↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/31

海灯祭 -LANTERN NIGHT- で、二人だけ灯籠を上げなかった

 入り口で、イベントのスタッフのアバターが、灯籠を一つ渡してきた。


 六月二十日、土曜日の夜。海灯祭 -LANTERN NIGHT-。どこかの企業が主催している、期間限定のイベント型ワールドだ。


 僕が誘った。おしおきコロシアムの夜から二週間、ユイナはソファーに一人分空けて座っていた。その一人分を埋める方法を知らないまま、お祭りに遊びに行こう、と言った。言ったら、ユイナは、ん、とだけ答えた。


「みなくん。……すごいところに連れてきたね」


 入り口をくぐって、最初にユイナが言ったのが、それだった。


 海辺だった。夜の砂浜に提灯の明かりが並んで、その先に黒い海がある。空に、灯籠がいくつも上がっていた。数(かぞ)えきれない。一つ一つに、誰かの願いが書いてある。


 そして、砂浜には、カップルしかいなかった。


 男女もいれば、美少女アバター同士、犬と猫、もふもふしている何かが二つとか。とにかく、すべてが二人でワンセットだった。


 すれ違った二人組の片方が、こっちを向いて言った。


「お二人も、早めに上げたほうがいいですよ。あとで混むので」


 僕は手に持っている灯籠に目を向けた。ユイナもそれを見て、僕の袖を引いた。引いただけだった。


 すぐ横で、別の二人組が灯籠を持ち上げた。手を離した。灯籠が上がっていくのを二人で見上げて、それから、見つめ合った。


 隣でも、その隣でも、同じようなことが起きていた。


「……ね、みなくん」


 ユイナの声が、二週間ぶりに、少しだけ、いつもの音になった。


「ボクたちも、灯籠を上げるの?」


「……」


「ん? あれ、みなくん照れてるの? 照れちゃうんだ」


 いつもの調子で絡んできた。絡んできたことに、少しほっとした。ほっとして、それを顔に出さないようにした。


「あーもうはいはい」


「はいはい、って」


「こっちだ」


 僕らは砂浜を歩いた。脇には広告が並んでいる。このイベントのスポンサーなのだろう。かわいいイラストもあれば、家庭用洗剤の写真みたいなものまである。ミニゲームなんかもあって、遊んでいるカップルの姿も見える。


 砂浜の端から、坂道が一本、上に伸びている。掲示板で地図を見て、知っていた。誰もそこに行かない。灯籠は、砂浜から上げるものだからだ。


 このワールドは、プラベを作れない。千人が、同じ一つの会場に入る。それを知っていて、ここを選んだ。二人きりの部屋に入っても、言う言葉が見つかっていなかったからだ。


 おしおきコロシアムの夜、悪かった、は、あの場で言った。何が、と聞かれて、全部だ、としか言えなかった。全部の中身を、二週間、探していた。


 それを、カップルの真ん中で言う気はなかった。


「それにしても、カップルだらけだな」


「ん? そりゃそうでしょ。このイベントってそういう場所でしょ」


「てっきり、地元のお祭りみたいなやつかと思ってた」


「あー、みなくんそういうの好きだもんね。江ノ島の花火みたいなやつ」


「……あっちに行こうぜ」


 僕は砂浜を横切った。灯籠を上げているカップルの間を、抜けた。誰もこっちを向かなかった。向く暇がなかった。


 坂道に入った。人がいなくなった。砂浜の明かりが後ろに遠ざかって、提灯がぽつぽつと並んでいるだけになった。


「ちょっと、みなくん。ここ、全然人がいないよ?」


「そっちの方がいいだろ」


 後ろから、ユイナがついてきていた。声が弾んでいた。


「ん、もしかしてボク、今日どうにかされてしまうの? なんてね」


「……いいから、ついてこい」


「んふふー。はいはい、ついていきますよ」


 久しぶりの、んふふー、だった。


 坂は長かった。途中にベンチが一つあった。誰も座っていなかった。通り過ぎた。


「ここ、二人しかいないね」


「……そうだな」


「ベンチ、あったよ」


「あったな」


「通り過ぎるんだ」


 もう一つ、あった。通り過ぎた。


 ユイナの足音が、少しずつ、小さくなっていった。


「……みなくん」


「なんだ」


「なんかここ、雰囲気がちょっとヤバいよ」


「どういうこと」


「こんなに薄暗いところに、二人きりって」


「え、そうか?」


「ん……。みなくんがそういう人なの、忘れてた」


 拗ねた。拗ねたまま、ついてきていた。



 坂を登り切った。


 海が眼下にあった。黒い海と、砂浜の提灯の列と、そこから上がっていく灯籠が、一度に見渡せた。


 ユイナが隣で止まった。止まったまま、しばらく、何も言わなかった。


 僕は笑った。笑って言った。


「ここ凄くね? めっちゃ景色いいよな」


「……ん」


「掲示板の地図を見ただけで、賭けだった。当たりだ」


 下の砂浜を指さした。大勢のカップルが見える。上から見ると、全部、小さかった。


「まったく、いちゃつきやがって」


「……」


「こっちのほうが、いい景色だぞ」


 ユイナは下を向いていた。向いたまま、返事をしなかった。


 僕は、探して見つけたやつを、言った。


「な、ユイナ」


 久しぶりに名前を呼んだ。なぜか自然に口から出てきていた。


「俺たち、出会ってもう半年以上になるな」


「ん。そうだね。いろいろあったよね」


「本当の自分になる。そう決めたとき、俺の手になるって言ってくれて、本当に嬉しかった」


「ん。ボクはみなのて、だからね」


 ユイナは得意げに笑った。


「あのな。実は俺、お前のことをどう扱えばいいのか、ずっと悩んでいたんだ」


 出会ったときはただのガキだと思ってた。けど、おかげで気軽に話せた。一緒に色んな困難を乗り越えてこれた。突然お前が女だと分かって、驚いて、怖くなったりして、どうすればいいのか悩んだ。けど、ようやく僕の中に答えが出た。


「俺たち、いいパートナーだと思わないか?」


「……ん? みなくん、どういう意味?」


「ユイナ。これからも、俺の良い『相棒』でいてほしい」



 言えた。


 ソファーで空いていた一人分を、これで埋められると思った。


 ユイナがこっちを向いた。


 向いて、僕の顔を、しばらく見つめていた。何かを探しているような顔だった。それから、下の灯籠に、目を戻した。


「……ん。相棒ね」


「相棒だ」


「いいよ。それで」


 声は、平らでも、弾んでもいなかった。聞いたことのない声だった。


「……この間の、コロシアムのこと。まだ、引いてるか」


「引いてる。あれは、ずっと引いてる。……でも、来たよ。ギルドメンバーだからね」


 相棒。その関係性に納得していないことは伝わる。伝わるが、僕は相棒よりもしっくりくる言葉が何も思い浮かばない。


「みなくん」


「なんだ」


「それ、持ったまま」


 僕の手を指さした。


 灯籠だった。入り口で渡された、二人で一つの灯籠。書かないまま、灯さないまま、坂を登って、ここまで持ってきていた。


「……返す場所、分からん」


「上げないの?」


「……書くこと、ねえし」


 言った途端、ユイナの表情が、一瞬、止まったのが分かった。止まって、すぐ、戻った。


「ん。じゃあ、持って帰れないね」


 灯籠は、ワールドの外へは持ち出せない。書かなかった灯籠は、ここに置いていくしかない。


 ユイナが、坂を登り切った先の草に、座った。僕も隣に座った。一人分、空けなかった。空けずに座った。


「ね、みなくん」


「なんだ」


「相棒って、肩、貸してくれる?」


「……貸す」


 肩に重さが乗った。


 VRだ。重さなんてない。それでもあった。砂漠の夜の、背中の重さと、同じだった。


 下から、灯籠が上がってくる。砂浜にいたときは、頭の上を上がっていった。ここでは、足の下から上がってくる。何百も。誰かの願いが、一つずつ、目の高さを通り過ぎて、空に消えていく。二人でそれを見上げていた。


「ボクね」


「……」


「このままで、いい。……この間、言ったやつ。あれ、ほんとに、このままでいい」


「……何が、このままだ」


「秘密」


 二度目の秘密だった。


 肩の重さは動かなかった。灯籠が上がっていく。上げなかった灯籠を膝に乗せたまま、上がっていく灯籠を、二人で見送っていた。


「みなくん、今日は、いい景色だったよ」


「……だろ」


「ん。……相棒の、いい景色」


 その言い方だけが、少し、引っかかった。どこに引っかかったのかは、分からなかった。分からないまま、肩に乗った重さを、動かさずにいた。



 千人の中で、灯籠を上げなかったのは、たぶん、僕らだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。