【レイド】無限回復する大木を、初討伐せよ(3)四拍目、スペードの8
「みなくん、暗示があと二十五秒で解けるよ。……二十四。二十三」
「解ける前に二度目だ。俺が挑発を撃ったら、さっきと同じだ」
「ん!」
自分に回復の魔法陣を描いてから、挑発を撃った。東の根の先端が持ち上がる。予備動作の六秒。振り下ろされた。盾で受けた。八割飛んだ。先端が、盾の前の地面に降りた。
ユイナが盾の横から先端に乗って、根の上を駆け上がった。三秒で腹の色が変わる手前に着いて、毒針を刺した。右手が針ごと根に固定される。左手で、青の付箋を根の皮に押し当てた。
「じゅうに! じゅういち! じゅう!」
貼ってから、かかるまでが十二秒。根が横に薙いだ。腹の上のユイナが振られても落ちない。僕は回復の魔法陣を自分に描いた。礫が飛んでくる。盾で受ける。
「さん! に! いち! ゼロ! かかった!」
ユイナが根の上を駆け下りて、先端から飛び降りて、僕の後ろに回った。暗示がかかっている間、根の次のアクションが幹の上に表示される。そしてユイナが後ろから、トランプの数字で言う。
「薙ぎ! ハートの7!」
剣の先を、言われた場所に出す。切り替わる瞬間に触れる。根が止まる。返報の剣が返す。それを繰り返して、前の回復詠唱から五分が過ぎた。
「次が回復詠唱だよ! 根の腹!」
腹の下まで走る。盾を地面に叩きつけて跳ぶ。
「スペードの4!」
空中で、剣の先を腹の変色した所へ。触れた。キャンセルスポットが消えた。大木のHPバーは戻らなかった。
それが二度目だった。三度目も同じだった。
四度目で、東の根の動きが変わった。
根は攻撃をやめ、先端を頭の上に振り上げたまま、下ろさない。反り返った根の腹は、十メートルほどの高さにある。挑発を撃っても、すぐには降りてこない。先端だけが、頭の上でこっちを探っている。
「みなくん、暗示が解けるまであと二十秒。根が上で揺れてて、ボク、届かないよ。……どうする? みなくんのことだから、なんか考えてるでしょ」
「分かってる。いま、いいことを思いついた」
幹は登れない。登っている途中で、根に叩き落とされる。走って跳んでも、三メートルが限度だ。
盾を見た。盾で地面を押せば、反動で僕が浮く。盾の上に何かを乗せて押せば、乗せたものが浮く。
「ユイナ、こっちに来て、俺の盾に乗れ」
「盾に? ……みなくん、それ、ボクを投げる気だね」
「シールドアタックで、お前を上に打ち上げる。上まで届いたら、根の腹に刺せ。先端には乗るな。叩き落としで、先端は地面に直撃する」
「ん! やってみる。……落ちたら、ちゃんと受けてよね」
盾の上に、女の子のアバターが乗った。軽い。VRだ。僕が拍を言う。
「四拍目、スペードの8だ!」
一、二、三。四で盾を突き出した。
ユイナが飛んだ。
高い。十メートルは上がった。反り返った根の腹と、同じ高さ。飛びながら、体をひねって、ちょうど四拍を数えてスペードの8に毒針を突き立てた。
腹の色が変わる手前。刺さった。右手がそこで固定されて、左手が青の付箋を、根の皮に押し当てた。
「十二秒、耐えろ!」
根が暴れた。腹に刺さったものを振り落とそうと、頭の上で鞭みたいに。ユイナの体が、腹の上で右に左に振れた。
「挑発!」
叫びながら撃った。根がこっちを向いた。先端が、さらに高く振り上がる。叩き落としの予備動作だ。
「はち! なな! ……ろく!」
腹の上で、ユイナが数えている。
「さん! に!」
振り下ろされた。盾で受けた。八割飛んだ。先端が地面に降りて、根の腹は四メートルに戻った。
「いち! ゼロ! かかった!」
「二拍目!」
拍を言った。降りる合図だ。駆け下りるより早い。盾を上に向けた。針を抜いたユイナが、腹から飛び降りてくる。二拍を数えて盾の上に乗った。膝が沈んだ。落ちた分、ユイナのHPバーが一割減った。それを受けた分、僕のも一割減った。残り一割。回復の魔法陣を自分に描いた。
「次、ハートの7!」
盾から降りて後ろに回ったユイナが、もうトランプの数字を言っていた。
剣の先。触れる。止まる。剣が返す。
「次が回復詠唱! 根の腹!」
「おう!」
走る。盾で跳ぶ。空中で数字を聞く。止める。
五度目からは、それの繰り返しだった。
根が叩き落としてくれば、受けて、先端から乗らせる。根が反り返ったまま降りてこなければ、盾で打ち上げる。降りるときは拍。盾で受けて、後ろに回ってトランプの数字。回復詠唱は、僕が走って跳んで止める。
叩き落としを受けるたびに、僕のHPは八割減る。減った分は、次の叩き落としまでの合間に、自分へ回復を描いて戻した。
回復詠唱は、それから一度も通らなかった。
近くで音がした。
南の根を、レッド・ガーディアンの四人が相手にしていた。アカギが盾で受ける。叩き落としを受けるたびにHPバーが五割飛んで、オートハイポーションが発動して、満タンに戻る。戻った次の瞬間に、二人の剣士が溜めていた長剣を叩き込む。一発。二発。聖職者の魔法陣が剣士二人を包む。攻撃も魔術も、僕の倍の数値を叩き出す。四人で一本。息の合った連携だった。
南の根のHPバーが、少し減った。
ジョーカーはばらばらだった。西の根に一人、北の根に二人。レイラが後ろから薬瓶を投げる。薬瓶を受けた剣士のHPバーが一瞬で戻る。戻った分だけ、また叩かれる。ハイポーションも、強化の薬瓶も、惜しまずに飛ぶ。金で押す戦い方だった。
西の根が横に薙いだ。
西の根を殴っていた剣士が、薙がれて飛んだ。地面に落ちてHPバーが消えた。六十秒のカウント。六十秒のうちに蘇生されなければ、アバターが消える。レイラが走った。走って薬瓶を投げた。割れて、薬が剣士にかかった。カウントは止まらなかった。蘇生の薬瓶ではなかった。
六十秒。アバターが消えた。
「……一人目」
後ろでユイナが言った。トランプの数字を言う声が、一拍遅れた。
「見るな。数えろ。トランプの数字を」
「ん! ハートの7!」
二人でやり始めて三十分。三十五分。根の動きがまた変わった。根の先端を激しく動かす、連続攻撃まで加わる。
「ハート7、5! ダイヤ6! クラブ4、6! ハート5! ダイヤ3、5、8!」
根が落ちて、戻って、また落ちてきた。トランプの数字が早口で降ってくる。言い終わる前に、剣の先がそこにある。止める。止める。止める。止める。剣がすべて返した。
「はやっ」
ユイナが後ろで、次の青の付箋に大木の名前を書き始めた。付箋は、名前を書いてから貼る。解ける前に貼る、次の一枚だ。
「ねえ。いつも思ってたけど、みなくん、なんでそんなに速いの」
「……たまたまだ」
「たまたまじゃないでしょ。言い終わってないのに、剣先がもうそこにある。間がない。……なんで」
いま言うことじゃない。言うことじゃないのに、口が勝手に答えた。
「……まあ、こうみえても、格ゲーの元世界ランカーだ。反射神経だけは自信がある」
「やっぱそうなんだ! じゃ、あとでその話聞かせて」
言うんじゃなかった。そう思ったときには、次の叩き落としが来ていた。
四十分。五十分。
北の根に、ジョーカーの二人目が飛ばされた。レイラの薬瓶が飛んだ。今度は蘇生の薬瓶だった。薬がかかって、剣士が起き上がって、起き上がった場所に北の根が落ちた。その剣士のHPバーが、また消えた。六十秒のカウント。次の蘇生の薬瓶は、飛んでこなかった。
六十秒。アバターが消えた。
「……二人目」
一時間。一時間十分。
レッド・ガーディアンが戦う南の根は、HPが一割になっていた。
アカギがまだ立っていた。盾で受ける。五割飛ぶ。オートハイポーションが――発動しなかった。
「まずい。ポーションが切れた!」
アカギの声だった。聖職者が陣を描き始めた。回復。描き切る前に、南の根が先端を振り上げた。次の叩き落としが来る。
アカギは五割のまま、盾を上に向けて立っていた。
「回復を頼む!」
アカギが聖職者に叫んだ。そして剣士二人にも。
「いまだ!」
二人の長剣が同時に入った。南の根が付け根からちぎれた。ちぎれて、地面に落ちて、動かなくなった。
同じ瞬間に、ジョーカーの剣士が相手にしていたはずの、西の根が横に薙いだ。アカギまで届いた。
アカギは盾を正面の、南の根に向けていた。横は空いていた。
HPバーが消えた。
聖職者が走った。蘇生の陣。描き始めて三十秒で、西の根が聖職者を薙いだ。陣が途中で消えた。
六十秒が過ぎた。
アカギのアバターが消えた。デスペナルティ。直前のポータルに戻される。クエストが終わるまで、戻ってこない。レッド・ガーディアンのギルドのランクが下がる。
聖職者は、薙がれた場所で動かなかった。HPバーは消えていた。誰も走らなかった。二人の剣士は、ちぎれた根の横で長剣を下ろしていた。
六十秒。聖職者のアバターも消えた。
「……三人目。四人目」
ユイナの声だった。後ろから全部見えている。数字がまた遅れた。
「集中しろ! お前はトランプの数字を言え」
「ん! ダイヤの6!」
一時間二十分。
東の根は、回復詠唱を受け持つ根だ。回復の本体。返報の剣は、止めた攻撃ごとに僕の攻撃の二倍を返す。回復詠唱を止め続けているので、返した数字が戻されずに根に残る。残った数字が、東の根のHPバーを削っていく。
「みなくん、この根、減ってる」
「回復詠唱をずっと止めてるからな。削った分が、戻らずに残ってる。……効いてるぞ」
「次の回復詠唱、もうすぐ来るよ。それも止めたら、この根、たぶんちぎれちゃうね」
「止める。ちぎれるまでやる」
「ん。ちぎれるとき、ボクはまだ根の上にいるけど。……いいよね、みなくんが下にいるし」
「落ちてきたら、俺が受ける。俺が拍を言ったら、針を抜いて飛べ」
「ん! みなくんなら、受けられるよ」
挑発。叩き落とし。受ける。先端から乗る。刺す。十二秒。次のアクションの表示。回復詠唱。根の腹。走る。跳ぶ。腹の上からユイナの声。
「スペードの4!」
盾を叩きつける。浮く。剣の先。触れた。消えた。着地した。
東の根が付け根からちぎれた。
「二拍目!」
ちぎれた根が、ユイナを乗せたまま落ちた。ユイナが針を抜いて、落ちる根の上から飛んだ。僕は根の落ちる先から横に跳んで、盾を上に向けた。二拍目で乗った。膝が沈んだ。落ちた分、二人のHPバーが一割ずつ減った。
大木のHPバーは、三割を切っていた。根が一本ちぎれるごとに二割五分。南と東で五割。残りの二本も削られていて、さらに二割と少し。
一時間半だった。二人でやり始めてから、一時間半。回復の本体が消えた。
僕は、ちぎれた根の横で周りを見回した。
根はあと二本。西と北。南はレッド・ガーディアンが折った。東はうちが折った。
僕たちのほかに残っているのは、三人だけだった。全員、根から離れた所にいた。
レッド・ガーディアンのクスノキとヒノキ。ちぎれた南の根の横に座り込んで、長剣を地面に置いていた。アカギがいない。聖職者がいない。四人がかりの連携は、二人では組めない。すっかり戦意を失っていた。
ジョーカーはレイラが一人。根の届かない所にしゃがんで、枯れて倒れた木の根元から草の実を拾っていた。拾って、空瓶に入れて、調合していた。遠くからでも分かるほど、手が震えていた。
泣き声が聞こえた。すすり上げる小さい声。薬瓶が一本できるあいだ、ずっと聞こえていた。剣士は、ロクロを含めて三人ともいなかった。北の根にジョーカーの三人目が飛ばされたのを、僕は見ていなかった。ユイナが「五人目」と言ったのを、聞いただけだった。
「みなくん、根、あと何本?」
「残りは二本だ。西と北」
「ん。二本。……西が七割、北が四割。ジョーカーが北ばっかり殴ってたから」
根の上から見ていた数字を、ユイナは覚えていた。
「じゃあ、西からだ。残りの多いほうから削る。……まだ一時間半だ。いける」
「西の根も、同じやり方でいく?」
「同じだ。落ちてきたら刺して、仰け反ったら打ち上げる」
「んふふー。どっちでもいいよ。ボク、どっちでも乗れる」




