↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/25

【イベント】正月の公式イベントで、初めて大勢の前に立った(2)女を泣かせるやばいギルマス

「二位。すごくない?」


 四人組の先頭が、そう言って、拝殿の横のディスプレイを指さした。


 ディスプレイには、もう二人の写真は映っていなかった。代わりに、タイムアタックのランキングが出ていた。上から順に、ギルドの名前と、メンバーの名前と、レベルと、タイム。


 二番目にねこのて。


 みな。おきんたま研究学会学長。


 名前が、ランキングに、載っていた。


「……レベル、見てください。うち、いちばん低いんで」


 八位までの全員が、うちよりレベルが上だった。低いのに二位。とても目立つ。


 消したい。


 しかし消す方法はない。勝手に載り続ける。


「ギルマスさん」


 ペンギンが僕の袖を引いた。


「顔、こわいよ」


「顔は見えねえだろ」


「声。……こっち向いて」


 人前だ。境内には何百人もいる。


 背伸びした着ぐるみの短い手が、僕の目の前を通った。それが頭の上に乗って、ぽんぽんと叩いた。急にやられて、体中から冷や汗が出る。皮膚に体温を感じる。


「二位。ランキング、……嫌なのはしってる。だから、これで相殺ね」


「相殺になるか!」


「なるよ。ボクがやってるんだから。二位になれて、ボクは嬉しいよ。いいこいいこー」


 こいつと出会って二ヶ月で、一番の驚きだった。僕はこういうのに、かなり弱いらしい。潰れたあんぱんで、きんたまで、ボイチェンのガキかおっさんなのに。これをやられると頭が真っ白になり、いろんなことがどうでもよくなる。


「……ゆるす」


「ん!」


「……てかお前、人前だぞ」


「人前だから。ギルマスさん、いま、逃げそうな声してた。逃げたら、名前だけ残るよ」


「いやだから、消せねえんだよ。名前」


「消えないね。でも、隣がおきんたまだよ。誰もギルマスさんの名前なんて読まない」


 二回目。三回目。手つきはぎこちなかった。だが、十二月の橋の上の、ぽん、ぽん、とは別のものだった。


 四人組が、黙って眺めていた。それから、先頭のやつが吹き出した。


「なにこれ」


「……うちの、いつもです」


「いつもなの」


「いつもです。うちのギルマス、すぐ拗ねますので」


 ペンギンは、手を止めないまま答えていた。知らない相手には、言葉が丁寧になる。僕のときは、最初からこうではなかった。


 もう一組、寄ってきた。さらにもう一組。ディスプレイの前の人だかりが、いつのまにか、こっちに移っていた。


「学長、戦闘中に叫んでたトランプの数字って、あれ何? DECK BEAT?」


「そうです。ゲーセンの遊び方を、そのまま戦闘に持ち込んだだけです」


「戦闘中に音ゲーの言葉使ってんの、初めて見た」


「教えたのは、うちのギルマスです」


「学長、その毒針どこで落ちたの」


「ハリバチの巣。千百三十七匹目です」


「は?」


「五週間。付き合ってくれたのは、この人だけです」


 周りがまた笑った。今度は、笑いながら、少し引いていた。


「で、あの先読みって、ギルドマスターがやってんの?」


「先読みしてるのはボク。受け返してるのがうちのギルマス。どっちか欠けたら、成り立ちません」


 人前でも、こいつは僕を立てた。立てられた僕は、頭を下げるしかなかった。


「きんたま先生、今度一緒にパーティ組もうよ! 幻術師いないんだよね、うち」


「きんたま先生って言うな」


 言ったのは僕だった。四人組の先頭が、余計に笑った。


「先生じゃなくて学長だろ」


「学長です。……ギルマスは『みな』。覚えて帰ってください」


 笑いは向こうに渡して、名前はこっちに残した。ペンギンは、自分を名乗ったときと同じ声で、それだけ言った。


「学長、レッド・ガーディアンって知ってる? うちのギルマスに紹介できるけど」


「しってます。たけのこさんがいるところですよね」


「え、たけのこ知ってんの?」


「前は、うちにいたので」


「マジか。じゃあ話早いじゃん。一回、体験だけでも」


「ボクは他のギルドにはいきません」


 即答だった。即答したあとで、僕の袖を、もう一度引いた。


 周りが笑った。今度は、悪い笑いじゃなかった。ペンギンは、人だかりの前で、聞かれたことにだけ答えていた。トランプの呼び方を聞かれれば、記号が高さで数字が方向、と説明した。毒針を見せてくれと言われれば、見せた。見せびらかしはしなかった。


 僕は、その一歩外にいた。


 こいつは、いま、みんなに囲まれている。それを眺めて、少しだけ、ほっとしていた。


 だから、言った。


「よかったな。お前、みんなに愛してもらえる自分を、手に入れられたんじゃないのか?」


 ペンギンがこっちを向いた。


「ここにはいろんなギルドがいる。お前の凄さを知ってくれている人がいっぱいいる。俺のことなんか気にせず、お前に興味をもってくれる人たちと会ってきたらどうだ?」


 ペンギンは、何も返さなかった。


 初めてだった。


 こいつはいつも返す。僕が言い終わる前に、次の言葉を持っている。凹んでるー、と先に言う。よしよし、と先に手を出す。それがなかった。


 小さい黒い点が二つ、僕を見ていて、その下で、着ぐるみの短い手が、僕の袖を掴んだまま、止まっていた。


 三秒。


 五秒。


 周りの声が遠くなった。


「……ギルマスさん」


 声が変だった。


 つるっとした音のクセが、途中で抜けた。息の揺れがそのまま出た。澄んだ、高い声。毒針が落ちた夜に一瞬だけ聞いた、あの声だった。


 あの夜は一瞬だった。今度は戻らなかった。



「なんで、そういうこというの」


 ボイチェンが、処理を落としたままだった。息が揺れている。揺れているというより、途切れている。


 袖から手が離れた。


 ペンギンの前に、ポータルが開いた。行き先は、のらねこラウンジ。開けるのが早かった。一秒もかかっていない。


 着ぐるみの短い足が、ぱたぱたと動いて、ポータルの向こうに消えた。


 閉じた。



 境内が静かになった。さっきとは、違う静かさだった。


 袖を掴まれていたところが、まだ、少しだけ重かった。VRだから、そんなはずはない。


 四人組の先頭が、僕を見ていた。その後ろの人だかりも、全員、こっちを向いていた。


「いまの、泣いてたよな」


「女の子じゃん、あのペンギン」


「声、ボイチェンじゃなかったぞ、最後」


「え、ボイチェンの中身、女の子だったの?」


「知らねーけど、泣いてた」


「学長、大丈夫かな」


「泣かせたのは、あっちのギルマスだろ」


「何言ったの、いま」


「……分かんねえ」


 声に出ていた。何を言ったのかは、覚えている。覚えているけど、なんで泣いたのかが、分からなかった。


「分かんねえって、お前」


 中身は男だと思っている。ずっとそう思っている。それでいいと思っている。でも、いま僕の周りにいる何十人かは、そう思っていない。聞いたからだ。あの声を。


「あのギルマス、やばいな」


「女の子泣かせて、その場で固まってんじゃん」


「女を泣かせるやばいギルマス」


 誰が言ったのかは、分からなかった。分からなかったけど、周りの何人かが、それで笑った。さっきまで、ペンギンの即答で笑っていたのと、同じ人たちだった。



 言ったことを、頭の中で、もう一度だけ言ってみた。


 テスト勉強の夜に、あいつは言った。役に立って、みんなに愛してもらえる自分が欲しい、と。出会った夜にも言っていた。だから、あいつと一緒に五週間も蜂を倒し続けた。


 いま、あいつは願いを叶えられる。欲しがっていたものの在り処を教えたつもりでいた。いいことを言ったつもりだった。


 二位を取ったのは、毒と、青の付箋(リヴィール)だ。僕は剣を振っていない。僕にできたことなんて、剣の先を出していたことだけだった。半人前の僕でも、あいつをここまでは連れてこられた。そう思って言ったつもりだった。


 言った……つもりだった?


「……あ」


 思わず声が出た。


 ……いや、違う。


 本当は僕が、ただ逃げたかっただけではないのか? あいつの目標をいいように利用して、ギルドマスターを辞める理由を、正当化したかっただけではないのか?


「やばいギルマス、まだいる」


「あのペンギン、レッド・ガーディアンに誘われてたよな」


「追いかけないの?」


 人だかりは少しずつ減った。減りながら、まだこっちを窺っていた。しかしそれに応える言葉は思い浮かばない。気の利いた一言ぐらい言えたら、格好良かったんだろうな。



 ディスプレイに目を向けると、鈴の綱を二人で掴んでいる写真が出た。潰れたあんぱんと、その隣に立つ僕。アバターなのに、あいつの顔はなぜか、とても幸せそうに見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。