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【クエスト】鎧騎士の大剣を、青い付箋でキャンセルしろ

「次、右手が上がるよ」


 鎧騎士の右手が上がった。


 まるで手品のように、ペンギンはまだ起きていないことを先に言い当てた。


 種は術にある。鎧騎士の肩の上に、次のアクションが出ている。青の付箋(リヴィール)の表示は、パーティの全員に見える。


 首のない鎧が、大剣を高く振りかぶって、そこで止まる。溜めだ。この鎧の大技は、振りかぶってから振り下ろすまでが、やたら長い。


 断頭の鎧騎士。崩れた砦の広間に、一体だけ立っている。攻略wikiでは四人推奨。溜めが長いから読みやすい、とも。四人なら。


「……ギルマスさん、攻撃キャンセルって、やったことある?」


「ない。だから試す」


「ふーん。じゃあ、先読みするのはボクで、止めるのはギルマスさんね。難しいほう、あげる」


「あげるって言うな」


「はいはい。じゃあ、押しつける」


「押しつけられてやるよ。お前の先読みが外れたら、飛ぶのは俺のHPだからな」


 ペンギンの声は、鎧騎士の背中から降ってくる。最初の一枚を貼ってから、ずっとそこにしがみついている。


「外さないよ。外したら、ギルマスさんの剣が遅かったことにするから。……次、ひじに来る。……三、二、」


「何がだ」


「光るやつ。ひじのとこに――」


 大剣が振り下ろされた。落ちてくる途中で、ひじに小さい光が点灯した。点灯したときには、剣が間に合っていなかった。大剣がそのまま肩に入った。腕の骨まで響いた。HPが四割飛んで、オートポーションが発動した。


「――ゼロ。消えた」


「早く言え!」


「言ったよ。ギルマスさんの剣が遅かったの。……次は三秒前に言うから、それで届かなかったら、ギルマスさんのせいね」


 何秒前に言うか、という問題じゃない。ひじに点灯したあれが、キャンセルスポットだ。どの攻撃にもあるが、普段は見えない。青の付箋(リヴィール)の暗示が、次の攻撃の弱点を点灯させて晒している。剣の先を当てれば攻撃は途中で止まる、らしい。


 点灯するのは落ちてくる途中で、見えてから剣を出しても間に合わない。こいつは、点灯する前に場所を言っていた。剣を出している間、盾は構えられない。止めるか、食らうかのどちらかだ。


 音ゲーをプレイしていたときもそうだが、もともとペンギンは相手の次の動きを先読みする感性が鋭い。VRサーガのアルゴリズムの癖を見抜いたのか。それともただの勘なのか。ゲーマーの僕としては、心底羨ましい才能だ。


「右手、上がる。……ひじ、来る! 三秒後!」


「どっちのひじだ!」


「右!」


 右に剣を振った。空を切った。大剣。そのまま食らった。HPが四割飛んだ。


「右じゃねえだろ!」


「ボクの右!」


「お前の右は、俺の左だ!」


 ペンギンが「あー……」と声を漏らした。


「ひじ! ボクの右! つまりギルマスさんの左! の、上!」


 言い終わる前に落ちてきた。剣は間に合わない。またHPが四割飛ぶ。


 ふと、ゴブリンの夜を思い出した。僕とこいつには、方向を伝える合図がある。出会った日に四時間、叩き込んだあのゲームの言葉だ。


「――DECK BEATで言え」


「え?」


「俺の体で言え。記号が高さ、数字が方向。ゲーセンでやっただろ」


「覚えてる。ボクが転んで、ギルマスさんが大笑いしてたやつ」


「転んだ話はいい」


「笑った話は、いいんだ?」


 暗示が解けた。降りる。書く。刺す。二十秒。


 その二十秒が、今日いちばん長かった。崩れた広間に、毒針の先が付箋を擦る音だけがしていた。


「右手、上がる! ……スペードの9!」


 右手の大剣は、僕から見て左の肩の上から、斜めに右へ振り下ろされる。スペードは頭の上寄り。9は正面より少し右。いつ出すかは言われていない。言われなくても分かる。落ちてくる前の、いちばん遅いところだ。


 剣の先を右上に突き上げた。


 何かに触れた。


 大剣が途中で止まった。止めた剣の先から、腕の付け根まで痺れるような反動が返ってきて、体が一拍遅れた。


「……ギルマスさん、攻撃が止まった!」


 DECK BEATでは、こいつはノーツが見えるよりも先に、飛んでくる方向を向いていた。戦闘でも同じだ。キャンセルスポットが点灯するより早く、その場所が視えている。


 他の幻術師ではこうはいかないはずだ。こいつの才能と、幻術師の術が、たまたま上手く噛み合ってしまった。


 あとは、僕の反射神経だけだ。言われた場所に、間に合うように剣を出すだけでいい。それだけで、敵の攻撃は一切入らなくなる。


「よし、攻撃してみるぞ」


 攻撃キャンセルの反動が抜けるのを待って、がら空きの胴に剣を出した。届く前に、鎧騎士が体勢を戻した。剣が鎧の表面をかすった。数字が小さく出た。


「……軽いね」


「言うな。分かってんだよ」


「はいはい。右手! スペードの8!」


 少し正面寄り。剣を出す。敵が止まる。剣を打ち込む。今度は一発入った。軽い。


 鎧騎士が大剣を引き戻す。小さい横薙ぎが二発。一発目は剣の先で止めた。二発目は見えていなかった。肩に当たって、体が横に持っていかれた。攻撃は一切入らない、はずだったのだが。


 少し間があった。からかうかどうか、決めている間だ。


「ギルマスさん。いまの、どんくさいなー」


「お前が言うな」


「ギルマスさんの台詞だよ?」


 ゲーセンで、こいつに言った言葉だ。


 こいつが言う。僕が合わせる。大技も、小さい薙ぎも、当たる前に止める。盾は要らない。剣が使える。


「暗示、解けた。降りる」


「岩喰いと同じだ。降りて、書いて、すぐ刺せ」


「はいはい、いつもの」


 こいつが滑り落ちて、しゃがんで、書く。その間、僕は薙ぎを二発、盾で流した。


「付箋、いく!」


 二十秒。鎧騎士の肩の上には、次のアクションがまだ出ている。解けた、と言ったのは早かったらしい。前の暗示は、まだ解けていない。


「ゼロ! ……続いた!」


「続いたな」


 鎧騎士の真名は、ガルド・ヴェイン。ラポールは28%。


 黒の付箋(ブラインド)なら、一分近くはかかる数字だ。岩喰いの黒の付箋(ブラインド)は、暗示がかかるまで八十秒で、四十五秒で解けた。暗示が解けている空白の時間が、どうしても生じる。その間は、盾で受けるしかない。


 一方で、青の付箋(リヴィール)は暗示がかかるまで二十秒で、解けるまで四十五秒か、それより長い。空白の時間がない。盾を下ろしたまま、剣を出し続けられる。


 次に何をするか。どこが弱いか。隠したいことを全部、相手に晒したまま戦う。それが、青の付箋(リヴィール)を貼られるということだ。


 隠したい。でも隠せない。ペンギンは、あの首のない鎧に、どんな幻を見せているのだろうか。


 いつもなら大活躍のオートポーションが、まったく発動しない。


「ギルマスさん、ポーションが減らなくなった?」


「減らなくなった」


「じゃあ、ボクの手柄ってことにしとくね」


「三割はな」


「三割も? ギルマスさん、今日は気前がいいね」


 減らないだけだ。止めたあとに殴れるのは、三回に一回。それも、振れるだけで、入るとは限らない。反動が抜ける前に、向こうが戻る。剣士なら三回とも振れる間だ。鎧騎士のHPバーは、それでも減っている。減らしているのは毒だ。


 鎧騎士の名前の横に、小さい印が一つ点いている。猛毒。砦に入ってすぐ、こいつがいつもの鉄杭じゃなくて、毒針で刺した。刺したまま、青の付箋(リヴィール)を貼った。


 減る速さがおかしい。僕が剣で殴り続けたときより、はるかに速い。wikiに書いてあった猛毒の減り方より、倍くらい速い。理由は分からない。剣士二人分ほどの火力で、猛毒はHPを削り続ける。



 三十分で、HPバーが五割を切った。五割まで持っていったのは毒だ。僕が入れた剣は全部軽い。


「ギルマスさん、声が小さいよ」


「数(かぞ)えてる」


「なにを」


「入った剣」


「……何本?」


「二十一本」


「ふーん。ボクは、止めてもらった数のほうを数(かぞ)えてたけど。もう百は超えてる」


「数(かぞ)えるな」


「ボクが数(かぞ)えないで、誰が数(かぞ)えるの?」


「……百止めて、二十一本かよ」



 一時間と少しだった。


 最後の一回も、ペンギンが「スペードの9」と言って、僕が止めて、剣を出して、かすった。かすっただけだ。毒の印の隣で、HPバーがゼロになった。


 鎧がばらばらに崩れた。


 ペンギンは、崩れた鎧の上に、尻もちをついていた。


「岩喰いの三時間が、一時間ちょっとだね」


「四人推奨を、二人でな」


「ボク、二人分は働いたよ。……ギルマスさんが止めてなかったら、三回はやられてたけど」


「三回どころじゃねえ。刺す場所は相変わらず雑だしな」


「雑でも刺さったんだから、いいでしょ。……で、ギルマスさんは、何人分?」


「……半人分だ」


 嘘ではない。刺して、貼って、先読みして、また刺して。減らしたのは、ほとんど全部、こいつだ。


 僕の剣には、攻撃特化の剣士のような火力がない。魔力も魔術師には遠く及ばない。聖騎士はタンクに特化している分、防御以外はすべてが中途半端なのだ。


 今までは、僕の貧弱な攻撃力でも主役だった。それしか攻撃手段がなかったからだ。しかし毒針の登場で、戦闘の性質はガラッと変わってしまった。こいつは一人でも十分な活躍ができる。パートナーが僕である理由も、存在意義も、ほぼ失われたと言っていい。


 ……そうは思ったが、全部を口に出すのはやめておいた。


「あと一つ、なんか足りねえ」


 小さい黒い点が二つ、しばらく僕に向いていた。何かを決めた、みたいな間だった。


「ね、ギルマスさん」


「なんだよ」


「『スペードの9』のとき、ちょっとかっこよかったよ」


「……うるせえ」


「んふふー。ちょっとだけね」


 ペンギンが、崩れた鎧の上から降りて、毒針を空にかざした。砦の広間には空なんてない。それでもかざしていた。


 役に立って、みんなに愛してもらえる自分が欲しい。出会ったとき、こいつはそう言っていた。もう大丈夫だ。こいつはどこに行っても、みんなから重宝される。愛してもらえる。



 欲しがってた自分は、手を伸ばすだけで手に入る。僕の役割は、もう終わりだ。

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