【レイド】無限回復する大木を、初討伐せよ(4)起きて
「西の根、来るよ。横から」
西の根は、薙ぎの多い根だった。幹を支点に、十五メートルの根が横へ走る。
挑発を撃った。根がこっちを向いて、薙いできた。盾を横に向けて受けた。押された。足が地面を削った。次。先端が持ち上がる。叩き落とし。六秒。振り下ろされた。受けた。僕のHPバーが八割飛んだ。先端が、盾の前の地面に降りた。ユイナが先端に乗って、腹へ駆け上がった。
「刺した! じゅうに!」
根がまた横に薙いだ。腹の上のユイナが、低く引きずられる。東の根のように反り返らない分、腹が低い。地面すれすれだ。
「はち! なな! ……みなくん、土が目に入る!」
「目を瞑って数えろ!」
「ろく! ご!」
薙ぎの戻りが来る。根が、ユイナを乗せたまま引き戻される。僕は回復の魔法陣を自分に描いて、もう一度挑発を撃った。根がこっちを向いた。
「ゼロ! かかった!」
「降りて、俺の後ろ!」
ユイナが根の上を駆け下りて、先端から飛び降りて、僕の後ろに立った。土まみれだった。
「ハートの7!」
胸の高さ、正面。剣の先を前に出す。触れる。止まる。剣が返す。
「ダイヤの6!」
腰の高さ、少し左。止まる。返す。
胸と腰。薙ぎは、体の高さを横に走ってくる。剣の先だけを、言われた高さで動かす。返報の剣はそれで返す。回復詠唱は、東の根と一緒になくなった。もう来ない。来ないから、返した分がそのまま残る。
根の外で、二人の剣士が座っていた。長剣は地面に置いたままだ。こっちを見てはいた。立ち上がりはしなかった。レイラは、もっと遠くで薬瓶を作っていた。泣き声は、まだ聞こえていた。
「暗示、あと二十秒。……ね、みなくん。あの二人、座ってるだけだよ」
「あいつらは動かなくていい。トランプの数字を言え」
「ん! ダイヤの6!」
二人でやり始めて二時間。二時間十分。
剣の先で、回復の魔法陣を描いた。描き上がった。かかったのはユイナだった。
「ボク、満タンだよ。みなくんは自分に描いて」
「……描く先が、いつもお前なんだよ」
「んふふー。癖だね」
もう一度描いて、今度は自分にかけた。HPバーが緑に戻った。MPバーが三割を切った。
MPは魔法陣を描くたびに減る。回復。防御の強化。風の耐性はもう描いていない。それでも二時間分だ。
「みなくん、MP」
「知ってる。まだ描ける。トランプの数字を言え」
「ん! ハートの7! ……次、連続突き! ハート4、5、6、ダイヤ6……!」
ハートの7を止めた。止めた瞬間に、剣の先をハートの4、5、6へ。届かなかった。
残りの突きが、僕の盾の横を抜けた。
盾じゃない。体だ。盾の横から入った根の先が、僕の体を続けざまに突いて、飛ばした。地面に落ちた。まだ、根の攻撃が届くところだ。HPバーが一割で止まった。体が動かなかった。
気絶。状態異常の表示が、視界の隅に出た。残り三十秒。動けない。盾で受ければ、聖騎士はふらつかない。盾で受けていない。
三十秒。次の一振りで、一割は残らない。あの根の横で、ユイナが一人だ。
根が、倒れている僕を向いた。
「――!」
ユイナが走った。倒れている僕と根のあいだに滑り込んで、根のほうを向いた。僕に背を向けて、毒針を構えた。
「クラブの4! ……自分で言って、自分でやる!」
予備動作が戻り動作に切り替わる瞬間、ユイナの左の足元にキャンセルスポットが点灯した。ユイナが毒針の先をキャンセルスポットに当てた。触れた。止まった。返さない。カウンターは返報の剣にしかない。止まるだけだ。止まれば、根は僕まで届かない。
「クラブの10!」
止めた。
「クラブの4!」
止めた。
ユイナは、短い毒針で止め続けていた。さっきまで僕の後ろでトランプの数字を言っていたやつが、僕の前に立って、自分で言って、自分で止めていた。一つ外せば、二人まとめて薙がれる。
「みなくんの気絶、白の付箋なら解ける! ……でも書く時間が、ない!」
書けば、止める手が塞がる。塞がった瞬間に根が来る。だから書かないのだと、倒れたまま分かった。
「みなくん!」
ユイナが肩越しに振り返って、叫んでいた。叫んで、また根に向き直る。ボイチェンの、つるっとした音のクセが、途中で抜けかけていた。
「こんなところで負けるなんて、みなくんらしくない! 起きて!」
動けない。動けないまま、聞こえていて、見えてもいた。
ユイナはまるでアイドルの振り付けのような動きをしていた。反射神経だけで動く僕とは違う。手に持つ毒針を、最初から決まっていたかのような位置へ動かすと、キャンセルスポットのほうからそこへ向かってくる。
たまに毒針の位置がずれ、キャンセルスポットからはみ出そうになることがある。正確さを欠いている。けど、僕に手本を示しているような、完成された動きではあった。
「起きて! みなくん! クラブの4! ……起きて!」
気絶の表示が点滅した。
残り、十秒。
根が先端を振り上げた。叩き落とし。狙いは倒れている僕だ。六秒。
「クラブの4! ……クラブの――」
叩き落としが途中で止まった。三、二、一。
消えた。
体が動いた。
起き上がった。盾を拾った。剣を握り直した。走って、先端の落ちる所から外れた。
「いいものを見せてもらった。お前、やっぱり才能あるぞ」
ユイナがこっちを向いた。次の叩き落としの予備動作が、もう始まっている。ユイナは先端の落ちる所から飛びのいて、僕の横まで走ってきた。六秒目、誰もいない地面が割れた。
「みなくん!」
「さっさと青の付箋の準備をしろ。シールドアタックで打ち上げて、これで決めるからな」
「ん! ……みなくん、いま、ワクワクしてる声」
「してる」
ユイナが盾の上に乗った。根がまた先端を振り上げた。振り上げたまま、降ろさない。根の腹は位置が高い。
「四拍目、スペードの8!」
打ち上げた。刺さって、青の付箋が貼られた。十二秒。かかった。二拍目。盾で受けた。ユイナが後ろに回って、トランプの数字。合間に、自分へ回復の魔法陣。
西の根が、四割になっていた。
剣の先で魔法陣を描こうとした。線が出なかった。
MPバーが空だった。
「……MPが、ない」
「え」
「回復が描けない。耐性も描けない。……お前に描けない」
HPバーは二割。自然回復は、根の一振りに追いつかない。ユイナのHPバーは四割。振られるたびに減る。描けなければ、次にやられるのはどっちかだ。
「みなくん、それでもやるよね? ボクはやるよ」
「ここまで来て、引くわけないだろ。……トランプの数字を」
「ん! ハートの7!」
止めた。返した。
視界の隅に文字が出た。パーティ参加の依頼。差出人、レイラ。
考えなかった。押した。レイラの名前の下に、パーティメンバーのマークがついた。
押した次の瞬間、根の外から何かが飛んできた。
薬瓶だった。僕の足元で割れて、薬が脚にかかった。HPバーが一瞬で緑に戻った。
もう一本。ユイナの足元で割れた。ユイナのHPバーが戻った。
もう一本。僕の体に当たって割れた。MPバーが半分まで戻った。
「……つくった。投げる」
レイラだった。遠くで調合していたのに、薬瓶を抱えて、根の届かないぎりぎりの所まで寄っていた。小さい声だった。泣いて、震えている声だった。目は、僕じゃなくて、根を見ていた。
「ハイポーション、三本つくった。MPポーション、二本。あとはポーション。……ぜんぶ投げる」
「……助かります」
「……がんばる」
それだけ言って、次の薬瓶を投げた。
薬瓶が飛んでくる。それと一緒に、すすり泣く声が、根の外からずっと聞こえていた。薬瓶が、僕の足元で割れる。HPバーが緑に戻った。三本目のハイポーションだ。ユイナが乗る。打ち上げる。刺さる。十二秒。盾で受ける。トランプの数字。剣が返す。薬瓶が割れる。
二時間半。
西の根が、付け根からちぎれた。
「二拍目!」
落ちる根の上からユイナが飛んだ。盾で受けた。膝が沈んだ。
「……レイラさん、ありがとうございます」
ユイナが、根の外に向かって言った。丁寧語だった。
「……うん」
レイラは、空瓶の箱を見ていた。震える手で、また草の実を探し始めた。
大木のHPバーは一割。根はあと一本。北の根。地面を掻く根だ。
二人の剣士は、まだ座っていた。
座ったまま、二人で何か言い合っていた。一人が長剣に手を伸ばして、やめた。もう一人は、ちぎれた南の根を見ていた。アカギが折った根だ。二人の長剣で折った根でもあった。
「あいつら、まだやってるのか……」
剣士の一人の声だった。聞こえた声はそれだけだった。
「みなくん、最後の一本」
「北の根は四割だ。……あと一本、削り切るぞ」
「ねえ、みなくん」
「どうした?」
ユイナは何かを言おうとして、言うのをやめた。そのまま、北の根に向かって歩き出した。
「……なんでもない。いこ」
ユイナの体は、少しふらついていた。




