【SNS】実質二人で倒したらしい、ねこのて?とかいうギルド
「みなくん。ボクたち、SNSで少し話題になっているよ」
五月七日、木曜日の夜。大木討伐の翌日だった。
激しい戦いで消耗したユイナの体を気遣って、今日のクエストは休みにした。休みにしたところで、僕らはいつも通りにVRサーガの中にいる。何も変わらない。
のらねこラウンジのソファー。今朝、僕らはここで目を覚ました。ユイナはソファーで寝て、僕は床で寝て、起きたときには遅刻寸前の時間だった。皆勤賞を逃したくないとか、今日はシャワーが浴びれないとか言って、ユイナは大騒ぎしていた。
そして夜、僕らはまた同じソファーにいた。ユイナは、昨日のことが嘘みたいに元気だった。SNSの投稿を見せようと、手元のパネルをこっちに向けてくる。
「……閉じろ」
「そんなこと言わないでよ。ほら、みなくん、これ、ボクたちだよ」
VRサーガの外で、誰でも使っているSNSだ。
いちばん上に、画像が貼ってあった。
もちまる@VRサーガ 5月6日 23:41
『初討伐、ついにでた #VRサーガ #無限回復する大木 #初討伐』
初討伐の表示を写したスクショだった。無限回復する大木、初討伐。秘密結社ジョーカー、レッド・ガーディアン、ねこのて。昨日、僕の視界の真ん中に出た文字が、誰かの手で切り取られていた。
その下に、返信が並んでいた。
だらだら剣士 5月6日 23:52
『これ、レッド・ガーディアンとジョーカーって、けっこう有名なギルドの合同らしい』
猫背の魔術師 5月7日 0:03
『十人中五人しか生き延びなかったらしく、全ギルドがランクダウンらしいね』
全ギルド。うちも入っているのか。やられた五人に、うちの二人は入っていない。入っていないのに、ランクダウンの六文字が並んでいる。噂だ。噂でも、目を逸らしたくなった。逸らす前に次が来た。
だらだら剣士 5月7日 0:05
『せっかく強いボス倒したのに、なんのためのクエストや。運営さん……』
たまご王 5月7日 0:31
『これ知り合いに聞いたけど、実質二人で倒したらしい。ねこのて?とかいうギルド』
ゆきうさぎ@VRサーガ 5月7日 0:33
『ねこのて、なんかかわいい』
たまご王 5月7日 0:34
『二人しかいないギルドなんだけど、めちゃくちゃ強いんだって』
Rin_vrs 5月7日 1:10
『これでしょ』
動画のリンクが貼ってあった。アステル、という名前がリンクの中に見えた。大木討伐の依頼に書いてあった、あの動画だ。
ゆきうさぎ@VRサーガ 5月7日 1:12
『二人とも女性?? なわけないか。どっちも男か。いずれにせよ、付き合ってはいそう』
猫背の魔術師 5月7日 1:15
『片方が聖騎士で、もう片方が幻術師?』
たまご王 5月7日 1:15
『らしい』
ふとん 5月7日 7:48
『聖騎士が一人で三役こなしてたらしい。タンク役とアタッカー役とヒール役。どれもプロゲーマー並み』
盾で受けて、剣の先で止めて、魔法陣を描いただけだ。やっていることは普段と何も変わらないのに、急に評価が上がった。
けーず 5月7日 9:30
『チート級のプレイヤーじゃないか。こういうやつって昔から才能があって、こんなの簡単とか思ってやってるんだろうな。強すぎるやつが暴れられないように、運営はちゃんとゲームバランスを整えるべきだと思う』
指が止まった。
昔から才能があって。こんなの簡単とか思って。
中学のとき、配信で名前を晒されて、同じことを書かれた。天才中学生。生まれつき。あいつは楽してる。書かれるたびに、次の大会で順位を守らないといけなくなった。
その文字が、いま、目の前にあった。
指が動いた。
「みなくん、いま、それにいいねした」
「……指が滑った」
「チート級に、いいね」
「滑ったんだよ」
取り消した。取り消しても、押した事実は、ユイナに見られていた。
その返信の下に、もう一つ、ぶら下がっていた。
ひなたぼっこ@VRサーガ 5月7日 9:41
『ん、嫉妬? どしたん? 話聞こうか』
チート級と書いた人に、誰かがそう返していた。それで、少しだけ、笑えた。
僕は、そこでパネルを閉じて、ユイナのほうに押し返した。
今日は、店内がやたら賑わっている。間違いなく、僕らのせいだ。
客が十人以上はいた。カウンターも全席埋まっている。連休は、昨日で終わっている。しろねこは忙しそうに、客のグラスにワインを注いで回っている。
実質二人、という言葉が聞こえた。ねこのて、という言葉も聞こえた。ソファーの僕らのほうを、誰も向かない。向かないのに、話は全部、こっちの話だった。
「みなくん、ボクたち付き合ってそうなんだって」
「……は? そこかよ。あれだけ書かれてて、お前が拾うところ、そこか?」
「どうせ他のは、みなくんが拾うでしょ。ほら、ランクダウンとか」
「……気になるだろ、ランクダウンは」
「ね。……まー、ボクたち実質的に、付き合ってるわけだし。親切に教えてあげようか。『そうです、わたしたちお付き合いをさせて……』」
ユイナの指が、パネルの上を動いていた。返信の欄が開いていた。
「おーい、俺たちはいつの間にそういう設定になった? 変なリプを打つなよ!」
「えっ?」
「え?」
ユイナの指が止まった。止まって、それから、声だけが大きくなった。
「みなくん、ひどくない? ボクのことをあんなふうに自分の手みたいに使っといて、ただのお友達だなんて、ひどい……」
「お前は、ギルドメンバーだろ」
隣のカウンターで、客が大笑いした。何人もこっちを向いた。『手みたいに』が、昨日の森の話だと分かる人間は、この店に一人もいない。
「んふふー。二人しかいないのに、ギルドメンバーなんて言われてもねー」
「おいお前、さっきのリプ、打ってねえだろうな」
「秘密にしておきますー♡」
ユイナは、いたずらっぽく笑いながら、返信の欄を閉じた。
「それよりお前、体調は大丈夫なのか」
「ん、ただのVR酔いだし、全然大丈夫」
「次からは酔い止めでも飲んどけ」
「わかったよ。みなくん、すっかり有名人になっちゃったし、迷惑はかけられないからね」
「有名人、なのか……?」
「有名人じゃないの?」
「ねこのてさん、次はどこ行くの?」
カウンターから、客の声が飛んできた。何人かがこっちを向いた。
「……決めてません。すみません」
明日以降のクエストの予定も空っぽだ。予定もないのに、なんで毎日、VRサーガに来てしまうのだろうか。
忙しなく働いていたしろねこが、ワインのボトルを片手に近づいてきた。僕らの前でずっと空だったグラスに、ワインを注ぎながら話に割り込んでくる。
「みな。今週の土曜、うちのヤマムとイチゴが結婚するよ」
「……は?」
「カウンターの隅に、半年、並んで座ってた二人だよ。チャペルのワールドで式を挙げるから、あんたらも来いってさ」
イチゴの声は知っている。若い女の人の声だ。ヤマムの声は、一度も聞いたことがない。半年、並んで座っていたのは知らなかった。
「え、VRで恋人になったり、結婚したりする人、いるんだ?」
隣で、声が一段、高くなった。ユイナが、ソファーから身を乗り出していた。女の子のアバターが、目をぱちぱちさせて、それから、僕のほうを向いた。
「……そういうのは、あんまり分からん」
「分からないんだ」
「分からん。……けど、うちのギルドにも、人がいた頃は、付き合ってたやつがいたな」
「え、いたの」
「十月に抜けた一人。VRで彼女ができて、彼女のギルドに連れていかれた。正直、VR内で恋愛とか、やめてくれって思う。ギルド内も荒れた。ギスギスしてたよ」
「ああ、さようですか」
声が平らになった。
「そういうのいいなって思って、すみませんでしたー」
「別に、お前に言ってねえ」
「ふーん」
それから、ユイナは、指のある手を、僕の頭に伸ばしてきた。
「寝取られちゃったんだ。かわいそうに。よしよし、寂しかったねー。んふふー」
「寝取られてねえ。ギルドメンバーだ」
「ん、ギルドメンバー。……ボクと同じ」
手は、二回撫でて、離れた。離れてから、僕は、自分の顔がどこを向いているのか分からなくなった。
「で、来るのか、来ないのか」
しろねこだった。
「……行きます」
「ん。みなくんが行くなら」
「じゃあ、二人分、伝えとく」
しろねこは、メモに何かを書いた。
何を書いたんだ、と聞く前に、しろねこが一言付け足した。
「今夜は、あんたらの話で場が持ってるから、客は帰らないよ。諦めな」
それでも夜が深くなると、カウンターの客が、一人、二人と減っていった。減って、いつもの映画だけが壁で流れ続けた。しろねこは、それをぼーっと観ていた。
僕は真っ白なスケジュールカレンダーに、赤い丸を入れた。




