不遇職・幻術師は、ギルドでもお荷物だった
幻術師、というジョブの名前だけは知っていた。
攻略wikiのジョブ一覧の、いちばん下。評価の欄に「縛りプレイ用」と書いてあるやつだ。それを選んだ人間に会ったのは、初めてだった。
「ボクのジョブ、幻術師なんだよね。結構レアなんだよ? ……ん、いま黙ったね。wikiの評価、みたことあるでしょ」
「レアっていうか、もう選べなくなったやつだろ、それ」
そんなことを話している横で、ギルドの残りの二人――最古参のたけのこと、しめさば――は、ペンギンの名前を見た瞬間に黙り、ジョブを聞いてもう一度黙った。
たけのこは剣士。面倒見がいい。しめさばは魔術師。口が悪い。二人ともギルドの初期からいたメンバーだ。気を許せる大切な仲間だと思っている。
「まあ、いいんじゃね。人数は足りたし」
しめさばがそう言って、その日のクエストはゴブリン殲滅に決まった。定番の狩場だ。四人パーティで、通常であれば二時間ちょっとでクリアできる。
ダンジョンの入り口で、ペンギンが装備を見せてくれた。
武器は鉄杭。手のひらより少し長いくらいの、ただの杭だった。
「それで殴るのか?」
「ん? これで殴っても、ダメージは1だよ? 書くの、これで」
ペンギンが手元に付箋を出した。色は八つ。そのうちの一枚を選んで、鉄杭の先で、何かを書く真似をする。意味不明だ。
「敵にはね、真名っていう本当の名前がついてるの。それを付箋に書いて、敵にぺたって貼ると、暗示がかかって状態異常になる。かかるまで、ちょっと時間がいるんだけどね……」
「その真名ってのは、見えるのか?」
「アビリティに『敵ステータス可視化』をつけてれば見えるよ。あと『忍び足』もつけて、それで後ろに回り込む」
アビリティ枠は、どのジョブも二つしかない。その両方が、必須のアビリティで埋まる。能力強化も特殊スキルも一切つけられない。信じられないほどに絶望的だ。
「敵を殴れない。身も守れない。そんな状態で、敵をめがけて突撃しなくてはいけない。……縛りプレイって、そういうことかよ」
「ん。でも、素早さだけは、どのジョブより高いよ?」
僕の周りをぐるぐると走り回るペンギンに、苛立ちを感じてしまった。
「逃げ足だけかよ」
「ん。逃げるときだけは、ギルマスさんより速いよ?」
しめさばが、聞こえるように、はあ、と息を吐いた。僕も同じく、深いため息をついた。思っていた以上に、やっかいなジョブのやつを抱えてしまったのかもしれないと。みんながそう思った。
クエストが始まった。
最初の群れは、ゴブリンソルジャーが六匹。このゲームで最弱のゴブリンの上位種。レベル20が四人いれば苦戦する相手じゃない。ただ、群れの中に一匹、ひときわ大きなゴブリンがいた。
たけのこが前に出て、しめさばが後ろで杖の先を空中に走らせる。魔法陣だ。
僕のジョブは聖騎士だ。タンクに特化していて、装備できる武器は小剣だけ。力も魔力も半端だ。いつも通りに、盾を構えて挑発を撃つ。
五匹が来た。大きなゴブリンだけが来なかった。
その大きなゴブリンの背中に、ペンギンがぶら下がっていた。
忍び足で背後に回って、背中に鉄杭を打ち込む。刺さった杭を握った手を支えにして、ぶら下がる。もう片方の手で、背中に付箋を押さえつけている。
「ラポールが低いから、四十秒はいる!」
「ラポール?」
質問に答える前に、大きなゴブリンが暴れだした。ペンギンの体は左右に揺れ、しがみつくのがやっとといったところだ。十秒ももたず、付箋は手から離れ、ひらひらと宙に舞う。
「……おいおい。お前、そんなんで大丈夫なのか?」
ペンギンはゴブリンに振り回され、その手の棍棒が体のあちこちにぶつかる。杭はゴブリンの体から外れ、ペンギンの体は弧を描いて頭から床に落ちた。ころころ転がって、壁にも激突した。
「……ん。四十秒、ボク一人だと無理だね」
HPバーが赤かった。
大きなゴブリンが、転がったペンギンに向かって歩き出す。たけのこが横から斬りつけたけど、注意は逸れない。棍棒がまっすぐに振り下ろされた。
「あっ」
ペンギンのHPが、ゼロになった。
戦闘不能。アバターがその場に倒れて、頭の上に、カウントが出る。
六十、五十九、五十八。
六十秒以内に誰かが蘇生しなければ、デスペナルティだ。
「たけのこ! しめさば! すまない、蘇生に向かう!」
「おいみな、待て、今はそっちに行くな」
「ペンギンなんてほっとけ。一人いなくなったって、変わらねえだろ」
「ダメだ。デスペナルティを食らうと、ギルドのランクが下がるんだよ!」
盾を構えたまま走った。棍棒が肩に入って、HPが三割飛んだ。肩がじんと熱い。構わず、ペンギンの横に滑り込む。蘇生の魔法陣を描く。手が震えて線が歪む。
四十、三十九。
描き直した。
二十、十九。
蘇生の魔法陣が描き上がった。
残り、八秒。
「……ん。ギルマスさん、手が震えてる?」
「黙ってろ! 喋るな! HPを回復するまで動くな!」
「うん……」
たけのこと、しめさばが、その間に大きなゴブリンを片付けた。
「そろそろHPの回復も終わるぞ!」
二人にそう伝えたとき、五匹いたはずのゴブリンは二匹にまで減っていた。戦闘はほぼ終盤。初手からこれだ。先が思いやられる。
二つ目の群れ。
今度も大きなゴブリンが一匹いたが、さすがにペンギンも飛びつかなかった。だから今回は、僕もタンクに専念できた。盾で棍棒を受ける。剣を弾く。オートポーションが発動して、HPが戻り、また減る。
タンクが盾で時間を稼いでいる間に、別のメンバーが大技を入れる。それが本来の戦い方だ。でも、たけのこと、しめさばは、まだ大技を覚えるレベルに届いていない。小技ばかりだ。削りも遅い。僕がいくら時間を稼いでも、それを有効活用できる人がいない。
「だめだ、ゴブリンのHPが減らねえ」
しめさばが、聞こえるように言った。
「こっちは、なんとかもたせてる」
「おいおい、たったの六匹だぞ。どうなってるんだ」
しめさばの非難がやまない間、ペンギンは何をしていたのか。
視界の端で、ペンギンがゴブリンの背後にしゃがみこんでいた。鉄杭の先で、付箋に何かを書いている。書き終わるまで三秒。その三秒の間に、別のゴブリンが気づいて振り向いた。
棍棒がペンギンの頭に落ちた。
「んっ!」
付箋がひらっと落ちた。暗示はかからない。
「字が乱れた。不発」
「おいおい、何やってんだ!」
「書き直す。……ギルマスさん、怒鳴ると字が乱れるんだけど」
ペンギンがもう一度書く。今度は成功したらしい。ピンクの付箋がゴブリンの背中にぺたりと貼りついて、暗示がかかった。
貼られたゴブリンが、棍棒を下ろした。それから、くるりと向きを変えて、ペンギンの後ろをふらふらとついて歩き始めた。
「おお?」
「チャームの暗示がかかった。このゴブリンはしばらくの間、攻撃ができなくなるよ」
なるほど。倒せはしない。でも一匹減る。そういうジョブか。クエストが始まって三十分弱で、ようやく幻術師の術がどういうものかは分かった。wikiの情報量があまりにも少なくて、発動の条件までは分かっていないが……。
ゴブリンはペンギンの周りをふらふらと歩いている。そこに、しめさばの火の玉が直撃した。
付箋がぱっと消えた。暗示が解けたらしく、ゴブリンがこっちに向き直った。
「あっ……」
「なんだ? どうしたんだ?」
「そのゴブリン、ボクが担当していたのですけど……」
「知らねえよ。見た目は同じだろ!」
しめさばの言うことは正しい。付箋を貼ったゴブリンの頭に、小さく状態異常の表示が出ている。出ているけど、乱戦の中でそんなものを見分けている暇はない。
三つ目の群れ。
ペンギンが名前を書いていると、左からゴブリンが飛び出してきた。棍棒が膝の高さを薙いだ。ペンギンは手元を見ていて、気づいていない。
考えるより先に口が出た。
「クラブの4だ!」
ペンギンが、見もせずに、しゃがんだ姿勢のまま横に転がった。
棍棒はペンギンの横で空を切った。勢いあまって、ゴブリンが尻もちをついた。
「……は? クラブ?」
しめさばが振り向いた。
「ん、ゲーセンのやつでしょ。分かったよ」
ペンギンが、転がったまま親指を立てている。着ぐるみの短い手で。
クラブは足元、4は左。ゲーセンの言葉だ。四時間叩き込んだ合図が、こんなところで通じるとは思わなかった。
ペンギンの見せ場といえばそれぐらいだ。ゲーセンで学んだトランプの数字に反応して、攻撃を避けるだけ。幻術師の付箋を使った技は、結局一つも役に立たなかった。本当にそこにいるだけ。
ゴブリンの群れをすべて倒したとき、僕のポーションはすっかり底をついていた。MPも残り僅か。
奥の扉の向こうが、ボスの広間だ。ホブゴブリンがいる。ここまで戦ってきた雑魚とは比べものにならない強さだ。ギルマスの僕は、決断を下さなくてはいけない。全員が生き延びるために。そして、ギルドのランクを落とさないために。
「みんな、聞いてほしい」
全員が僕に視線を向ける。これを言ったら、またみんなを失望させるに違いない。でも言うしかない。
「今日はここまでだ。ボスには行かない。帰還しよう」
「は? ここまで来て?」
「この状態で行っても、全滅するだけだ」
しめさばは何か言いかけてやめた。たけのこはただただ頷いた。ペンギンは黙ってこちらを見ている。
推奨クリアタイムが二時間のクエストなのに、道中だけで二時間半もかかった。その上、ボスを倒すことすら叶わない。パーティの空席を埋めて、四人を揃えたにもかかわらず、だ。二人が落胆するのも無理はない。
僕がその場でポータルを開くと、その前に四人が並んだ。
そして、しめさばが、最初に口を開いた。
「正直なこと言っていい?」
「……ああ、言えよ」
「お前らはいない方が、パーティのバランスがいい」
お前ら。それは、僕とペンギンのことを指しているのだろう。疑う余地もない。たけのこはずっと俯いている。
「みなは挑発して盾で受けるだけで、敵が減らない。ペンギンは何してるか分からない。俺とたけのこで殴って、お前ら二人の面倒見てただけじゃん、今日」
言い返さなかった。ここで反論しても仕方ない。なぜなら、この後に出てくる言葉が、容易に想像できたからだ。
「俺たちさ。別のギルドの知り合いと回ってみたいんだ」
「……ああ」
「行ってもいいか? みな」
たけのこはひどい顔をしていた。アバターで顔は分からないが、きっとそんな顔だ。そうでないと、うちの最古参メンバーなんてやっていないだろう。
「もちろんだ。行ってこい」
たけのこは僕の肩を叩いた。
「悪い。しばらく、そうさせてくれ」
ギルドの仲間といっても、本名も顔も知らない。声と、ディスプレイネームと、一緒にクエストをプレイした時間だけだ。
それで仲間と呼べるのかと思うかもしれないけど、僕は呼ぶ。二人のことを、大切にしたいという気持ちがあるからだ。だからこそ、ここは見送るしかない。
二人がポータルの向こうに消えると、扉の前には、僕とペンギンが残った。
なぜだろうか。この醜いペンギンの顔を見ていると、つい、いつもの悪い癖が出てしまう。
「……はぁぁーーー。なんだよもう。二時間半だぞ。二時間半やって、ボスの顔も見てねえ」
ペンギンは、しばらく黙って、それから小さく言った。
「ごめんね。ボク、いつも足手まといで、ぜんぜんみんなの役に立てなくて……」
「……」
「ん、ギルマスさん。ボクのこと追い出す?」
「追い出さねーよ」
即答だった。自分でも驚いた。どれだけ才能があっても、あんな戦いを見せられたら普通は残れなんて言わないだろう。
「きんたま、なんて名前のやつに、最初から期待なんかしてねーし。それにしてもお前、ほんっと弱っちいな」
「……しってる。だから聞いたんだよ?」
「でも、なんでか知らんけど、お前を見てると、ちょっとワクワクはするんだよな。今日みたいなのでも、後悔はしてない。だから、好きにしろ」
ペンギンがほっとしているように見えた。言葉に少し余裕が出てきた。
「ん、ギルマスさん。こんな縛りプレイに喜ぶなんて、変態さんなの?」
「はぁ?」
「ボクの縛りプレイで喜んでくれるの、ギルマスさんだけだもん。……明日も来たら、喜んでくれる?」
「来いよ。最後の二人になっても粘ってやる」
自分でも、なんでこんな言い方をしたのか分からない。
「ふーん、そっか。じゃあ、明日も来るね。足手まといでも、いいんでしょ?」
「来い」
「……ギルマスさん、意外と優しいんだね」
ペンギンは最後まで、こちらを正面からは見なかった。目を合わせることができなかった、というべきだろうか。ただ、ポータルを開く前に、少しだけ顔をこちらへ向けた。
「じゃあ、おやすみ。今日はありがと」
ポータルが開いて、閉じた。
一人になった扉の前で、僕は攻略wikiを開いた。
幻術師のページは、他のジョブの十分の一もなかった。直接火力なし。貼付中は無防備。敵が暴れると付箋が落ちる。評価、縛りプレイ用。それで終わりだった。剣士のページなら、コンボも装備も周回ルートも、スクロールしても終わらないくらい載っている。こいつのジョブには、何もない。
読んだ。閉じた。
暗示がかかるまでには、時間がいる。その間、誰かが敵の攻撃を引き受ければいい。
……盾なら、ある。僕はまだ、希望を捨てていなかった。




