【イベント】正月の公式イベントで、初めて大勢の前に立った(2)女を泣かせるやばいギルマス
「二位。すごくない?」
四人組の先頭が、そう言って、拝殿の横のディスプレイを指さした。
ディスプレイには、もう二人の写真は映っていなかった。代わりに、タイムアタックのランキングが出ていた。上から順に、ギルドの名前と、メンバーの名前と、レベルと、タイム。
二番目にねこのて。
みな。おきんたま研究学会学長。
名前が、ランキングに、載っていた。
「……レベル、見てください。うち、いちばん低いんで」
八位までの全員が、うちよりレベルが上だった。低いのに二位。とても目立つ。
消したい。
しかし消す方法はない。勝手に載り続ける。
「ギルマスさん」
ペンギンが僕の袖を引いた。
「顔、こわいよ」
「顔は見えねえだろ」
「声。……こっち向いて」
人前だ。境内には何百人もいる。
背伸びした着ぐるみの短い手が、僕の目の前を通った。それが頭の上に乗って、ぽんぽんと叩いた。急にやられて、体中から冷や汗が出る。皮膚に体温を感じる。
「二位。ランキング、……嫌なのはしってる。だから、これで相殺ね」
「相殺になるか!」
「なるよ。ボクがやってるんだから。二位になれて、ボクは嬉しいよ。いいこいいこー」
こいつと出会って二ヶ月で、一番の驚きだった。僕はこういうのに、かなり弱いらしい。潰れたあんぱんで、きんたまで、ボイチェンのガキかおっさんなのに。これをやられると頭が真っ白になり、いろんなことがどうでもよくなる。
「……ゆるす」
「ん!」
「……てかお前、人前だぞ」
「人前だから。ギルマスさん、いま、逃げそうな声してた。逃げたら、名前だけ残るよ」
「いやだから、消せねえんだよ。名前」
「消えないね。でも、隣がおきんたまだよ。誰もギルマスさんの名前なんて読まない」
二回目。三回目。手つきはぎこちなかった。だが、十二月の橋の上の、ぽん、ぽん、とは別のものだった。
四人組が、黙って眺めていた。それから、先頭のやつが吹き出した。
「なにこれ」
「……うちの、いつもです」
「いつもなの」
「いつもです。うちのギルマス、すぐ拗ねますので」
ペンギンは、手を止めないまま答えていた。知らない相手には、言葉が丁寧になる。僕のときは、最初からこうではなかった。
もう一組、寄ってきた。さらにもう一組。ディスプレイの前の人だかりが、いつのまにか、こっちに移っていた。
「学長、戦闘中に叫んでたトランプの数字って、あれ何? DECK BEAT?」
「そうです。ゲーセンの遊び方を、そのまま戦闘に持ち込んだだけです」
「戦闘中に音ゲーの言葉使ってんの、初めて見た」
「教えたのは、うちのギルマスです」
「学長、その毒針どこで落ちたの」
「ハリバチの巣。千百三十七匹目です」
「は?」
「五週間。付き合ってくれたのは、この人だけです」
周りがまた笑った。今度は、笑いながら、少し引いていた。
「で、あの先読みって、ギルドマスターがやってんの?」
「先読みしてるのはボク。受け返してるのがうちのギルマス。どっちか欠けたら、成り立ちません」
人前でも、こいつは僕を立てた。立てられた僕は、頭を下げるしかなかった。
「きんたま先生、今度一緒にパーティ組もうよ! 幻術師いないんだよね、うち」
「きんたま先生って言うな」
言ったのは僕だった。四人組の先頭が、余計に笑った。
「先生じゃなくて学長だろ」
「学長です。……ギルマスは『みな』。覚えて帰ってください」
笑いは向こうに渡して、名前はこっちに残した。ペンギンは、自分を名乗ったときと同じ声で、それだけ言った。
「学長、レッド・ガーディアンって知ってる? うちのギルマスに紹介できるけど」
「しってます。たけのこさんがいるところですよね」
「え、たけのこ知ってんの?」
「前は、うちにいたので」
「マジか。じゃあ話早いじゃん。一回、体験だけでも」
「ボクは他のギルドにはいきません」
即答だった。即答したあとで、僕の袖を、もう一度引いた。
周りが笑った。今度は、悪い笑いじゃなかった。ペンギンは、人だかりの前で、聞かれたことにだけ答えていた。トランプの呼び方を聞かれれば、記号が高さで数字が方向、と説明した。毒針を見せてくれと言われれば、見せた。見せびらかしはしなかった。
僕は、その一歩外にいた。
こいつは、いま、みんなに囲まれている。それを眺めて、少しだけ、ほっとしていた。
だから、言った。
「よかったな。お前、みんなに愛してもらえる自分を、手に入れられたんじゃないのか?」
ペンギンがこっちを向いた。
「ここにはいろんなギルドがいる。お前の凄さを知ってくれている人がいっぱいいる。俺のことなんか気にせず、お前に興味をもってくれる人たちと会ってきたらどうだ?」
ペンギンは、何も返さなかった。
初めてだった。
こいつはいつも返す。僕が言い終わる前に、次の言葉を持っている。凹んでるー、と先に言う。よしよし、と先に手を出す。それがなかった。
小さい黒い点が二つ、僕を見ていて、その下で、着ぐるみの短い手が、僕の袖を掴んだまま、止まっていた。
三秒。
五秒。
周りの声が遠くなった。
「……ギルマスさん」
声が変だった。
つるっとした音のクセが、途中で抜けた。息の揺れがそのまま出た。澄んだ、高い声。毒針が落ちた夜に一瞬だけ聞いた、あの声だった。
あの夜は一瞬だった。今度は戻らなかった。
「なんで、そういうこというの」
ボイチェンが、処理を落としたままだった。息が揺れている。揺れているというより、途切れている。
袖から手が離れた。
ペンギンの前に、ポータルが開いた。行き先は、のらねこラウンジ。開けるのが早かった。一秒もかかっていない。
着ぐるみの短い足が、ぱたぱたと動いて、ポータルの向こうに消えた。
閉じた。
境内が静かになった。さっきとは、違う静かさだった。
袖を掴まれていたところが、まだ、少しだけ重かった。VRだから、そんなはずはない。
四人組の先頭が、僕を見ていた。その後ろの人だかりも、全員、こっちを向いていた。
「いまの、泣いてたよな」
「女の子じゃん、あのペンギン」
「声、ボイチェンじゃなかったぞ、最後」
「え、ボイチェンの中身、女の子だったの?」
「知らねーけど、泣いてた」
「学長、大丈夫かな」
「泣かせたのは、あっちのギルマスだろ」
「何言ったの、いま」
「……分かんねえ」
声に出ていた。何を言ったのかは、覚えている。覚えているけど、なんで泣いたのかが、分からなかった。
「分かんねえって、お前」
中身は男だと思っている。ずっとそう思っている。それでいいと思っている。でも、いま僕の周りにいる何十人かは、そう思っていない。聞いたからだ。あの声を。
「あのギルマス、やばいな」
「女の子泣かせて、その場で固まってんじゃん」
「女を泣かせるやばいギルマス」
誰が言ったのかは、分からなかった。分からなかったけど、周りの何人かが、それで笑った。さっきまで、ペンギンの即答で笑っていたのと、同じ人たちだった。
言ったことを、頭の中で、もう一度だけ言ってみた。
テスト勉強の夜に、あいつは言った。役に立って、みんなに愛してもらえる自分が欲しい、と。出会った夜にも言っていた。だから、あいつと一緒に五週間も蜂を倒し続けた。
いま、あいつは願いを叶えられる。欲しがっていたものの在り処を教えたつもりでいた。いいことを言ったつもりだった。
二位を取ったのは、毒と、青の付箋だ。僕は剣を振っていない。僕にできたことなんて、剣の先を出していたことだけだった。半人前の僕でも、あいつをここまでは連れてこられた。そう思って言ったつもりだった。
言った……つもりだった?
「……あ」
思わず声が出た。
……いや、違う。
本当は僕が、ただ逃げたかっただけではないのか? あいつの目標をいいように利用して、ギルドマスターを辞める理由を、正当化したかっただけではないのか?
「やばいギルマス、まだいる」
「あのペンギン、レッド・ガーディアンに誘われてたよな」
「追いかけないの?」
人だかりは少しずつ減った。減りながら、まだこっちを窺っていた。しかしそれに応える言葉は思い浮かばない。気の利いた一言ぐらい言えたら、格好良かったんだろうな。
ディスプレイに目を向けると、鈴の綱を二人で掴んでいる写真が出た。潰れたあんぱんと、その隣に立つ僕。アバターなのに、あいつの顔はなぜか、とても幸せそうに見えた。




