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【レイド】無限回復する大木を、初討伐せよ(5)捨て身打ち

 最後の一本。北の根は四割から、ゆっくり減っていた。


「四拍目、スペードの8!」


 僕が打ち上げる。ユイナが刺す。十二秒で暗示がかかる。二拍目で盾に受ける。ユイナが後ろに回って、トランプの数字。返報の剣が返す。その一撃の数字は、西の根のときと同じだ。周期も同じ。


 ただ、HPの削れ方だけが遅い。


 ユイナは、自分の力で根の腹に針を刺せなくなっていた。動きの激しい大木の根に、百回以上はしがみついた。VR酔いで、目を開けるのがやっと。膝が痙攣を起こしている。


 三時間。三時間十分。三時間半。


「……みなくん」


「もう自分で根の腹には行くな。根が仰け反ったときだけ、盾で打ち上げてお前を運んでやる」


「……ん」


 根の外から、ポーションの薬瓶が飛んできた。足元で割れて、薬が脚にかかった。僕のHPバーが二割だけ戻った。


「……ごめん。もうこれしかない」


 レイラの声だった。泣きながら投げていた。投げ終わると草むらに両膝をついて、素材がない、青ハーブ、青ハーブどこ、と震える裏声で繰り返しながら、両手で必死に草をかき分けている。



 三時間四十分。


 北の根が一割を切った。


 切った瞬間に、根の動きが変わった。動きが速い。地面を掻く。掻き終わる前に横へ薙ぐ。薙ぎ終わる前に先端を振り上げて、叩き落とす。三つの動きが一本の根から続けて来た。予備動作が、どれも六割ほどに縮んでいる。


「クラブの4、ハートの7、そのまま―― ……クラブの4!」


 三つ分を言い切る時間はなかった。


 止めた。


「ハートの7!」


 止めた。三つ目が、数字より先に届いた。止められない。そのまま食らった。HPバーが二割飛んだ。


「みなくんごめん。先読みが、追いつかない」


「言えるだけ言え」


 ユイナはいま、根の腹の上にいる。凶暴化した瞬間に、僕が盾で打ち上げて運んでおいた。運んですぐ、青の付箋(リヴィール)を一枚、上から重ねて貼らせてあった。根の激しい動きで、しがみついた体が何度も宙に浮く。


「ダイヤの5! ……あ」


 剣先を出した。外れた。キャンセルスポットが点灯したのは、言われた所より一つ上だった。ユイナの数字が違っている。先読みが、まともにできなくなっている。


「……かかった。重ねたぶん……あと、四十秒」


 重ねた暗示がいまかかった。回復もあとわずか。ユイナに、次の一枚を貼る力はもう残っていない。この四十秒が過ぎたら、付箋も使えない。返報の剣も使えない。それまでに返報の剣が返せる分では、最後の目盛り一つに、まるで届かない。


 完全に詰みだ。



 横を見た。


 『あの東の根は、うちの二人で止めます』


 八人の前でそう言ったのは、僕だ。


 他のギルドなんていなくても、全て僕らだけで片付けるつもりだった。しかしそんな力なんて無い。わかっていた。


 僕は特別な人間じゃない。何の才能もない。何も持たない人間だ。どれだけ頑張っても、最後は負けて終わる。勝って勝って、最後まで勝ち切って終われたことなんて、一度もない。


 けど、諦められなかった。自分を騙した。勝てるから、ってユイナに僕は言った。あんなのハッタリだ。勝てるからやってるんじゃない。勝ちたい。勝った自分が、ただ欲しかった。


 いつもなら、ここで諦める。僕は、ランキングなんてものは大嫌いだ。あんなものに執着して、勝つことに執着して何になるんだ。諦めたら全てが楽になる。どうせ僕には何もないんだから、負ければいい。それで僕が納得すればいいんだ。


 けど、今日はダメだ。


 ユイナが、何も持たない僕と、毎日このVRサーガで会ってくれた。クエストに行ってくれた。五週間も蜂に付き合ってくれた。今日も、あんな風になるまで、僕のわがままに付き合ってくれたのだ。


 今日は、負けてはいけない。


 クスノキとヒノキが、北の根がぎりぎり届かない所に座って、こっちを見ていた。アカギが消えてから、二人はずっと座ったままだった。長剣は地面に置いてある。


「クスノキさん! ヒノキさん!」


 声が裏返った。四時間叫び続けた喉からは、もう、まともな声が出なかった。


「お願いします。力を貸してください。僕とユイナじゃ、もう削り切れません。あと目盛り一つなんです。お二人の長剣なら、届くんです」


 盾の上に根が落ちてきた。受けた。HPバーが削れた。顔は二人のほうに向いたままだった。


「勝手なのは分かってます。うちの二人で止めるって言ったのも、こっちです。強がりです。本当はそんなことできません」


 途中で何度も途切れた。情けない声だった。ギルドマスターの面子なんて、どこにも残っていなかった。


「申し訳ございませんでした! お二人の力を、どうか貸してください。どうかお願いします!」


 プライドなんて、何も残っていなかった。そんなものは、どうでもいい。土下座でもなんでもしてやる。靴でも足でも何でも舐めてやる。もうなんだっていい。勝たせてくれ。


 クスノキがヒノキを見た。ヒノキは僕を見ていた。


「……たかがゲームだろ。なんで、そこまで」


 言いかけて、クスノキは黙った。それから、地面の長剣を拾って、立った。


「……うちのやり方、って言ったのはアカギだ。アカギはもういねえ」


 ヒノキも長剣を拾って立った。こっちを見て言った。


「根の動きを止めたら、言ってくれ。俺らの長剣は溜めがないと打ち込めない」


 勝てる、そう思った。


「あと、十五秒……」


 腹の上から、掠れたユイナの声が落ちてきた。


 二人が、暴れる根の間合いを測りながら詰めてくる。先端が地面を掻く。薙ぐ。その隙間をくぐってくる。


「溜めてください!」


 二人が、詰めながら長剣を構えた。


 見上げた。ユイナは、根の腹に顔を押し付けたまま動かない。


「おい! 起きろ! こっちを見ろ! 数字を言え、次はどこだ?」


「……クラブ、4」


 十秒かかって、二本の長剣が、根の先端の横に並んだ。


 剣先をそこに置くと、攻撃が止まる。根が止まってつんのめった。


「いまだ!」


 二人の長剣が、止まった根の先端に入った。一発。二発。聖職者の陣はない。それでも、返報の剣の倍近い数字が出た。それまで返報の剣が削ってきた分に、その数字が足された。


 北の根の最後の目盛りが、残り半分になった。


 その直後に暗示が解けた。一秒も残っていなかった。


「……みなくん、入った?」


「入った。もう降りろ」


「二拍目……」


 上からユイナがふらりと落ちてくる。言った拍より、二つ遅い。四拍目で受ける。


 レイラは、なんとか一本だけ捻り出した薬瓶を、握りしめていた。全身は泥だらけで、戦ってもいないのにHPが三割にまで減っていた。


「もうない。これでさいご……」


 僕も盾を構える腕が、上がりきらない。ユイナのHPバーは一割と少し。薬瓶が一本、僕の足元で割れた。


「みなくん、つぎがさいご。……これで、おわり」


 盾の上で、ユイナが僕を見下ろしていた。


「終わらせるぞ。四拍目、スペードの8だ!」


 一、二、三。四で盾を突き出した。ユイナの体が投げ出された。よろけたままで十メートル。暴れている根のいちばん上。ユイナが毒針を刺して、青の付箋(リヴィール)を根の皮に押し当てた。


「十二秒!」


 声は掠れていた。掠れてはいたが、今日いちばんの大きさだった。


 根が、ユイナを乗せたまま、いちばん高いところまで持ち上がった。掻いた穴の真上。落ちてこなかった。持ち上がったまま、揺れた。


「ご、よん、さん、に、いち、ゼロ! かかった!」


「よし、もう降りるな」


 本当に次はない。


「これで決める。……次のトランプの数字を言い終わったら、もう休め」


「ん」


「クスノキさん、ヒノキさん。溜めてください!」


 クスノキとヒノキが長剣を構えた。


 次のアクションが出た。叩き落としだ。先端が振り下ろされる。ユイナを腹に乗せたまま。


「ハートの7!」


 剣の先を、僕の正面、胸の高さに出した。触れた。止まった。つんのめった。ユイナの先読みは正確だった。


「よくやった」


 僕は盾を捨てた。装備の強制解除。空いた左手で、剣の柄を握った。両手だ。


 捨て身打ち。


 聖騎士に一つしかない大技だ。自分のHPを削って、削った分を一撃に乗せる。いまのHPは二割。一割だけ残して乗せた。振っている間は、次の数字を聞いても止められない。だから休ませた。


 止まった根の先端に、叩き込んだ。


 自分のHPバーが、一割まで落ちた。


 数字が出た。大きい。


 二本の長剣が、同じ場所に入った。


 大木が揺れた。止まっていた根が、ユイナを乗せたまま跳ね上がった。それから、付け根がちぎれた。


 四本目。最後の一本がちぎれた。


 大木のHPバーが、ゼロになった。


 視界の真ん中に文字が出た。


 無限回復する大木、初討伐。秘密結社ジョーカー、レッド・ガーディアン、ねこのて。クリアタイム、4時間3分12秒。


 ちぎれた根は、派手なエフェクトと共に上空へ跳ね上がった。ユイナを乗せたまま、上空二十メートルを超えた。


 ユイナの体が根から離れた。さらに上へと体は押し上げられ、弧を描いて落下し始めた。


 まっさかさまだった。


 ユイナのHPは一割と少し。盾で受けても一割減る。落ちたら即死だ。デスペナルティ。頭のどこかでそれを思った。頭の別の場所で、別のことも思っていた。


 ユイナを。あいつをこんなところで落としていいのか?


 足が勝手に動き出した。


 走った。


 間に合わない。


 剣が重い。


 速く走れない。


 剣を捨てなきゃ。


 剣を捨てたい。


 装備強制解除。


 剣を落とせた。


 体が軽い。


 軽くなった。


 走れる。


 なんとか間に合う。


 落ちてくる。


 もうすぐそこだ。


 あと少し。



「ユイナァァーーーー!!」



 無意識に叫んでいた。腕に何かを抱える姿勢のまま、地面を転がった。視界が、二回、回った。止まった。

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