↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/30

【クエスト】砂漠突破、乗っ取ったモンスターで夜を走る

「みなくん、今日はドライブデートしよっか」


 五月二十三日、土曜日の夜。砂漠の入り口で、ユイナが指さした先にトカゲがいた。


 大きい。


 二本の足で立って、こっちを一瞬だけ向いて、それから走って消えた。消えるまでに三秒もかからなかった。


 砂走り。wikiで名前だけは見ていた。クエストは砂漠突破。夜のうちに向こう側の遺跡に着けば終わりだが、歩けば三時間、砂の中のワームに盾を向け続けることになる。


「ドライブデート? お前、何を言い出すんだ」


「紫の付箋(テイム)。敵の動きを乗っ取って、ボクが上に乗る。乗ってる間、あの子の足はボクの足」


 ユイナは毒針を外して、鉄杭を出した。


「毒針だと、乗り物が死んじゃうからね」


 砂丘の裏に、もう一匹が伏せていた。僕は盾を構えて、挑発を撃った。


 トカゲは跳ね起きて、逆に走った。


「臆病な子に、わざわざ怒鳴ったんだ」


「……癖だ」


「ん。しってる。みなくんの癖」


 三匹目では、挑発を撃たずに、盾の後ろで息を殺した。ユイナが忍び足でトカゲの背後に回って、小さい声で言った。


「ラポール55%。三十秒」


 杭を背中に打った。トカゲが走った。杭に掴まったユイナごと走った。


「さんじゅう! にじゅうきゅう!」


 僕は走った。聖騎士の足で、追いつくわけがなかった。声が、砂丘の向こうから小さくなっていった。


「じゅう! きゅう、はち……さん、に、いち……ゼロ! かかった!」


 声が止まった。砂漠には風の音しかなかった。二分間、砂丘の上に立っていた。


 トカゲが戻ってきた。背中に、女の子のアバターが乗っていた。


「みなくん、遅い」


「……走った」


「みてた。砂丘の上で、盾持って突っ立ってるの」


 トカゲが足を止めた。


「乗って。後ろ」


 乗った。掴むところは、前に座っている女の子のアバター、その腰しかなかった。


「落ちるよ。ちゃんと掴んで」


 掴んだ。走った。速い。砂丘が下に流れていった。


「ね、みなくん。これ、三十分で着いちゃうよ」


「……マジか」


 紫の付箋(テイム)は、敵を操る術だ。暗示がかかった敵の動きを、幻術師が代わりに決める。走れ、止まれ、曲がれ、殴れ。その敵が持っている動きなら、一通り使える。


 今日はそれを、戦闘以外に使った。敵を乗り物にした。トカゲの足は速く、砂の中からワームが出て、こっちを向いたときには、もう後ろだった。


 砂漠のワールドは星だらけだった。僕ら二人を飲み込んでしまうような、美しい夜の空。何もない砂の地平線。変わらない景色。乾いた空気が、僕の耳を掠めるような感覚があった。



 しばらく黙って走った。沈黙を破ったのはユイナだった。前を向いたまま唐突に。


「ね、みなくん。ずっと、きいてみたかったことがあるんだけど」


「なんだ」


「みなくんってさ、反射神経がものすごく良いよね」


「……」


「どんな時も、勝てる方法を見つける執着心。人の何倍かかっても、攻略しようとする粘り強さ」


「いや、それはお前も……」


「格ゲーの、元ランカー」


 やはりその話か、と思った。


「そんな人が、ランキングって言葉を聞くと、声が止まる。正月の表も、SNSのランクダウンも、みるのも嫌なくせに」


 前を向いたままなら、言いやすい。言われるほうも同じだ。顔が見えない。


「嫌なくせに、ちゃんと上は目指してる。毒針を取りに行って、大木に残って、蜘蛛の茶会(ティータイム)もそう。……ねえ。みなくん?」


 トカゲが砂丘を一つ越えた。星が頭の上を回っていた。


「……嫌に決まってるだろ、話すのは」


「ん。じゃあ、ボクが勝手に当てるね。当たってたら、黙ってて」


「……」


「中学の時、何かあった?」


 飲み込まれている。


 僕はこの雰囲気に飲み込まれている。ユイナはいつだって、分かっててそういうことをしてくる。出会ったときからそうだった。


 自分をさらけ出すのが怖い。そんな僕の内側に、最初からずけずけと入ってきた。僕を油断させて、普段言わないようなクズ発言まで引き出して、しまいにはお前呼びするような関係にまでなった。どれだけ抗っても、こいつには僕の内側をぐいぐいと引きずり出される。


 飲み込まれていると分かっていても、僕はユイナに話さなくてはいけない気がした。耐えられないほどの静けさ。しばらくの沈黙の後、とうとう僕は口を開いた。


「……中一のとき」


「ん」


「友達に誘われて、格闘ゲームを始めた。格ゲー。『BLADE BREAKER』って言って、みんな、ブレブレって呼んでた」


「なんか聞いたことあるかも。オンラインで出来るやつ?」


「マイナーだから、知らないと思うぞ。それにめちゃハマって、ネットの知らない人と戦いまくった。そしたら、定例大会に出てみないかって誘われて。出てみたんだ」


「ランキングが気になったんだね」


「ああ」


「強かったんでしょ?」


「いや、最初はそんなことはなかった」


「そうなの?」


「練習した。キャラクターを、自分の体の一部に感じられるほど、手に馴染ませた。そしたら、順位がみるみる上がった」


「どこまで上がったの?」


「世界で十七位、日本で四位」


「すごいね」


「俺は納得してないんだけどな。負けて終わった、って今でも思ってる。全然、これより上に上がれなくて」


「いや、十分だよ」


「そうかもしれない。けど、当時はそんなふうに思えなかった」


 自分の声が震えていた。


「……孤立、してたんだね」


 ユイナはゆっくり間を置いて言った。


「周りに人がいなかったら、視野が狭くなってしまう。それで、自分でもよくわからない何かに執着してしまうことって、あると思う」


「お前にも、そんなことがあったのか」


「ん? ボクのことはいいよ。今は、みなくんの話でしょ」


 VRサーガでは、踏み込みすぎるな。誰が言い出したのかわからない、このゲームのマナーが邪魔に感じられた。


「順位が上がると、どんどん妬まれて、友達だと思ってたやつが、敵になる。学校にも行かなくなってた。俺はそうやって一人になっていった」


「ん」


「もっとやらないといけない。順位を落としたら終わりだ。ランキングが下がったら、誰も俺に興味を持たなくなるって」


 ユイナの肩は小さく震えていた。


「怖かったんだ。トップランカー、って呼ばれる頃には、ずっと怖かった。夢の中までランキングが追いかけてきて、寝れなくなった」


「だれかに、助けてもらえなかったの?」


「そういう人は、いなかったかな」


「そう」


「そのまま突っ走って、中二の冬に、心が折れた」


 後ろ姿のユイナは、まだ何かを考えているように見えた。しばらく黙って、トカゲの足音だけを聞いていると、ユイナがまた質問をしてきた。


「……ねえ。みなくん。本当にそれっきりなの?」


「それっきりだ」


「でも、毎日VRサーガにいるし。ランキングも、嫌だ嫌だと言いながら、それでも気になってる」


「……」


「本当は、上を目指したいんじゃないの?」


「それは――」


「目指すんでしょ?」


 分からない。分からないけど、なんとなく口からこんな言葉が出てきた。


「無我夢中で上を目指している時の自分が、『本当の自分』な気がするんだ」


 意外だった。


 そんなことを思っていたなんて、自分でも理解できていなかった。口に出して、それで僕がそういう人間なんだというのを、自覚させられたような気がした。


 ユイナの背中が、こっちに寄りかかってきた。


「そっかー」


 軽いリアクションだった。今までの真面目な空気が、嘘のようにほどけた。この時ばかりは、ユイナが何を考えているのか分からなくて、この星空の遠くからやってきた、宇宙人のように見えた。


 なのに、背中を預けてくるこいつは、年下の可愛い女の子にしか見えなかった。


「あ。みなくん、手、震えてる」


「……寒い」


「VRだよ」


「……寒い」


「ふーん」



 トカゲがもう一つ砂丘を越えた。越えた先に遺跡があった。


 三十分で着く、とユイナは言っていた。手元の時計を見た。乗ってから、一時間ほど経っていた。


「……お前、遠回りしたな」


「してない」


「してるだろ」


「んふふー。星がきれいだったから」


 トカゲの背中から、二人で降りた。降りた瞬間に暗示が解けた。トカゲは一度だけこっちを向いて、走って消えた。三秒だった。


 砂の上に立つと、足が重かった。聖騎士の足に戻っていた。


「クエスト、終わり」


「……終わりだ」


 ユイナは、遺跡の入り口に腰を下ろした。星が、砂漠の上にまだ全部あった。走っていた間、ずっと見上げていた星だ。止まって見ると、少しだけ遠かった。


「ね」


「なんだ」


「本当の自分になるってことは、辛くて、怖くて、苦しいことばかりだと思う。けど、その方がみなくんは、イキイキしてるなって」


 慰めではなかった。前を向いていたときと同じ、平らな声だった。平らな声で、いちばん痛いところを、そのまま言われた。


「……そうだな。うん。もう逃げるのはやめよう、って思えるようになった。お前、本当に不思議なやつだよな」


 心の中にあった矛盾が解けて、清々しい気持ちだ。


 VRサーガにはクリアはない。あるのはランキングだけだ。


 ランキングが嫌いだと言いながらも、僕はこのゲームに来てしまった。ランキングを背負うギルドマスターも、猫の手が欲しいとか言い訳しつつ、本当はやりたくてやっていた。また挑んで、取り戻したかったのだ。本当の自分を。


「みなくんは、いっつも苦しそうにしてるよね。それでも、頑張ろうとしてるの、ステキだと思うよ。そういうの、かっこいいなって思ってみてた」


「そうなのか?」


「そうだよ。また孤立しそうな時、今度はボクが隣にいるね。そしたら、ちゃんと乗り越えられるから」


 それから、ユイナは、こっちを向いた。


「手伝わせて。本当の自分になりたいってやつ。ボクはみなくんの手だから」



 逃げるのはやめだ。言い訳もやめだ。


 僕は再び、上を目指す。本当の自分になる。本当の自分であり続けるために、どんな困難も乗り越える、そう決めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。