちと顔を合わせることになるとはな」


「ヴァルク……貴様、ラーナの戦いで戦死したはずでは……!?」


 セラが剣を構えたまま、戦慄の声を上げた。


「戦死だと?」


 ヴァルクは低く喉を鳴らして嗤った。


「そうだな。お前たちの記録の上では、俺はラーナの城壁で討ち死にしたことになっているのだろう。……だが、俺の魂は死んではおらん。死ぬことすら許されず、この神のゴミ捨て場(残差層)に沈められたのだ。……お前たちの神が、北方の歴史を丸ごと『なかったこと』にして間引いたからな」


***


 ヴァルクは巨大な戦斧の石突きを、ドームの床へと叩きつけた。


 ガラン、と重い鉄音が響き、床面の星辰回路から無数の光の断片が立ち上った。

 それは、ラーナ北方の廃銀鉱山で出会った老人が語っていた、かつて存在した北方の巨大穀倉都市『ヴェルダ』の繁栄の記憶だった。


 黄金色の小麦畑がどこまでも広がり、風車が穏やかに回り、子供たちが笑い合っている美しい街並み。

 だが次の瞬間、上空に巨大な幾何学模様の魔法陣――神のシステムの剪定プロトコルが展開され、街全体が粗いワイヤーフレームへと分解され、存在確率ゼロの虚無へと消去された。


「……見ろ、勇者」


 ヴァルクが戦斧の刃先で、消え去った街の残響を指し示した。


「ヴェルダだけではない。十年前の『白霜の都』も、三十年前の『霜雪の王国』も……北方の豊かな土地と人々は、すべて神のアーキテクチャによって間引かれた。……なぜか分かるか?」


「……観測計算リソースの、最適化……」


 俺が掠れた声で答えると、オルドが苦痛に満ちた表情で眼鏡の縁を押さえた。


「その通りだ。神の世界(Reatyli )OSは、南の人間圏の繁栄と平穏を最優先パラメータとして設計されている。世界全体の事象計算が飽和に近づくたび、システムは『最も影響の少ない外縁部』――すなわち北方の歴史と人口を優先的にガベージコレクション(強制メモリ解放)してきたのだ」


「……そんな……」


 リナが両手で口を押さえ、後退りした。その瞳から大粒の涙が零れ落ちる。


「神様は……すべての人を平等に愛してくださるはずなのに……! 北の人たちを、最初から間引きの対象として切り捨てていたなんて……!?」


「神の慈悲など、最初から人間圏の都合のいい幻想だ」


 ヴァルクの声が、冷たくドームに響く。


「俺たちがなぜ、雪を噛み、泥をすすりながら南へと進軍したと思う? 富が欲しかったからか? お前たちを皆殺しにしたかったからか? ……違う! 俺たちはただ、生き残りたかったのだ! 南の人間圏と因果を深く結びつけ、大聖堂の観測プロキシに俺たちの存在を無理やりにでも焼き付けなければ、明日には歴史ごと消去されるからだ!!」


 ヴァルクの魂の叫びが、胸を衝いた。


 侵略戦争ではなかった。

 魔王軍の凶行と教え込まれてきた北方の進軍は、世界のメモリから自分たちの実存を消去されないための、必死の「生存権の闘争」だったのだ。


「お前たち南の人間はな――」


 ヴァルクが、俺とセラ、リナを一心に見据えた。


「歴史書に載らなかった俺たちの滅びを、『あり得たかもしれない可能性』という綺麗な言葉で片付ける。『救えなかった悲劇』『選ばれなかった世界線』……そうやって都合のいい言葉で飾って、自分たちの幸福を正当化するのだ」


 ヴァルクの紅蓮の瞳が、激しい怒りと誇りをもって燃え上がった。


「――お前たちは、失敗した世界を『可能性』と呼ぶ。……だが、そこで死んでいった俺たちにとっては、そうではない! そこが唯一の、掛け替えのない、俺たちの生きていた『現実』だったのだ!!」


***


「……っ……」


 セラが、息を呑んだ。

 その顔は蒼白になり、誇り高き静定騎士団長の身体が、かつてないほどの激しい戦慄に震えていた。


「私たちが……命を懸けて守ってきた王国の平和は……北方の無数の命を、神が間引き続けた結果の、偽りの安寧だったというのか……? 私は……私の剣は、他者の生存を奪うための道具に過ぎなかったのか……!?」


 セラの正義が、音を立てて崩壊していく。

 守るべき民の背後で、切り捨てられてきた他国の民の屍山血河。

 その構造的罪悪の重みに、歴戦の騎士が宝剣を握りしめたまま、膝から崩れ落ちそうになる。


「セラ隊長……」


 リナが駆け寄り、セラの肩をそっと支えた。

 リナ自身の瞳も涙で濡れていたが、その手には、共に現実の闇を受け止めようとする温もりがあった。


「相馬蓮、聞いているか」


 Echoが漆黒の聖剣を下げ、ヴァルクの隣へと並び立った。


「俺たち切り捨てられた相馬蓮と、剪定され続けた北方の民は、同じだ。神のシステムにとって都合のいい『正史』を維持するために、ゴミ箱へ放り込まれた犠牲者だ。……お前が掲げる『新しいアーキテクチャ』とやらに、最初から仕様書の枠外に置かれた俺たちや、北方の民の居場所はあるのか? それとも、都合のいい人間たちだけで手を取り合って、『全員救った』と笑うつもりか!?」


 Echoとヴァルク。

 二人の問いが、最深核ドームの全空間を満たす情動残差と共鳴し、巨大な審判の刃となって俺の胸へ突き刺さる。


 人間圏だけを救うなら、それは神のシステムの縮小再生産に過ぎない。

 誰かを切り捨てて成り立つ平和など、どれほど美しく装おうとも、ただの偽善だ。


 俺は、紅蓮の炎を宿した聖剣イグニスを、両手でしっかりと握り直した。


 迷いは、なかった。

 四千八百万の死者たちの重み。そして、何百年にもわたって間引かれ続けてきた北方の歴史の質量。

 そのすべてが、俺の背骨を押し潰すほどの重圧となりながら、同時に、俺の魂の芯を鋼のように研ぎ澄ましていた。


「……席はある」


 俺の声は、ドームの静寂の中に静かに、しかし揺るぎなく響き渡った。


「……何?」


 ヴァルクの眉が動き、Echoの瞳が鋭く細められた。


「人間圏だけを救うつもりなんて、最初からない」


 俺は一歩、前に踏み出した。


「神が作った今のアーキテクチャが、計算リソースの都合で北方のお前たちを間引いてきたというなら――その計算モデルそのものを解体する。誰かを生かすために誰かを切り捨てるガベージコレクションなんて、俺が絶対に認めない」


 俺は聖剣イグニスを、天高く掲げた。


「人間圏の民も、北方のお前たちも、そして切り捨てられてきた十万の世界線のEchoも……誰一人として例外を作らない。すべての命が、自分たちの世界線を自分たちの手で観測し、確定させられる『分散型の新アーキテクチャ』を、俺が設計して実装する!!」


***


 ドームの空気が、シン……と静まり返った。


「…………」


「…………」


 リナが瞬きをし、小首を傾げた。


「……あーきて、くちゃ……?」


「相馬蓮」


 セラが痛ましげな表情から一転、額を押さえて低く呟いた。


「お前の言いたい熱量は痛いほど伝わった。……だが、何語だそれは」


「要するにだ!」


 背後でオルドが鼻息荒く眼鏡を押し上げた。


「神や大聖堂という単一の中央サーバーに観測を依存するから間引きが起きる! ならば世界中の人間や魔導士が相互観測で波束を支え合う、非中央集権のエッジ分散ネットワークを構築するということだ!」


「オルドさん、余計に意味不明になってます」


 俺がツッコミを入れると、ヴァルクが巨大な兜の奥で低く喉を鳴らした。


「……さっぱり分からん言葉の羅列だが、要するに、神の一方的な間引きを突っぱね、生きとし生ける者全員の手で世界を支え直す……そういうことだな?」


「……ええ、まさにその通りです」


 俺が頷くと、ヴァルクの厳めしい口元に微かな笑みが浮かんだ。


「神の仕様書を書き換える、か。……大きく出たものだな、南の勇者よ」


 ヴァルクは巨大な戦斧を背へと担ぎ直した。


「だが……口先だけではないその覚悟、確かに見届けた。……お前たちが神のシステムと戦うというなら、北方の無念のすべてを、その背中に背負って行け。途中で投げ出すような真似をすれば、俺の斧がお前を叩き斬るぞ」


 ヴァルクの巨影が、青黒い光の粒子となってゆっくりと空間に溶け込み、ミラの結合魔法の糸へと宿っていった。


「……ヴァルク将軍の想い、確かに受け取ったわ」


 ミラが紫紺の瞳を輝かせ、胸の前で印を結んだ。

 三点同期メッシュの結節点として、北方の地脈とノクタ遺構の回路が、完全な同期を確立したのだ。


 北方の伏線が、いま完全に回収され、ひとつの巨大な意志となって俺たちの手元へと結実した。


 残されたEchoは、漆黒の聖剣を握りしめたまま、静かに俺を見つめていた。


「……言葉だけなら、何とでも言える」


 Echoの声には、しかし先ほどのような絶対的な拒絶の色は薄れていた。


「お前が本当にすべての世界を背負えるのか……その資格があるのかどうか、これから見極めてやる」


 最深核ドームの星辰回路が、三点同期メッシュの起動シグナルとともに、眩い光を放ち始めた。

 戦いは、人対人の争いを超え、世界そのものの設計を巡るハッキングの領域へと突入していた。

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