勧誘が来た。トップ8の「蜘蛛の茶会」からも
正装で来た。
チャペルのワールドの入り口で、僕は一度、自分の格好を見下ろした。結婚式に呼ばれたら、正装で行く。ここではそれが普通だ。
「みなくん、似合ってる」
「言うな」
「んふふー。ボクも正装だよ。ほら」
隣でユイナが一回転した。いつもの幻術師のフードを外して、薄い色のドレスを着ていた。フードがないユイナは別の人に見えたが、声はいつものボイチェンの声だった。
「みなくん。何か言うことは?」
「何かって?」
「……そんなんじゃ、女の子にモテないよ」
五月九日、土曜日の夜。式を挙げるのは、ヤマムとイチゴ。のらねこラウンジの常連で、カウンターの隅に半年、並んで座っていた二人だ。しろねこに、あんたらも来いってさ、と言われて来た。
チャペルには三十人くらいいた。扉が開いて、燕尾服と白いドレスが入ってきた。三十人が口々に、おめでとう、と言った。指輪を付け合って、誓いの口づけ。拍手。式は、それで終わりだった。
三十人は、隣の部屋に移った。披露宴の会場だ。円卓が六つ。奥に新郎新婦の席がある。高砂、というやつだ。
僕は、入り口にいちばん近い円卓に向かった。空いている端に座るのが、癖だ。
「ねこのて様は、こちらです」
スタッフに止められた。案内された先は、高砂にいちばん近い円卓だった。
「みなくん、ちゃんと席表みて。いちばん端に座ろうとしたらだめだよ」
「……癖だ」
「今日は、端じゃないんだって」
円卓は、ギルドのランクで分かれているらしかった。案内された卓には、ランキングの表で見た名前が、一つ、二つ。席次を書いたのは、たぶんしろねこだ。
その卓の、高砂に向かっていちばん遠い席、上座には蜘蛛の茶会のギルドメンバーがいた。
二人。頭の上に出た名前の横に、青色に染まったギルドの印。十八人しか所属していない、ランキングの上から八つの常連だ。片方の名前はエナリ。その隣に、僕とユイナが座る。
「やあ。きみたちが『ねこのて』だよね。噂には聞いていたよ」
エナリが、先に声をかけてきた。落ち着いた大人の声だった。
「最近噂になっている幻術師と、一人で三役をこなす聖騎士。合っているかな」
「……やっていることは、普段と変わらないです」
「SNSではそうなっている。……噂にも聞いているかもしれないが、うちは大きなギルドではない。互いにリスペクトしあえる人だけを入れている。それだけメンバーの加入に慎重なんだ。そんなギルドのマスターが、きみたちに興味を持っていてね」
ギルドマスター。SPIDER325。ランキングの表で何度も見て、そのたびに目を逸らしてきた名前だ。
「とくに、聖騎士のきみには、興味があるらしい」
僕にだ。幻術師ではなく、僕に。
トップ8。その座につけば、順位を守る側に回る。いつか必ず負ける日はやってくる。負けたときの傷は、順位に執着するほど深くなる。毎日、ランキングに追いかけられ、恐怖が精神を蝕み続ける。
僕はそんな中学の頃の自分を思い出して、返事が喉で止まった。
「ありがとうございます。辞退させていただきます」
隣でユイナが言った。丁寧語だった。知らない相手のときの、いつもの声だ。いつもの声で、僕の返事を先に言った。僕はまだ何も言っていなかった。
「え、なんで勝手に断ってるの?」
「代わりに伝えておいたの」
卓が静かになった。ランキングの表で見た名前が、こっちを向いていた。エナリの隣の一人が、小さく息を吐いた。気まずい、という音だった。僕の返事はまだ喉にあって、それをユイナが先に外に出した。
エナリは少し黙った。それから僕のほうを向いた。
「……申し訳ないことをした。気を悪くさせてしまった」
「いえ、そんな」
「上から目線で、きみたちに語りかけるような立場ではなかった。なかなか会えるタイミングがなかったから、私も少し緊張してしまったようだ。……機会をつくってもらえるなら、ぜひ一緒に、ギルド合同でクエストをさせてほしい」
勧誘が引っ込んだ。引っ込んで、別の形で、また出てきた。
「ありがとうございます。それでしたら歓迎いたします」
また隣だった。
「だからなんでお前が勝手に返事してるんだ?」
卓の誰かが吹き出した。エナリも笑った。笑って空気が戻った。
「こちらこそ、変な当たり方をして申し訳ないです。僕たちみたいな者でよければ、ぜひお声がけください」
「こちらこそ。……いいコンビだね、きみたちは」
エナリはそう言って、高砂のほうに向き直った。それで話は終わった。
終わったはずなのに、喉の詰まりだけが、まだそこにあった。隣は、何事もなかったみたいに座っていた。
スタッフのアバターが円卓の間を回って、次々に料理を置いていく。VRの料理だ。食べられない。食べられないものを、スタッフが真面目に運んでいる。給料をもらっているんだろうか。……まあ、そんなわけがないか。
食べられない料理を、僕は、しばらく眺めていた。
高砂で、ヤマムとイチゴが並んで座っていた。二人の指に、同じ指輪が並んでいた。BOOZEのいちばん安いやつだ。
VRサーガでの結婚、というのを、最近よく耳にする。正式な機能があるわけじゃない。チャペルのワールドをフレンド+のインスタンスで作り、指輪をBOOZEで買って、それっぽくやるだけだ。決まった形式もしきたりもない。
「VRでみても、なんかいいもんだね」
「そうか? あんまりよく分からないんだよな、こういうの」
ユイナは、それ以上は何も言わずに、高砂の二人に目を戻した。
この二人は、リアルでも一緒に暮らしたりするんだろうか。VRで付き合い始めて、リアルでも付き合って、それでだめになった、という話も聞く。オンラインゲームではよくあることだ。ここでも、たぶん、ある。
「お前、ネットで知り合った人と付き合ったこととか、あるのか」
聞いてから、聞き方が雑だったと思った。
「え、ボクまだ中学生だよ? リアルで人と会っていいわけないじゃん」
「そりゃそうか。……って、危ない危ない。いつまでその設定なんだ、だったわ」
「みなくん。ちょっと前まで、おっさんとかガキとか、変な設定を勝手につけてたよね。なつかしー」
「……え? 中身は、おっさんなんだろ」
「はいはい。ドレスのおっさんね」
ユイナはつい四ヶ月前まで、潰れあんぱんの顔をしていた。名前も変だった。それがずいぶんと昔のことみたいに感じられて、不思議な気持ちになった。
高砂で、ヤマムとイチゴが、冷やかされていた。冷やかしているのは、普段はど派手な格好をしている連中だ。今日は全員、フォーマルな服に替えてきている。おじさん声の狐耳お姉さんが、燕尾服で男装して何か叫んでいた。三十人が、それを見て、笑っていた。
「ボクたちもやる?」
小さい声でユイナが言った。
「……誰と」
「ボクと」
冗談の声だった。冗談の声で、目だけが、こっちを向いたままだった。
「そういう冗談が言えるのか」
「さあねー」
それきり、ユイナは、高砂のほうを向いた。向いたまま、しばらく、何も言わなかった。料理がまた一皿置かれた。
帰りは、ラウンジへのポータルだった。ポータルを抜けると、ラウンジは静かだった。客はもう誰もいない。
「そういえばお前、あのギルド、なんで断ったんだ?」
「ん?」
「蜘蛛の茶会。……俺に聞く前に」
「ボク、みなのてなんで」
それだけだった。
「それだけか」
「それだけ。……みなくんが行かないところに、ボクの席だけ空けられても困るし。みなくん、蜘蛛の茶会、行かないでしょ」
「どうなんだろう。……いや、行かないかな」
「しってる。エナリさんに言われたとき、みなくんの声、止まってたもん。……だから、代わりに言った」
止まっていた。あのとき、返事が喉で止まっていたのを、隣で聞かれていた。聞かれて先に言われた。それも丁寧語で。
「……勝手に返事すんな」
「する。みなくんの声が止まったときだけ」
「……」
「合同クエスト、ちゃんと行こうね。本当は興味あるんでしょ?」
「……ある、多分」
こいつの前だと、なぜか本音が口から出てくる。
「ん。ボクはみなくんが一目置かれると、うれしい」
「一目って。何も持たない空っぽな俺に何の期待をするんだよ」
「みなくんのそういうとこ、いいなってボク思う」
いつものソファーに、二人で座った。しろねこは、まだ帰ってきていなかった。カウンターの隅の二席が、今夜は空いていた。壁では、いつもの映画だけが流れていた。
正装に身を包んだユイナは、横顔のまま、もう次の話をしていた。帰ってきてから、式の感想は一度も出てこなかった。




