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【レイド】無限回復する大木を、初討伐せよ(1)合同依頼

「ねえ、みなくん。面白いメッセージがきてるよ?」


 五月三日。春休みが終わって、僕は高校二年になった。いまはゴールデンウィークの真っ只中。ユイナと僕は飽きもせずVRサーガに入り浸っていた。毎日だ。


 日曜日の夜。のらねこラウンジのソファーで、ユイナがメッセージを見せるために、手元のパネルをこっちに向けた。この女の子アバターにもかなり慣れてきた。慣れたのだけど、顔が近づくと相変わらずドキッとする。


 宛先はねこのて。差出人は、秘密結社ジョーカー。


 秘密結社を名乗りながら、まったく秘密の香りがしない。なにしろメンバーが四百人いる大手ギルド。そんな集団が、二人のギルドにメッセージを送ってきたのだ。毎日地道にランクを上げ続けた僕らに、興味が湧いたというのだろうか。


「無限回復する大木。十人の合同討伐。幻術師が、一人欲しい。……だってさ」


 無限回復する大木。倒した記録が一つもないボスだ。


 十人。初討伐。記録は公式の掲示板に、ギルドの名前ごと載る。


「……受けない」


「えー、なんで」


「十人で行って、負けたら、十人分のデスペナだ。うちの――」


「ランクが下がる、でしょ?」


 先に言われた。言われて黙った。


「ボクはやってみたいんだけどなあ。みなくんと」


 ユイナが自分の意見を言った。いつも僕の提案にのるだけだったユイナも、最近では多少の無理でも押し通そうとしてくる。また僕のことを転がそうとでもしているのか?


「ねえ。みなくん、だめ?」


 転がす気だ。こういうときの僕は弱い。


「ボク一人だけ行っても、みなくんしかボクの使い方がわからないんだよ。他の八人は、ボクに何をさせればいいかわからないんだよ。ね?」


「……そうだろうな」


「みなくんが行かないと、ボクも行けないんだよ? 一人で行ってしまっていいの?」


 こうも言われると、折れるしかない。


「……失敗したら、お前のせいだからな」


「んふふー。失敗したら、いつものよしよしするやつはお休みかなー?」


「ウゼェ。そういうの、まじでやめてくれ」


「やめなーい」


 返事は敬語で書いた。お受けします。二人で伺います、と。


「みなくんって、ジョーカーには敬語なんだ」


「相手は四百人だぞ。うちみたいな二人のギルドが、気を遣わないわけにいかないだろ」


「ふーん。ボクには、お前、なのに」


「お前は、……うちのギルドメンバーだからだ」


 ユイナは黙って、僕の袖を引いた。引いただけだった。



 三日後の夜、ゴールデンウィーク最終日。大木の森へのポータルの前に八人がいた。四人ずつ二つに固まって、片方は赤い装備、もう片方は黒と黄色の装備に身を包んでいた。


「ねこのての、みなです。今日はお声がけいただき、ありがとうございます」


 頭を下げた。黄色いほうから剣士が一人、前に出てきた。パーティリーダーのロクロ。あの大手ギルドの依頼人だ。


 十人で、同じポータルをくぐった。大木の森は暗かった。それでも、入り口から森の奥まで見渡せた。


 木が一本しかない。見上げても先が見えない高さまで伸びている。他の木は全部枯れて倒れていた。倒れた木の間に、草だけが生えている。幹は黒く、濡れて光っていた。樹液が根元に溜まって、湯気を立てている。


 巨大な根が四本。幹の根元から四方へ、十五メートルほど伸びている。地面を這っているのではない。弓のように反って、真ん中が四メートルほど浮き、先端がまた地面に着いている。浮いている真ん中を、攻略wikiは根の腹と呼んでいた。腹の途中で、色が変わっていた。ゲームの地図では、森の入り口が南だ。四本の根は、南、北、東、西。wikiもそう呼んでいる。


 こんなものを殴る気なのか。


 最初に動いたのは、赤い装備の集団。その先頭に立つパーティリーダーのアカギだ。


「オレが行く」


 盾役のアカギが、一人で前に出た。僕の盾より数倍はある重盾を両手で構える。僕とは違い、完全にタンク特化ということだ。


 南の根の先端が、アカギを向いた。


 先端が地面の礫を蹴って、アカギにぶつける。盾で受けても、HPバーが少し削れる。小技なのになかなかの威力だ。


 アカギがさらに近づくと、根の先端が上に持ち上がった。六秒かけてゆっくり、頭の上まで。それから一息に振り下ろされた。薙ぎでも、突きでもない。先端が、アカギの立っている場所を上から叩いた。地面が割れた。土と、周りの倒れた木の破片がこっちまで飛んできた。


 アカギは盾で受けた。受けたまま倒れなかった。


 HPバーが五割になっていた。


 大木の大技。まともに受けたら即死する。盾で受けて、それでも五割しか残らない。アカギのオートハイポーションが発動し、HPは瞬時に回復した。


「……嘘だろ」


 誰かが言った。僕も同じことを思っていた。盾で受ける。アカギがやっているのは、僕が一人で回している役割のうち、たった一つだ。あの盾役が、その一つだけで苦戦している。すでに逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。


 アカギが下がって、赤い装備の聖職者が支援魔法の陣を描き始めた。


 赤い装備の四人は、レッド・ガーディアン。正月に行った初詣のイベントで、一位だったギルドだ。四人ともレベル30台の半ばで、僕らよりも高い。その一位の盾役が、一発で残り五割だ。


 パーティの構成は、重盾の聖騎士がアカギ、長剣の剣士がクスノキとヒノキ、聖職者が一人。長剣は両手持ちで、盾は持てない。盾はアカギの仕事で、剣士は大技を打ち込むだけ。かなりバランスがとれている。


 装備の色を黒と黄色で統一しているのが、秘密結社ジョーカー。武器やポーションを安く買えるマーケットを開く商人ギルドで、うちのポーションもずっとそこで買っていた。そのギルドの人間が目の前に四人、立っている。


 パーティの構成は、小剣と盾を持つ剣士が三人、薬師が一人。薬師の名前はレイラ。こっちはギルド内の寄せ集めのように見える。


 支援魔法を受けながら、アカギがこっちを向いた。


「アンタら、正月のイベントで二位だったギルドだろ」


「なるほど。あのときの、一位の方々でしたか」


「あんなの一位とは言えない。たった二人だ。たった二人で、アンタらはうちの後ろについてきた。うちのプライドはもうボロボロだ」


 今日は圧勝してみせる、とでも言いたいのだろう。黄色い装備に身を包むロクロも、こっちを向いていた。


「あなたたちの動画、うちのギルドにも回ってるんです。幻術師があんな動きするの、初めて見たんですよ。……そちらが、あの、きんた……」


「今は、みなのて、です」


 ユイナは遮るように、丁寧語で答えた。知らない相手のときのいつもの声だ。


 ロクロの後ろの三人は、黙って立っていた。一人はこっちを眺めていた。値踏みする目だった。


 動画のことは、依頼の最後に書いてあった。アステルという配信者の動画を見た、と。


「アステルって、幻術師の配信者だよ。ボク、しってる」


 ユイナが小さい声で言った。


「アステルの動画に、何が映ってたんだ」


「ボクたち。……知らない間に、誰かに撮られてたみたい」


 嫌がっている声ではなかった。あとで探す、という声だった。


 レッド・ガーディアンの剣士が二人で前に出た。長剣を両手で構える。大技だ。溜めて、南の根の先端に叩き込む。一発。二発。ジョーカーの剣士が二人、小剣で続いた。三発。四発。


 大木のHPバーは一割も減っていなかった。


 四発だ。剣士の大技を四発入れて、一割に届かない。


「……硬すぎだろ」


 別の声が言った。


「これでは、一時間では済まないぞ」


 ジョーカーの四人が顔を見合わせてから、ばらけた。剣士がそれぞれ、異なる根の先端を殴り始めた。まったくの無策といったところだろう。薬師のレイラが、高額な能力強化や回復のアイテムを剣士たちに投げる。金に物を言わせる戦い方だ。


 攻略wikiには、攻撃が入るのは根の先端から六、七メートルだけ、と書いてあった。腹の色が変わっている所から先だ。付け根を殴っても、数字は出ない。だから剣士は先端に群がる。先端は、いちばん速く動く場所だ。


 四本の根が別々に動く。


 西の根が、幹を支点に横へ薙ぐ。西の黄色い剣士が飛んだ。北の根が礫を蹴る。東の根は、殴られるままになっている。そして、南の根が先端を振り上げて、六秒かけて赤い集団の上まで持っていき、叩き落とす。三本が三つの動きを同時にする。


 全体の連携がまったくとれていない。それでも多少は削れた。根一本につき、目盛りが一つ減るかどうか。目盛り一つは、根一本の一割だ。四本合わせて、五分で一割にも届かない。


 五分で一割弱。


 そのとき、大木が光った。


 黒い幹の隙間から、樹液が逆に流れた。根元に溜まって湯気を立てていた、樹液とも血ともつかないものが、幹を伝って上へ戻っていく。四本の根が動きを止めた。六秒。それから、幹の上のほうから風が降りてきた。葉のない大木が、風だけを降らせている。三十秒ほど、それが続いた。


 HPバーが満タンに戻った。


 五分が三十秒で消えた。


 誰も口を開かなかった。攻略wikiの書き込みは、こればかりだった。殴っても殴っても、HPが元に戻る。十二人で行って、三時間殴って、満タンに戻るのを眺めて帰ってきた。


 その書き込みをした連中と同じ顔が、いま目の前に八つあった。ジョーカーの四人が、根の横で立ち止まっていた。アカギは盾を下ろしかけていた。ロクロがこっちを向いた。何か言いかけてやめた。


 僕は、風が降りる前の六秒だけを目で追っていた。


 光る。樹液が上る。根が止まる。六秒。風。


 六秒だ。


 鎧騎士の大剣も、大鬼の金棒も、沈黙の塔の詠唱も、全部、始まってから効くまでに間があった。間があるものは止められる。回復にも間がある。六秒の間が。


 だったら、あれは詠唱だ。


 詠唱なら止められる。六秒の終わりに、どこかにキャンセルスポットが点灯する。青の付箋(リヴィール)を貼れば、そこが見えるはずだ。


 回復を唱えているのはどの根だ?


「……すみません。もう一度だけ、五分、削ってもらえませんか。回復のときに、見たいものがあるんです」


 誰にともなく言った。アカギが鼻で笑って、それでも南の根に向かった。赤い装備の残り三人が続いた。アカギが盾で受けて、二人の剣士が溜めて、聖職者が後ろで陣を描く。四人で一本。ジョーカーの三人はさっきと同じようにばらけた。西、北、そして東。薬師が後ろから薬瓶を投げる。


 僕は殴らなかった。四本の根を見ていた。


 南の根は、四人に殴られて先端を振り上げている。西と北も、剣士に向かって動く。東の根だけ、動きが違った。


 東の根は、剣士に殴られても先端を持ち上げなかった。弓なりのまま、小刻みに震えている。震えが少しずつ大きくなる。



 五分が過ぎた。大木が光った。樹液が上る。四本の根が止まる。六秒。風が降りる、その瞬間だった。東の根の腹の、色が変わっている所から、風が吹き出した。風はそこから幹を上って、上から降りてきた。


 八人がまた手を止めた。


「……東だ」


 口から出ていた。


「みなくん、いま、やりたい声になってる」


 ユイナが隣で言った。八人の顔を見回したあとで、僕の声だけを聞いていた。


「……なってる」


「じゃあ、なにをやりたいのか言って。ボクに」


 八人の前だった。声が勝手に、やりたい声になっていた。八人に向けていた敬語が、消えていた。


「回復魔法を唱えてるのは東の根だ。四本とも止まるけど、風が出たのは東の腹だけだった。あいつが回復の本体だ」


「ん! で、ボクは何をすればいい?」


「青の付箋(リヴィール)だ。あの根に貼れ。回復詠唱のキャンセルスポットが、腹のどこに点灯するか。それだけ見ろ」


「はーい。……んふふー」


 嬉しそうにしている。


「真名、ネム・ガルド。ラポール40%。青の付箋(リヴィール)なら、貼ってから十二秒でかかる」


 ユイナが小さく言った。ロクロが振り向いた。


「ラポール?」


「幻術師の言葉です。気にしないでください」


 僕が答えた。ロクロはそれで納得したらしい。叩き落としで大きく動くのは先端で、支点の付け根は当たり判定がない。針を打って十二秒押さえるなら、その間の腹だ。幻術師は、武器を刺して自分の体を固定してから付箋を貼る。だから、刺せ、で通じる。


「あいつが動かないうちに、先端から乗れ。腹まで上がって刺せ。腹がいちばん揺れない」


「刺したら、あいつ起き上がるよ。ボク、振り回されちゃうけど……いいんだよね?」


「振り回されても刺してろ。起き上がったら、俺が挑発で引き受ける。……無理そうなら、すぐ離せ。行け」


 ユイナが走った。根の間を抜けて、東の根の、地面に着いている先端へ。



 八人がそれを黙って見ていた。

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