「1on1マッチング - パンドラ」で引き当てたのは、醜悪な顔のペンギンだった(2)DECK BEAT
古い家の引き戸を開けると、中は別の世界だった。
ネオンの光が床に反射して、壁一面に見たこともない文字が流れている。外の波の音は消えて、いきなり音ゲーの爆音。古い家の中に、サイバーパンクの部屋が丸ごと入っている。
ペンギンが、入り口で固まっていた。潰れたあんぱんみたいな口が、ぱくぱくしている。
「……なにここ。すごい」
「ゲーセンだよ。外見と中身が違うのは、VRサーガじゃよくある」
「きみ、こういう場所、しってるんだ」
僕はいちばん奥の台に向かった。二人対戦のVR音ゲー、『DECK BEAT』。ここに来る理由は、ほぼこれだけ。これを毎晩、一人でやっている。ギルドのことを忘れられる唯一の時間だ。
ペンギンがあとからついてきた。台の前に立つと、足元に光の円が二つ浮かぶ。初めての二人プレイ。片方にペンギンを乗せ、もう片方に僕が乗ると、二人の両手に光る棒が一本ずつ現れる。
「ルールを説明するから聞け。一回しか言わないぞ」
「ん」
「曲に合わせて、光の輪っか――ノーツが飛んでくる。前からも、横からも、頭の上からも、足元からも。それを、手に持ってる棒で叩き落とす。以上」
「ん。えっ、以上なの?」
「以上だよ。細かいことはやりながら覚えろ」
いちばん簡単な曲を選んだ。ゲスト登録で。ランキングを気にせずにすむ、いちばんいい方法だ。
「よし、行くぞ」
「ん!」
カウントが入って曲が始まる。
足元の円が光の球に広がる。その中心に立つ。前から輪っかが来る。右の棒で叩く。左から来る。左の棒。頭の上。両方。足元――
どんっと音がした。
隣に目をやった。
ペンギンが、尻もちをついていた。
足元のノーツを取りにいこうとして、体をひねりすぎたらしい。潰れたあんぱんを天井に向けて、短い足を投げ出して、光の球のど真ん中でひっくり返っている。
「……ぶっ」
だめだった。
「あっはっはっはっは! お前、何やってんだよ! まだ十秒だぞ?」
「……足元のやつ、あれ無理じゃない? 届かないよ」
「無理じゃねーよ! しゃがめばいいんだよ! なんで回転したんだよ!」
「回ったほうが速いかと思って」
「速くねーよ!」
僕は笑いすぎて三つ落とした。それでも勝った。当たり前だ。
二曲目。
「スペードの7は頭の上! ハートの10は右の方だって! はぁー、どんくさいなーお前は」
「はいはい、どんくさくてすみませんねー。次、どこ?」
三曲目。四曲目。
ペンギンはよく転んだ。転ぶたびに僕が笑って、ペンギンが「うるさーい」と言って起き上がった。起き上がるたびに、少しだけましになった。
気づいたら四時間も経っていた。
「じゃー次でラストな」
「ん? きみ、まだ帰りたくないでしょ」
「ラストだって言ってんだろ。ガキは寝る時間だ」
「眠くないもん。でも、これで最後にするね」
最後は僕がいつも締めに選ぶ曲にした。途中で一度、譜面の流れがひっくり返る。前から来ていたノーツが、急に背中側からまとめて来る。
曲が始まった。
僕はいつも通りに叩いていた。ジャストは落とさない。反射だけで叩ける。
ひっくり返るところが来た。
僕は分かっていたから、体を回した。
隣で、ペンギンが、僕より半拍早く回っていた。
……は?
ペンギンの動きが気になって、ジャストを一つ外した。
曲が進むと、ペンギンはそこにノーツが飛んでくることが分かっていたかのように、自然に体をひねり、回り、しゃがむ。腕を動かした位置に、すいすいとノーツが吸い込まれていく。まるでアイドルの振り付けを見ているようで、目が離せなくなった。
僕はというと、慣れている曲なのにジャストを次々と外していく。ペンギンの姿を目で追いつつも、記憶頼りに反射神経でノーツを潰して回る。ペンギンと僕は、同じ曲をまったく違う動きでプレイしている。
曲が終わった。
結果が出る。
左、みな。右、おきんたま研究学会学長。
右が光っていた。
「んんんんん!?」
ペンギンが自分の画面を二度見した。
「勝った? ボク、勝ったよね?」
「……ああ」
「やったー!」
ペンギンが跳ねた。ネオンの天井に届きそうな勢いで、二回、三回。それから、着地して、こっちを向いた。
「きみ、すごくゲームがうまいんだね。感動しちゃった」
「お前はゲームが下手だな。でも見どころはあったぞ。才能はあるみたいだし、俺が教えたらもっと上手くなるかもな」
本音だった。
ペンギンは反応が遅い。叩く位置も不正確だ。でも、体だけは、いつもノーツの来る方を向いていた。譜面を見ているんじゃない。曲の流れを聞いて、次のノーツがどこから来るかを読んでいる。これは天性の才能と言っていいだろう。
DECK BEATは、トランプゲームのような言葉を使ってプレイする音ゲーだ。トランプの枚数と同じ、五十二本のレーンがあり、上下・前後・左右、全方向からノーツが飛んでくる。ノーツにはトランプの記号と数字がついていて、記号が高さ、数字が方向を表す。
数字は自分の背中が1で、そこから時計回りに、4が左、7が正面、10が右、13で背中に戻る。通常の体勢で叩けるのはせいぜい4から10くらいまでだ。1とか13――AとかKが来たら、体を大きくひねらないといけない。
そもそも、人間の目は全方向を見ることができない。正面しか見えないのに、後ろからも無遠慮にノーツが飛んでくる。何度もやり込んでノーツの位置を覚えないとクリアが難しい、初心者殺しのゲームだ。
なのに。こいつはプレイ初日でありながら、僕から一本取った。僕はゲームが上手い方だし、DECK BEATも半月くらいはやり込んでいる。そんなやつを相手に、こいつは勝ったのだ。
「ねぇ、きみ」
「なんだよ」
「その……普段は何してるの? プロゲーマー?」
「ちげーよ。こう見えても一応、ギルドのマスターをやっている」
「えっ、ギルマスさんなの!」
この展開は読めていた。こいつはレベル20で、ギルドに入っていない。こういう話の流れにならない方がおかしいだろう。けど、僕はもう答えを決めていた。この才能に賭けてみたい。
「あの……。ボク、いまギルドを探してて……」
ペンギンが一歩、距離を詰めてきた。
「ん? おお、そういえばレベル20だもんな。ギルドに入らないとパーティが組めなくなるしな。うんうん」
「そうそう。チュートリアルが終わって、ひとりぼっちになってしまった……」
ギルドの側は、チュートリアル上がりを歓迎しない。腕の分からない新入りが下手な立ち回りをすれば、ギルドのランクが下がる。だからチュートリアル上がりは、ギルド探しで苦戦する。ここで心が折れて、やめていくプレイヤーも多い。
「ね、どんなギルドなの?」
「『ねこのて』っていうギルド。俺は戦闘が一人ではできない。ねこのてでもいいから借りたくてな」
「そうなの? 意外だね。……猫の手、借りれたらいいね」
ん? 思ったよりもグイグイ来ない。なぜだ?
「お前、ギルドは見つかりそうなのか?」
「え、あ……。うーん。ボク、いつも足手まといって言われてて、迷惑かけちゃうんだよね」
意外だ。ゲームは下手だが、それでも才能はある。間違いない。何にそこまで苦戦しているというのか。
「俺にはそこまで不器用に見えないけどな」
「……」
あれ、黙り込んでしまった。間違えてしまったのか? ひょっとして、何かやらかした?
「ね、きみ」
「な、なんだ?」
「……さっき、教えてくれたらもっと上手くなるって言ってたよね?」
「お、おう。言ったぞ」
「それじゃあ、お願い!」
ペンギンが両手を前で揃えた。潰れたあんぱんが、まっすぐこっちを向いている。声だけが真剣だった。
「いつもパーティの仲間に迷惑ばかりかけるボクが、ちゃんとみんなの役に立てる方法を教えて」
今まで見たペンギンのどの顔よりも、真剣に見えた。ふざけた潰れたあんぱんの顔でも、そんな風に見えてしまった。
「ボクは、役に立って、みんなに愛してもらえる自分が欲しい。きみの手になれるよう頑張る。だからお願い、ギルドに入れて!」
ようやく出てきた。その言葉を待っていた。
「ああ、いいよ。ギルドに入れてやるよ」
「え、本当!?」
ペンギンが、跳ねかけて止まった。小さい黒い点が二つ、じっとこっちを向いている。
「本当だよ。招待送るぞ。ほら」
今度は跳ねた。
「ん! ギルマスさん、こんな見た目のボクを入れるんだ。本当に変な人だね。……でも、ありがと」
……並んでしまった。「ねこのて」のメンバー一覧に、おきんたま研究学会学長、の文字が。
あのいかがわしい1on1マッチングでメンバーを探しに来てみたらこれだ。名前は口に出せないし、おまけに潰れたあんぱんだ。ギルメンの二人になんて説明すればいいかも分からない。
「なあ」
「ん?」
「そういえばだけど、お前のこと、なんて呼べばいいんだ? 略し方とか」
「んーー、そうだね。きんたまでいいよ?」
「……」
「き・ん・た・まー」
「呼ぶかっ!!!」
江ノ島の夏。海の向こうで、花火が数発上がった。
そういえば、こいつのジョブを聞いていない。




