↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様、それはスキル付与ではなく権限昇格です  作者: J-AI


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/100

第19章 間に合わない

 バゴォォォォンッ!!


 半壊した礼拝堂の分厚い樫の扉が、凄まじい衝撃波を伴って内側へと吹き飛んだ。

 木片と石粉が激しく舞い散る中、暗闇の猛吹雪を切り裂いて、紫黒色の魔力を纏った三条の影が礼拝堂へと雪崩れ込んできた。

 割れたステンドグラスの隙間から差し込む二つの月の青白い光が、石畳に落ちたステンドグラスの破片を妖しく照らし出している。


「伏せてろ、相馬蓮! ここは私が食い止める!」


 セラが愛用の長剣を一閃させ、即座に冷たい石畳を蹴った。

 燃えるような赤髪を振り乱し、深紅のマントを翻して先頭の影へと電光石火の勢いで肉薄する。


「『静定領域』――展開!」


 空間がカチリと硬質に噛み合い、先頭の影――漆黒の軽装鎧を纏った北方暗殺兵の動きが完全に静止した。セラの研ぎ澄まされた刃が、その喉笛を正確に一刀両断する。  鮮血が舞い、暗殺兵が床へと崩れ落ちた。


 だが、敵は一人ではなかった。

 後続の二体は、セラの静定領域の有効範囲をあらかじめ見切っていたかのように左右へと散開した。

 床を滑るように疾走し、礼拝堂の重厚な石柱の影から影へと潜航(フェーズ・シフト)しながら、主祭壇の前にへたり込んでいた俺とリナを狙って切っ先を突き出してきた。


「くそっ……! 動け、俺の身体……ッ!」


 俺は壁に手をついて必死に立ち上がろうとした。

 だが、先刻の要塞防衛戦で『Branch Perception』を酷使した反動――激しい頭痛と吐き気、そして視界を覆い尽くす走査線ノイズが、脳からの運動命令を致命的に遅延させていた。

 まるで過負荷でフレームドロップを起こしたシステム画面のように、視覚と身体の反応がコンマ数秒ズレてしまう。聖剣イグニスを構えようとしても、指先が鉛のように重く、言うことを聞かない。


 キィィィン……!


 右手の薄暗いステンドグラスの影から、空間が不気味に歪むようにして第三の刺客が現れた。

 その手には、大気を切り裂く音すら立てない、漆黒の高密度虚空魔導槍が握られていた。


 狙いは、完全に無防備な俺の心臓。

 回避も、防御も、聖剣による熱干渉も、すべてが間に合わない。


(しまっ――)


 死を覚悟した、まさにその刹那だった。


 ドンッ!!


 横から、小柄で柔らかな身体が、俺の胸板を力いっぱい突き飛ばした。


「え……?」


 世界が、奇怪なスローモーションへと落ちていく。


 突き飛ばされた俺の視界の中で。

 淡い亜麻色の髪をふわりと広げたリナが、俺の立っていた位置へと、身を挺して滑り込んでいた。

 その琥珀色の瞳は、恐怖に怯えることもなく、ただ真っ直ぐに俺の無事だけを見つめていた。


 ドスッ……!!


 鈍く、重い、肉と骨が貫かれる絶望的な音。


 黒く輝く魔導槍の切っ先が、リナの白い法衣の胸元を――その華奢な身体を、前胸から背中へと、深々と貫通していた。


***


「……あ……っ」


 リナの唇から、小さく、頼りない吐息が漏れた。

 胸元の白い布地に、見る見るうちに鮮烈な赤が滲み、ボタボタと冷たい石畳の上に滴り落ちていく。


「リナ……さん……?」


 俺の声は、自分でも信じられないほど乾いて掠れていた。


「死ねぇッ!!」


 背後から駆け戻ったセラの怒号が響き、長剣が暗殺兵の胴体を真っ二つに両断した。

 敵の残骸が床に転がるが、そんな音はもう俺の耳には届いていなかった。


 ドサリ、と糸の切れた人形のように崩れ落ちるリナの身体を、俺は雪崩れ込むようにして腕の中に抱きとめた。


「リナさんッ!! リナさんッ!!」


「ごほっ……っ、けほっ……!」


 リナの口から、ゴボリと大量の鮮血が溢れ出し、俺のスーツの胸元と腕を真っ赤に染め上げた。

 抜かれた槍の傷口から、止まることのない熱い血潮がドクドクと噴き出している。


「嘘だ……嘘だろ……!? なんで……なんで俺を庇ったんだ……!?」


 俺の手が激しく震えた。

 リナの胸の傷を両手で必死に圧迫するが、指の隙間から温かい血液がとめどなく溢れ出し、冷え切った礼拝堂の床を朱に染めていく。


「治す……! 今、治すから……!!」


 俺は叫びながら、頭の奥のシステムコンソールへ全身全霊の意識を叩き込んだ。


(エントロピー低減! 傷口の細胞分裂経路を最大増幅! 止血、主動脈の修復、心筋の再接続――行けッ!!)


 俺の持てるすべての魔力、すべての権限、すべての計算リソースを注ぎ込んで、リナの傷口へと治癒の確率干渉を叩き込もうとした。

 異世界に召喚されたあの日、ステータス画面に並んでいたチート権限。

 神様、それはスキル付与ではなく権限昇格じゃないですか、と心の中で軽口を叩いていたあの力。  自分が持っているすべての管理者権限(Privilege)を総動員すれば、絶対に助けられるはずだと信じて。


 だが――。


 ――ガガガガガッ……!!


 視界の右上に、今まで見たこともない、漆黒に縁取られた巨大なエラー警告が狂ったように点滅した。


CRITICAL_ERROR: ZERO_AMPLITUDE_VIOLATION

TARGET_STATE: [CHR-RINA: SURVIVAL_PATHWAY]

PROBABILITY_AMPLITUDE: ALPHA_I = 0.000000 (ABSOLUTE_ZERO)

API_CALL_REJECTED: NO_FEASIBLE_CAUSAL_PATH

SYSTEM_MESSAGE: IMPOSSIBLE_STATE_CANNOT_BE_SELECTED


「な……んだ……これ……は……!?」


 俺の指先から、光の一片すら生まれない。

 魔力が通らない。確率が動かない。システムが、あらゆるコマンドの実行を冷酷に拒絶(リジェクト)していた。


(なんでだ……!? なんで発動しない……!? 俺は勇者だろ……!? 権限設定を持ってるんだろ……!? 動けよッ!! 動けッ!!)


 俺は泣き叫びながら、何度も、何度も、システムへ治癒の要求(リクエスト)を叩きつけ続けた。  脳が焼き切れそうなほどの熱を放ち、視界が真っ赤に明滅しても、指先から出るのは虚しい煙だけだった。


 冷徹な物理法則の真実が、容赦なく俺の胸を抉り抜く。


 『Zero-Amplitude Rule(確率振幅ゼロの法則)』。

 この世界の魔法は、無から奇跡を生み出す魔法ではない。成立可能な確率の経路(振幅)を増幅する技術に過ぎない。

 心臓と主動脈を完全に破壊され、失血死へと向かうこの瞬間において――現在の世界線の物理状態からリナが生き延びる因果経路の確率は、数学的に完全にゼロ($\alpha_i = 0$)になっていたのだ。


 ゼロの確率を、どれだけ何万倍に増幅しようが、答えはゼロにしかならない。

 直すための道筋そのものが、この世界から一本も存在しなくなっていた。


***


「相馬蓮……もう……やめろ……」


 駆け寄ってきたセラが、血まみれのリナの首筋に指を当て、悲痛な面持ちで首を横に振った。その翠眼から、大粒の涙が零れ落ちていた。


「心臓が……完全に貫かれている……。どんな神官を連れてきても……どんな秘薬を使っても……もう、助からない……!」


「嘘を言うなッ!!」


 俺はセラの手を激しく払い除けた。


「助かる……! 助からないはずがないだろ……!? リナさんは……俺の専属神官なんだぞ……!? 毎朝カファを淹れてくれて……俺のくだらない故郷の話を笑って聞いてくれて……一緒に東京の街を歩くって……約束したんだぞ……!!」


 叫ぶ俺の頬に、ふわりと、冷たい感触が触れた。


「……レン……様……」


 リナの細い指先だった。  血に濡れた小さな手が、震えながら、俺の右のこめかみへとそっと伸びていた。

 俺が頭を酷使して疲れた時に、いつもリナが『小光球・静穏の環』で優しくほぐしてくれた、あの懐かしい手の温もり。


「リナさん……! 喋っちゃ駄目だ! 今、助けるから……!」


「……ふふ……レン様……また……そんなに……泣きそうな顔をして……」


 リナはかすれ途切れる声で、けれど、いつも通りの穏やかで優しい笑みを浮かべようとしていた。

 その澄んだ琥珀色の瞳から、光が急速に失われ、冷たい濁りが広がっていく。


「痛く……ないですか……? レン様のお身体……怪我は……ありませんか……?」


「俺は無傷だ! どこも痛くない! だから……だから頼むから、目を開けてくれよ……!」


「良かった……。レン様が……ご無事で……本当に……良かった……」


 リナの胸が小さく痙攣し、呼吸が浅く、途切れ途切れになっていく。

 溢れ出る血が、リナの体温を急速に奪い去っていくのが、抱きしめた腕を通して残酷なほどリアルに伝わってくる。


「……レン様……」


「なんだ……? なんでも聞くよ、リナさん……!」


「……カファ・アプル……美味しかったですか……?」


「美味しかった! 世界で一番美味しかったよ……! 明日も作ってくれよ……毎朝飲みたいんだ……!」


「……ふふ……嬉しい……な……」


 リナの瞳から、最後の一粒の涙が頬を伝って流れ落ちた。


「……いつか……レン様の……生まれた街……行ってみたかった……な……」


「行こう! 一緒に行くんだ! 約束しただろ……!? 小指を結んで、約束したじゃないか……!!」


 俺はリナの冷たくなっていく小指を必死に握りしめた。


 だが――。


 スッ……。


 リナの指先から、すべての力が抜けた。

 俺の頬に触れていたその手が、重力に引かれるようにして、冷たい石畳の上へと力なく滑り落ちた。


「……リナさん……?」


 返事はなかった。


 微かな胸の上下動も、浅い吐息も、温かな拍動も。

 すべてが、永遠の静寂の中へと呑み込まれて消え去っていた。


 粉雪が、割れたステンドグラスから静かに降り注ぎ、リナの冷たくなった頬の上に白く積もっていく。


「あ……あああ……」


 俺の喉から、言葉にならない掠れた声が漏れた。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!」


 凍てつく礼拝堂の闇の中、俺の絶叫だけが、いつまでも、いつまでも虚しく木霊していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。