【レイド】無限回復する大木を、初討伐せよ(2)その声でボクに命令して
「腹まで、走れ!」
ユイナが東の根の先端に乗った。根の上は、幅が僕の盾の何倍もある。腹へ向かって駆け上がる。
東の根が起きた。
根が幹を支点に、ゆっくり横へ傾いた。薙ぎの予備動作だ。三秒。ユイナは腹の手前まで上がっていた。そこで根が横に走った。右手に毒針、左手に付箋。刺す前だった。
「んんっ!」
ユイナの体が根の上から放り出された。宙を飛んで地面に落ちた。転がって止まった。ユイナのHPバーが、五割になっていた。
「みなくん……」
転がったまま、ユイナは沈んだ声で言った。付箋は東の根に貼れていない。暗示はかかっていない。
八人が黙っていた。先に口を開いたのはアカギだった。
「無理だろ。あんな動きの激しいやつに、乗れるわけねえよ」
「……幻術師なら、あの回復をどうにかできるって、聞いてたんですけど」
ロクロだった。僕が答える番だった。
「一回、振り落とされました」
「一回で、五割もダメージを……」
「はい」
誰も怒鳴らなかった。怒鳴らないぶん重かった。
「話が違う。幻術師なら大木の無限回復を止められるって、誰が言ったんだ」
「動画で見た、って話だったろ。アンタらが言ったんだ」
レッド・ガーディアンからジョーカーへ、声が飛んだ。ジョーカーは答えなかった。
「みんな、聞いてくれ」
声が出た。低姿勢じゃなかった。低姿勢に戻す時間がなかった。
「このクエストはリスクが高い。抜けたい人はここで抜けてくれ。死ぬのは、うちだけで十分だ」
八人が黙った。アカギが笑った。
「舐めんな。二人で二位は大したもんだが、正月のイベントで上だったのはうちだ」
「うちも、四百人のギルドの看板を背負って来てます。ここで帰るわけにはいきません」
ロクロだった。残る。八人とも残ると言った。プライドの声だった。
「じゃあ、ここからの戦い方を――」
「いや」
ロクロが遮った。
「うちは、幻術師が必要だったんです。……あなたの話には、興味がない」
はっきり言われた。八人の誰も止めなかった。幻術師が欲しい。そう書いてあった依頼だ。呼ばれていない僕なんかが、喋る筋合いはない。
「……」
僕は魔法陣を描いた。回復。描き上がって、ユイナのHPバーが緑に戻った。
「みなくん……」
いつの間にか起き上がっていたユイナが、僕の袖を掴んでいた。掴んでいる手が震えていた。
見たことのない顔だった。正月に泣いたときとも違う。八人のほうには一度も目をやらず、僕だけを見て、口を何度か開けて、閉じた。ユイナは、いつも言葉を先に持っている。持っていない顔を初めて見た。
「ね、帰ろう。ボク、もう帰りたい」
丁寧語じゃなかった。八人の前で、丁寧語が消えていた。
「みなくん、わがままばかり言ってごめん。こんなことになるって思わなくて……。みなくんに興味がないって言った人たちのために、ボクは頑張れないと思う。……帰ろう」
泣く一歩手前の声で怒っていた。僕のために怒っている声だと、さすがに分かった。
帰れば、デスペナはない。ランクも落ちない。ここで逃げるのがいつもの僕だ。
帰りたくなかった。
ユイナの肩の向こうに、東の根があった。いまは伏せている。伏せて、小刻みに震えている。さっき、ユイナを振り落としたのは薙ぎだった。南の根は、アカギに先端を振り上げていた六秒のあいだ、薙がなかった。一本の根は、一度に一つしか動かない。叩く根は薙げない。
「帰らない」
「なんで」
「勝てるからだ」
ユイナの手の震えが止まった。袖を掴んだまま、僕の顔を覗き込んだ。
「……みなくん、いま、声が変わった」
「変わってねえ」
「変わった。振り落とされたときの声じゃない。……ワクワクしてる声」
「お前が振り落とされたのは、大木の根が薙いだからだ。叩き落としの六秒のあいだは、薙がない。恐らくだが、叩くのと振り回すのを、同時にはできない。……次は、いける」
「……」
「それに、……悔しい」
言ってから自分でも驚いた。
「興味がないって言われて、悔しい。……諦められねえ」
「みなくん」
「すまない。お前には、あの激しく動く大木の根に、何度も乗れって言うことになる。何十回も、何百回もだ。絶対に酔う。しんどいってことは分かってる」
ユイナが袖から手を離して、僕の正面に回った。
「ボクは、みなくんの手だよ。使って」
「……」
「いつも思うんだけど。ピンチのときのみなくん、いちばんワクワクしてる声してる。その声でボクに命令して。ボクのことを手だと思って使ってよ」
八人の前だった。八人の前で、ユイナはそれを言った。
言うことは決まっていた。決まっていたのに、一拍、遅れた。
「……分かった」
八人のほうを向いた。低姿勢は戻さなかった。
「ここからは、自由にやります。うまくいかなくて、ランクが落ちても、お互いに文句は無しで。……あの東の根は、うちの二人で止めます」
「二人で?」
「二人で」
「……アンタらのレベルで?」
アカギが笑った。笑いながら盾を構え直した。
「いいよ。見といてやる。二人で無理だったら、うちが拾う」
「勝手にどうぞ」
ロクロが言った。興味のない声で言った。レイラは薬瓶を数えながら、こっちを眺めていた。
渋々、だった。渋々でも承諾だった。
「順番を変える。俺が先に挑発を撃って、叩き落としを受ける。先端が地面に降りた瞬間に乗れ。次の技が来るまでに、腹まで上がれる」
「……薙ぎの予備動作、三秒しかないよ」
「三秒あれば腹に着く。着いたら刺せ。あとは根が何をしても、刺したまま十二秒だ」
「ん。……叩き落とし、みなくんが受けるんだね」
「受ける」
「じゃあ、ボクが先に謝っとく。ごめんね」
「軽いなあ」
剣の先で魔法陣を描いた。防御の強化。それから大木の属性である風の耐性強化。一度目は線が途切れた。描き直した。
盾を構えて挑発を撃った。ユイナは僕の後ろだ。
東の根が起きた。伏せたまま震えていた根が、先端を持ち上げた。六秒かけて僕の頭の上まで。
「ろく、ご、よん……」
ユイナが後ろで予備動作を数えている。
「さん、に、いち」
振り下ろされた。盾で受けた。地面が割れた。HPバーが八割飛んだ。防御の強化を乗せて、それでも二割しか残らない。肩がじんと熱い。
先端が、盾の前の地面にある。
ユイナが盾の横から先端に乗った。根の上を駆け上がる。根は先端を引き戻して、次の技の予備動作に入った。横へ振れる前の三秒。
「刺した! じゅうに!」
刺したのは腹の色が変わる手前だ。右手が針ごと根に固定されて、左手が青の付箋を貼った。根が横に薙いだ。先端が横に走って、僕の盾に当たった。受けた。腹の上のユイナが振られた。振られても落ちなかった。
僕は剣の先で回復の魔法陣を描いた。自分に。満タンまで戻った。
「じゅう! きゅう! はち!」
根の先端がこっちを向いた。礫。盾で受けた。次。先端が持ち上がる。叩き落としの六秒。
「ご! よん! さん!」
先端が頭の上まで上がった。
「に! いち! ゼロ! 暗示、かかった!」
振り下ろされた。盾で受けた。八割飛んだ。二割で立っていた。幹の上に、次のアクションが表示された。
「みなくん、降りる!」
「降りて、俺の後ろ!」
ユイナが根の上を駆け下りて、先端から飛び降りて、僕の後ろに立った。盾の後ろ。ユイナが後ろから、根の次の技と、それが通る場所を、トランプの数字で言う。
「薙ぎ! ハートの7!」
剣の先を、言われた場所に出した。予備動作の三秒。切り替わる瞬間、変色から先の皮に、キャンセルスポットが一度だけ点灯した。触れた。根が途中で止まった。返報の剣が勝手に攻撃を返した。
「礫! ダイヤの6!」
止める。返す。
「みなくん! 次が回復詠唱だよ! 根の腹!」
腹の下まで走った。六メートル。六秒の予備動作が、もう始まっている。
盾を地面に叩きつけた。
シールドアタックは、盾で押し出す技だ。押し出す先が地面なら、押されるのは僕だ。反動で体が浮いた。四メートル。腹の、色が変わっている所が目の前にある。
「スペードの4!」
空中で聞いた。剣の先をスペードの4へ。
触れた。
キャンセルスポットが消えた。樹液が、幹の途中で止まった。風は降りてこなかった。
体を一回転させて着地し、大木のHPを確認する。
回復は……していない。
「……止まった」
根の向こうで誰かが言った。八人全員が手を止め、幹の途中で止まった樹液を見ていた。
「止まった! みなくん、止まった!」
後ろから、ユイナの声が背中を叩いた。
アカギが盾を構え直した。構え直して、こっちを見ないで言った。
「……うちは、うちのやり方でやる。南の根は、うちが折る。アンタらは、アンタらの根をやれ」
「アカギさん、あいつらの援護に回ったほうが」
「やらない。アイツらの後ろにつくのはゴメンだ」
聖職者が黙った。四人が南の根に向いた。盾が前、剣が二本、陣が後ろ。四人で根を一本。
ジョーカーの三人はばらけたままだった。レイラだけが、まだこっちを眺めていた。
「暗示、あと三十五秒で解ける」
「あと二十五秒になったら、同じのをもう一度だ」
「ん。……ね、みなくん。いまの、いちばんワクワクしてたよ」
「黙って、タイミングを数えろ」
「はーい」




